第2話 番外編①

 結婚式当日の朝、日が昇る前から次女たちによって強制的に叩き起こされたカナリアはふわふわぽやぽやとした表情で、仕草で、一生懸命に準備を進めてくれる侍女たちのお人形となっていた———。



 まず、朝起こされてすぐにお風呂に入れられた。


 全身のマッサージを受けて、たくさんのオイルで身体を磨き上げられて、気がついた時には下着を身につける段階まで進んでいた。


 その頃にはようやく全身が目覚めてきていて、コルセットがぎゅうぅっと締め付けられていく苦しさに半泣きになっていた。



 けれど、次の瞬間にはそんな苦しみも一瞬で弾け飛んでいった。



 何故なら、カナリアの目の前に美しいドレスが飾られたから。

 苦しい思いをしたとしても身につけたいと思えるほどに美しい純白のドレスが、飾られたから。


 肌を全て多い尽くす繊細で大胆なレースのハイネックに、銀糸でたっぷりと施された花の刺繍、縫い付けられたダイヤモンドと大粒の真珠が輝くチュール生地がたっぷりと使われたスカート。

 床を覆い尽くしてしまうほどにトレーンが長いプリンセスラインのドレスには、これでもかというほどに女の子の夢が詰まっている。

 それに、ルインが直々に選んでくれたという点も嬉しすぎる。


 前世から何度も夢見てきたウェディングドレス。

 その美しさに、壮観さに、偉大さに、カナリアは涙腺が緩むのを感じたが、美しい姿でルインの隣に立ちたいがために、必死になって我慢する。



 侍女によって丁寧にドレスが着せられた。


 重たいドレスが苦手なカナリアのためにルインが特注したドレスは、カナリアが思っていたよりもずっとずっと思ったよりも重くない。


 ミルクティーブラウンの髪が母の手によって丁寧に丁寧に梳かれ、複雑に編み込まれ、侍女によって桜をイメージした優しい化粧が施されていく。


 普段絶対にしないシニヨンにまとめられた髪には、いく粒もの真珠があしらわれ、ドレスの裾よりも精緻で、繊細で、美しい長い長いベールが止められた。

 陽光に当たるたびに艶やかでいて上品な光を孕む宝玉とベールの美しさに、カナリアはうっとりとした。


 首や腕、耳にもアクセサリーが足され、この日のために何度も何度履いて歩く練習をしたも12センチメートルのハイヒールに足を入れる。

 大粒のダイヤモンドとプラチナのみで作られたアクセサリーたちはいつもつけているものよりも豪華絢爛でとても重たい。

 踵部分にたくさんの不揃いな大きさのダイヤモンドがあしらわれている純白のハイヒールも、壊してしまいそうでとても怖い。


 重たいし、怖い、そのはずなのに、カナリアの心は信じられないくらいの嬉しさによって、今にも踊り出してしまいそうなほどに舞い上がっている。



 ———コンコンコン、



「最後のアクセサリーを持ってきた。開けてくれ」


 愛しのルインの声に、カナリアは化粧の上からでもわかるほどに頬を赤く染め上げた。



 ———ガチャ、



「———………、」



 部屋に入ってきたルインは、何も言わない。

 ただ目を見開き、口元を大きな宝石箱を持っていない方の手で覆っている。


「どう、ですか?」


 赤く染まった頬でへにゃっと笑いかけてきた愛おしい婚約者の姿に、ルインは一瞬の瞬間に宝石箱を投げ出し、彼女に駆け寄りそうになってしまった。

 しかし、寸前のところでそれはしっかりと我慢する。

 今この瞬間でさえも人類最強レベルに美しい彼女を、もっと着飾らせることができるチャンスを失うわけにはいかなかったからだ。


「綺麗だよ、僕のカナリア。この世の誰よりも。

 君の美しさを見れば、雄大な大自然さえや伝説のエルフでさえも自然と首を垂れ、君に平伏するだろう」

「〰︎〰︎〰︎———っ、お、おおお、大袈裟ですっ!!」

「いいや、絶対にそうなる」


 大真面目な表情で、声で言い切ったルインに、カナリアは先程までとは違う意味で泣きそうになっていた。


「さて、お義母さま。最後の仕上げは僕にお任せいただいても?」


 幾分全てを取り繕った新郎のルインに苦笑したカナリアの母と侍女たちは、ルインへと道を開ける。


 宝石箱をカナリアの横にあったドレッサーに起き、ティアラを丁寧で恭しい仕草で持ち上げたルインは、カナリアの頭にそっとティアラを乗せる。


 荘厳な佇まいのティアラは、どこか浮世離れしてた雰囲気を纏うカナリアによく似合っていた。



「………これを、どうしても皆に見せないとダメか?」



 ルインが苦しそうに、困ったように発した言葉に、カナリアは破顔した。


 新郎として純白のタキシードに身を包んだ、誰よりも美しい旦那さまに、カナリアはドレスがグシャグシャになってしまわないようにそっと抱きつき、耳元で囁く。



「———どうか、誰よりも格好いい“私の旦那さま”を皆さまに自慢させてくださいませ」



 彼が息を呑む鼓動が伝わってくる。


「………………敵わないな」


 つぶやかれた独白に、カナリアは微笑む。



「昨日ルインさまはおっしゃってくださいました。


 『乙女ゲームは終わったのだ』


 と。だから、もう覚悟を決めたのです。


 『私は何があってもあなたの妻として生きる』と。


 ま、まあ、結婚前夜まであなたを取られてしまうかもしれないと泣きじゃくっていた花嫁の言葉ではないかもしれませんが………、」



 タキシードの袖をぎゅっと掴んでいる小さく震える指先に、ルインは自らのペンだこの目立つそれを載せる。


「………ありがとう、カナリア。僕の愛おしいお嫁さん。

 何があっても、絶対に手放さないから、たとえその過程で天国や地獄、世界の果てに誘われようとも、死のうとも、絶対に手放さないから。

 ………カナリアが嫌がっても、絶対に手放さないから」


 ルインはそっとカナリアのくちびるに吸い寄せられるように顔を近づけ、自らのくちびるを重ね、そして額を重ねる。



「だから、———僕以外を愛さないでね?」



 うっとりと微笑んだ愛おしいルインに、カナリアは破顔するのだった———。



◻︎◇◻︎



 その日、

 1組の美しい貴族が類い稀ないほどに美しく幻想的な結婚式を挙げたらしい。



 伝説として語り継がれるその結婚式では、


 チャペルでの誓いの際には、

 大空に幾重にも重なる世界を繋ぐ大きな大きな虹がかかり、


 夕方から夜にかけて行われた披露宴では、

 人々の願いを叶える流れ星がきらきらと流れ続けていたらしい———。

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