19.かつての思い出

 あの頃に先生から出された宿題は、お話を一つ作ること。何人かのグループで作ってもいいし、自分一人で作ってもいいっていっていたと思う。

 それであの時の僕は、すぐにいつもの仲間達に声をかけた。


「みなと、みらい、りお。これ一緒にやろうよ」


 三人に向けて話しかけると、最初に声を上げたのは未来みらいだった。


「うん。私も一緒にやるのがいいかなって思って」


 未来はすでに色鉛筆を手にしていた。左右に結んだ三つ編みが可愛らしく揺れている。大きめのメガネが、未来の優しそうな顔立ちをより可愛らしく感じさせていたと思う。

 あの頃の未来は小児性弱視だとかでメガネをかけていた。もっとも今でもみらいがメガネをかけていることからも、視力はさほど回復しなかったのかもしれない。

 この頃から未来は絵を描くのが好きで、もう未来の中では絵本を作ることは確定事項だったのだと思う。


「あ、あたしもみんなと一緒がいいと思ってたんだー。一人でやるの難しそうだし」


 梨央りおもすぐに賛同の声を上げる。

 うんうん。こういう時は幼なじみの絆が役に立つというものだな、なんてことを考えていたと思う。梨央はこうみえて、けっこう物知りだから、いろいろ知恵を出してくれるかもしれない。


 ただそのあとでみなとが自分一人でやりたいと言い出したのは、意外ではあった。


「ごめん。おれさ。この宿題はどうしても自分一人でやりたいんだ。悪いけど、今回はパスさせてくれ」


 湊はすまなさそうに僕たちに頭を下げた。

 だいたい何をやるにもいつも一緒だっただけに、この申し出は意外だった。


 でもそれで僕達の絆が切れるって訳ではない。


 今にして思えば、湊はそもそも物語を作るのが好きだった。将来は小説家になりたいなんて言っていた。だから宿題ではあるものの、自分なりの小説を何か書こうとしていたのかもしれない。


「そうか。まぁしょうがない。じゃあ、りお。みらい。うちにきて一緒にどんな話にするか考えようよ」


 僕の提案に未来も梨央もうなずく。特に異論はないようだった。


 放課後みんなでうちに集まって話を作り始める。

 実はこのときの僕にはすでにもう一つアイディアが浮かんでいた。


「実はちょっともう考えていてさ。未来を旅する男の子と女の子の話なんてどうかな」

「未来? 未来を旅するの?」


 僕の言葉に未来が興味深そうに反応していた。自分の名前が含まれているだけに、気になったのかも知れない。


「そうそう。ほら、よく漫画とか映画とかであるじゃない。そんな感じ」

「えー、なんで未来にいくの?」

「うーん。それはね。このままだと世界が滅びるんだよ。それで世界が滅びなくていい未来を探すんだ」

「へー。なんかすごいね。私、そういうの考えるの苦手だから、かずまくんが考えてくれるの助かる」


 言いながらも未来は何やら色鉛筆を走らせていた。

 そこには男の子と女の子のイラストが描かれている。


「こんな感じ?」

「うん。そうだね。こんな感じかもしれない」


 どこかで見たような男の子と女の子。何となく僕と未来に似ているような気もする。

 梨央もそのイラストをのぞき込んで、目を見開いていた。


「わぁ。かずまも、みらいも、すごい。そんなさくさくっと作れるなんて」


 梨央はどちらかというと体育なんかが得意なタイプだ。お話を作るとかっていうのは苦手なのかもしれない。

 一方で絵を描くのが好きな未来は美術系で、お話作りは得意ではなくても、こんな感じで絵を描くのは得意だ。

 僕はといえば、湊ほどでないにせよ物語を作るのは好きかもしれない。いろいろと空想を働かせるのは楽しい気がする。

 でも三人ともそれぞれの個性が違うからこそ、だからそれぞれの個性がうまく働けば、けっこういい物を作れそうな気がする。


「じゃあこの方向でいいかな?」

『うん!』


 僕の問いかけに二人が同時にうなずく。

 未来を旅する二人の話。ここからこの物語は始まっていった。


「でもさ。この二人はなんで未来に行けるの?」


 梨央が当然の疑問を口にする。

 確かに何か理由は必要かもしれない。


「うーんと。タイムマシンがあるのかな」

「ネコ型ロボットみたいな?」

「そう。ネコ型ロボットみたいな」


 某有名ロボットみたいにタイムマシンがあれば、未来に自由に行けるとは思う。実際僕はそんな方向で考えていた。

 でも梨央はあまりお気に召さなかったようだ。しぶい顔を僕へと向けていた。


「それだとなんかパクリっぽくない? それに何かもうちょっと不思議な感じの方がいいなぁ」

「う、うーん。じゃあ、うんと。魔法の力とかどう。実は女の子は魔法使いの家系で、家の本棚にあった魔法の本を開くと未来に行けるんだ。それで連れて行けるのは男の子ひとりだけ。だから二人で旅するんだ」

