第19話 エクストラヒール

ワーリク侯爵ここのところ元気がない。


オレはまるで自分の家みたいに侯爵公邸を歩き回る。


厨房でプリンやカレーを作ったり、図書室で本を読んでり。


メイドやシェフも別に気に留めている様子はない。


通りかかりに侯爵の執務室をのぞくと何やら頭をかかえている。


「どうしたワーリク。」


ちっちゃいのに侯爵を呼び捨てか。


「ああ、大賢者様。」


なんだ顔が涙でべしょべしょではないか。

いい歳こいたおっさんでもそういうことがあるのか?


実は....と侯爵は話し始める。


侯爵の姉は他家に嫁に行かずに冒険者をしているそうだ。


だいたい貴族の娘は他家とのコネクション作りの道具みたいに扱われるこの世界では珍しい話しだ。


もちろん家からは勘当されてしまう。


そして長いことダンジョンで行方不明になっていたのだが残念ながら無事ではなかった。


侯爵の姉はダンジョン深部でメドゥサの呪いを受けてしまった。


メドゥサの呪いは体の浅い所から時間をかけて石化していく呪いだ。


すでに身動きする事も動かす事も出来ない。


下手に動かすと砕けてしまうから。


「そのお姉さんはダンジョンの中にいるの?」


「いや、帰ってはいるんだ。そのせいで一部砕けてしまったけれど。」


「侯爵、鼻をかんだ方がいいと思うよ。」


よくある重病を治すイベントか。

テンプレだ。

それでもこの世界の人々にとっては重大な問題だし現実だ。


普通ならけっして治すことがかなわない絶望だ。


この呪いは光属性の聖魔法であっても効果はあやしい。


多分このことを知っているはずの大聖女エリミリアが手を出さないと言うことはそういう事なんだろう。


侯爵に、そのお姉さんが寝かせられている部屋を案内させる。


呪いを受けた瞬間のポーズなのだろう。


手のひらで目を覆うようにして、もう一方の手には剣を持っていたんだろうが砕けてしまったのだろう。

剣を持った腕はベッドの上に乗せられている。


呪いは長い年月の間に体の深くまで進行している。


何年前からなのかはわからないけど彼女の時間は止まったままだ。


ぱあっと部屋全体が明るくなる。


ムールがエクストラヒールを使った。


オレはややこしいことは知らんので無詠唱だ。


ワーリク侯爵や侯爵夫人、サーフラお嬢様やメイド達が息をのんで見守っている。


パエリは普段と変わらずオレを見るとぬいぐるみのように抱える。


「なんなの人の寝起きにみんな集まって。」


お姉様は何事もなかったように目覚めたようだ。


本人のあっけらかんとした雰囲気とは対照的に侯爵家の皆様は感動に打ち震えている。


「凄い、呪いを解いただけじゃ無くて欠損した体まで治した。」


ワーリク侯爵ってばまた鼻水でぐずぐずになっている。


「どうお礼をしたらいいんだろう。

これに見合う礼などあるんだろうか?」


うーん。これはエルフの里に行くために隠蔽魔法を無効化する「碧の貴石」を入手するイベントだから。


オレは20個ぐらい持っているけど、こういうクエストはまめにこなしていくのがゲームの楽しさだよね。




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