11 - 不等価交換の先で得るもの .xml

 ポータルを破壊するということは帰り道を失うということ。抜け道もなければ ここは袋小路と化すだけ。もしそうなれば 6.0 haven に於ける茉莉花の取り扱いは行方不明者。だからといって忘れ去れるでもなく 永遠に頭数に含まれず、ただ名を連ねるだけの記録となる。


 だからといって最後の一枚を残しておく理由もない。

リスクが低いものから出来ることを試した結果、全てのポータルを破壊してしまうことになってもそれが茉莉花の上がりのマス ————

ただそれだけの事だ、ファティマ同様に次のさいの目はない。


「紳士服売場のポータルへ向かう、行こう」

流石の茉莉花もあの試着室をまた使用することになるのは想定外。騒ぎの収まらない駅の人混みを横目にショッピングモールへの連絡通路を突っ切っていく。


「もう一つ上の階じゃないのか」クダチは婦人服売場に立ち寄った茉莉花に言った。

「先に筥迫の確認をすませておきたい」

「茉莉花さん、ここの店員は使者のようです」

「わかった」そう言うと手早く試着室の鏡で再展着を済ませた。


 相変わらず試着室の鏡は溶けた銀の糸が奥へ向かってショートしている。正確には鏡に映る自身のみぞおち辺りから銀の糸が出て鏡に繋がれているかのようだ。筥迫を開くと茉莉花の思った考察通り過去のイメージから創作したものは鏡であろうとショートしていない。

6.0 haven とは途絶しているとみて良い。



 二つ解った。

一つ、 終端の呼びかけをしていない鏡は 6.0 haven から見えていない

ニつ、 過去のイメージから展着した鏡はショートしていない


後でこの筥迫の鏡に終端の呼びかけを行うとどうなるか試そうと考えながらも、一つ上の階にある紳士服売場へ足は急いでいた。世話好きの店員が少し離れたところに姿が見えている。


「アイツはループさせる」


「コーラス、鏡に映らないよう注意してカーテンを閉じて、あぁそうだ。そうしたらカーテンの端を持ち上げてくれ」


コーラスがそっとカーテンを掴んでゆっくりと捲りあげると、茉莉花は鏡の前に立った。


「もし、わたしが攻撃を受けたらカーテンを離して閉じるんだ」

「わかりました」



 集中するんだ ————

茉莉花は少し鏡から離れて姿を映し数秒待機した。終端への呼びかけをしなければただの鏡と同じ、6.0 haven 側からは探知出来ないようだ。


これで次の二手以内に交戦することが確定した。


初手

先ずは終端への呼びかけを行いガブリエルを呼び出す。

「ガブリエル聞こえるか? 応答してくれ」

「伝令です。 カラム=シェリム、貴方は現在接続を許可されていません」

いつもの笑顔でガブリエルが姿を表した。


「ガブリエル、教えてくれ。 リネンがポータルを抜けたのには何らかのバックドアが存在しているのだな」

「現在 haven のセキュアは確保されています、貴方の使命は依然継続中です」


「あのホテルの鏡でリネンを真似てみたがポータルは作動はしなかった。バックドアは個を識別するようになっているのか」

「カラム=シェリム、現在のステータスは“不正なリクエスト”です、オペレーションを続行して下さい」


「そうだな、わたしに問題が発生している ———— 続行には改修が必要だ。 わたしのバックドアへのアクセス方法が知りたい」


「伝令です。 カラム=シェリム、指定された手順を実行できる場合に限り修復可として取り扱われます」

「可否を確認したい、教えてくれ ————」


  わたしのポータルロックの解除手順はなんだ?


 ・隣接する駅の調整中券売機で 大人1→404→# と押下おうかする

 ・商業施設へと続く連絡通路の下にいる使者から広告を受け取る

 ・広告を駅東側にある中央郵便局前のポストへ投函する

 ・サンヒルズ サウスホテル屋上の鐘の下で祈り鐘の音を聞く

 ・向かい側にある電信機器施設高層ビルの鏡面ガラスに接続する


これらを1638秒以内に実施することで贖罪は果たされます ————


「交信は以上だ、ガブリエル」


 問題は祈りの鐘だな

 祈りの鐘とは正午の鐘、これを逃せば次は明日の正午となる

 正午のまで、あと33分といったところか

 手順を済ませるだけなら15分も必要ない


ガブリエルとのコンタクトで、残る一手を打つ必要はなくなってしまった。手を出すのはただの悪手といって過言ではない、それは茉莉花自身も深く認識していた。


 だがそれでも……

 わたしが今しようとしている行為に合理性などない

 当たる賭けに乗じるようなものだ …… そう、安い上がり目

 やはり わたしは依然体なのだろうか?