「それならちょっとオリジナリティでてきたかも」


 梨央はこっちの案の方がお気に召したようだった。


「でも未来にいけるのは一ヶ月だけ。時間がたったら移動する前に戻ってしまうんだ。でもその経験を元にその世界で悪いことが起きないように、変えていくんだ」

「へー。それは面白そう」


 梨央は楽しそうに笑う。

 そして言っているそばから、未来は色鉛筆を走らせていた。簡単なものだけど、あっという間にイラストが完成していく。

 立派な本を持っているのは女の子。男の子は代わりにカメラのようなものを持っていた。それを見て僕はまた少しだけ話を思いついていく。


「そうだ。未来をみた男の子はそのカメラで撮影していくんだ。でも写真をもってかえれるのは三枚だけ。だから何を撮るのかはしっかり決めなきゃいけない。役に立つ写真を撮らないと、未来を変えられないんだ」

「お。なんか、それっぽくなってきたね。じゃあ他にも何かしちゃいけないこととかあるのかな」

「そうだね。二人は現代から未来に飛ぶわけだから、その未来では正体を明かしちゃいけないとかどうかな。教えていいのは一人だけ。鍵になる誰かには自分達の正体を打ち明けられるけど、それ以外の人に見つかってしまったら、強制的に元に戻されちゃうんだ。だから世界の秘密を知る前に気がつかれないようにしないといけない」


 なんだか少しずつのってきたと思う。他にもいろんなルールを追加していく。

 こうやって僕達の絵本はだんだんと本格的なお話になっていった。


 この時の僕達は何かを生み出すことが楽しくて仕方なかったと思う。

 僕がアイディアをだして、梨央がそれを広げてくれて、そして未来が絵という形にしていく。この時は三人の想いが見事に重なっていたと思う。


 いろいろ未来を旅して、砂漠になってしまったり、雨ばかり降るようになってしまったり、そんな世界にしないように男の子と女の子の二人はがんばって、幸せな未来が訪れる。


 僕達はお話を作りあげていった。

 そうして提出したお話は、先生にかなり褒められて、僕達にとっていい思い出になったと思う。

 だから提出したあともしばらくは、僕達の気持ちは絵本作りに向いていたと思う。


「そうはいってもこのあとも世界はまだまだ危機が訪れるよね」

「そうだね。そうかもしれない」


 未来の言葉に僕は応える。


「たとえば二人が喧嘩したり、事故にあったりとか。何かあって二人がばらばらなってしまうとかあるかも。二人が一緒にいないと力を発揮できないから、また世界の危機が訪れてしまう、とかね」

「そういうのも面白いかも」


 未来はうんうんとうなずいていた。たぶん鉛筆をもっていたら、すぐにでもイラストを描き始めていただろう。

 でもいまは帰り道で描くようなものはない。それに今は梨央もいないから、梨央の意見もきいてみたい気がする。

 またこんどこの先も考えてみてもいいかもなんて、このときは考えていたと思う。


「ね。また絶対に続きのお話、考えようね。ここで終わっちゃうなんてもったいないもん。約束だよ」


 未来は僕へと念を押すように告げる。


「うん。約束だ」


 僕が答えると、未来はすぐに小指を差し出してくる。


「じゃ、指切りしようよ」

「ハリセンボン飲むのはやだなぁ。生臭そうだし」

「約束やぶらなきゃいいの。はい、指切った」


 いつものようにくだらないやりとりをしながら、約束を交わす。僕と未来はこんな風に何度も何度も約束を交わしてきた。

 だからこの約束も、そんなたくさんの約束のうちの一つだった。


 でも僕がアイディアを出せたのはそこまでだった。


 他にもやらなきゃいけないことは沢山あったし、人間やっぱり目的がなければ、動けはしないのだ。

 宿題としては終わってしまった話は、それ以上には広がらなかった。


 それはこのお話が三人で作った話だからということもあった。この絵本作りでは三人で行ったけれど、普段は湊もいる。四人いるのに湊だけのけものにして話作りを進められないということもあった。


 お話としては未来を救えたのだから、きちんと完結していたこともある。

 だから続きとして考えたこのアイディアは、結局そのあとに形になることはなかった。


 それでももしも時間さえあれば、いつかは新しい物語を作っていたのかもしれない。

 でもそんな未来は訪れなかった。


 未来は事故にあって死んでしまった。


 僕のせいで。

 僕がまわりを注意していなかったから。


 僕が未来を止めてしまった。


 だから未来がいなくなった世界では、もう僕の口から物語が紡がれることは無かった。

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