 だがな————


「待たせるつもりはないんだ、リネン」


詰め手

茉莉花は ADAPT の所作をとった。


今、茉莉花の集中力は時間を止めるほどに高まっていた。

自身を映し見た鏡の下腹部に波紋のような揺らぎが見えはじめている。


既に躱わして擦りもしない、完全に見切っている。

コーラスも茉莉花の動きを見てカーテンから手を離すと、放たれた次の矢はカーテンが遮る前に通り抜けてセラフィムに変幻した。


茉莉花は熾火で試着室ごと鏡を破壊したが、文字通り矢継ぎ早に繰り出された次の矢も鏡を通り抜けていた。変幻した2体の リネンの傀儡 Nearly Seraphimが茉莉花に立ちはだかり強襲する。


 万全の茉莉花は2体の攻撃など軽くいなす。

一体目の杭を躱して膝裏を蹴り膝まづかせると、もう一体の傀儡の脇腹に熾火で覆った右手の手刀を差し込む。体勢を崩した目の前のともしびをその使命ごとくびり取ろうした、その瞬間だ。

背を向けて膝まづいていたもう一体の傀儡が、茉莉花を目視をしないで右腕の熾火が纏っていない部分を後ろ蹴りで跳ね上げた。


明らかに視野をリンクしているかの挙動だ。


からリバイス新約改訂したか」

茉莉花が傀儡を横目に呟くと2体で一対であるかの様な構えをとった。




 ———— セラフィムの力をみくびるなよ


後のことなど考えていない茉莉花は、熾火の収斂しゅうれんを次元を歪める域にまで練りあげていた。同格のセラフィムでもない限り“焼き切り”と宣告されたも同然、灰も残さぬ勢いだ。


リネンの傀儡は、たじろぐ感性のつくりさえ未だ発展途上にある、今に限って言えば恐怖がないことが唯一の救いであった。


 滅するは幻黒燈火の翳り————


茉莉花の描く熾火の軌道は人工的でありながらも予期することは不可能、その鋭利で機敏な漆黒の炎は思考そのもの体現させている。


かげりを齎すも者たちは灰燼かいじんと帰し遮るものはもう存在しない。


 こんな争いに意味などない

 だがしかし、時間をかけて錬成されば傀儡とはいえ対処しきれない


まだに大挙して押し寄せていないところを鑑みると、向こうリネン側にも何らかの枷があって外せていないと見立てるのが必然。

この機を逃す手はない。


「クダチ、コーラス。6.0 haven に帰る準備をしよう」


「このままでもいいのですか?」

「アイツらがまた直すだろ」

「ああそうだな、任せておく方が問題はないだろう」



 茉莉花たちは駅に向かって足を進めていた。

「調整中の券売機が複数台あるかもしれない」茉莉花がそう口にすると

「改札口は北と南の2ヶ所、2階に1ヶ所、地下に1ヶ所だ」クダチはこの辺りを担当していただけあって把握していた。


「念のため全ての券売機を確認しておこう」

北口に向かうと券売機は全て正常だ。地下に向かうと5台ある券売機のうち左端が調整中の張り紙がされている、恐らくこれだろう。

南口、2階と順に回ったが地下の一台を除けば全て正常に動いている。


27分以内には解除手順を実行し終える必要がある。問題はその途中で正午の鐘の音を聞く事を挟まねばならないこと。


「祈りの鐘が鳴る15分前に開始しよう」


「オマエ、向こうに行ったらどうするんだ?」クダチがコーラスに聞くと

「わかりません、茉莉花さんについて行きます」そう返ってきた。


 それを決める事はわたしには出来ない


「オレはどうするかな? 6.0 haven なんて何も覚えてもいないしな」

「そうですね。私も不思議と何も覚えていません」


 それは ————


「記憶がないのは、わたしが改修したことに……」そう言いかけた、


「私はリネン様に助けて貰ったので『改修』というのは関係ありません」

「茉莉花、オマエの行動でいちいち善悪とか決まらないから安心しろ」


「そうか、だろうな」どこか安心したような表情を浮かべた。


 わたしは、何を言っているんだ?

 いつから良き者に、どこから悪き者になったのだ


茉莉花は、リネン=ヒムになりきれない不完全さの代償の重さに、歪な尻尾が生えたとしても恥ずることのない潔白さに、耐えうる図太さはまだあった。

折れればそれまで、そこまでが器の淵。


気負わないことで静寂した思考の流れが、分岐点ないこの道の先だけに照準を絞って狙い澄ましていた。


 認証コードを入力すれば時間内に行き着く果てまで進むだけだ


茉莉花たちは券売機の近くでその時がくるのを待っていた。

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