7 - 見返るには儚い小罪.ocx


 夜の途中で輝きが途切れた ————

片膝を立て壁にもたれてサンキャッチャーを眺めていたファティマが立ち上がって、鏡に向かうと展着を解き終端への呼びかけをはじめた。


茉莉花も体を起こし座ったまま鏡に映るファティマの手の甲にある刻印を見つめた。(Charity never failed 『仁徳は絶えない』)



「伝令です。マリシャスダンテ背信的追放者から交信がありました。ここから西南にある中華街の一画にあるホテル ケールススクローニ 614号室に鎮座ちんざしているとの事。高い確率で急襲が予想されます、どちらに居ても」

今までで最もにこやかなガブリエルを見た瞬間であったのは確かだ。


「私はどうすべきでしょう? ガブリエル殿」ファティマはここの防衛をすべきか、付近の周辺探索の範囲内にあるホテルに赴くべきか指示を仰ぐ。



茉莉花は前のめりに両膝を抱えながらファティマに向かって言う。

「乗せられるな、ここで急襲を受けるかホテルで急襲されるかだけが選択肢ではない。閉所を避けて周辺探索すべきだ」


「マリシャスダンテをここで迎え討ちます」ファティマはそう答えた。

「それでは報告をお待ちしています」ガブリエルは姿を消した。


 コーラスは一緒に来てくれると心強い、と考え直す様に働き掛ける。

「意固地になっても殺られるだけだぞ」クダチも引き入れるつもりだ。


 中華街に向かうため茉莉花は立ち上がるとファティマに忠告した。

「刺し違えを恐れていてはそのやいばは届かないだろう」


ファティマは自分の指先を見つめ肩に力が入っている。


「お前に何が分かるというのです」ファティマが指先を向けた。


「オイ、やめろオマエ等」

「2人ともやめて下さい」


「ガブリエルが云う逃避は、リネンに対してその御業は相性が悪いからだファティマ」

ファティマは眼を見開いて茉莉花を待ち構えていた。


「自己犠牲による相打ちなど止めておけ、それだけだ」

「茉莉花、どっちが正解なんだ」クダチがファティマの行き先を聞く。



 ここはリネンも知った場所 ————


ここに戻ってくる可能性が高いのは事実、だがホテルはどうだろう。

ファティマがここでリネンと遭遇しても恐らく刃を刺し込めはしない。

かといって周辺探索に向かわせる様に説くのも難しい上、時間もない。


「援護してくれ、ホテル ケールススクローニ へ向かおう」


コーラスはファティマの周りを飛んで歓迎している。

速やかに西南にある中華街へと進行を開始したのは、まだ夜の賑わいが盛んな時刻。ここで強襲されれば面倒この上ないことに違いない。


「コーラス、探索しなくても構わないからリネンが気づくように周囲に向けてエフェクトを放っておいてくれないか」

闇雲でも牽制しておいた方が邪魔板になってリネンも真っ直ぐに強襲し辛い筈。


側道に車やタクシーが連ねて停車する繁華街の歩道を直線的に突き進む。停車中の車の影や人混み、店の出入口の開閉、死角が明からさまに多く目につく。



「ここで襲ってこないのか?」さすがにファティマも聞く。

「エフェクトに気づいて姿を現してくれた方が対象しやすい」

「待ち受けられる方が厄介ということか」ファティマは頷いた。



 ほどなくして、何事もなくホテル前に到着した。

すぐ近くのエレベーターが下にくるタイミングを見計らいながら、ロビーにある喫茶店を利用する素振りでゆっくりと近づく。



 ロビーの受付で財布を探して身体をまさぐっている男を目にした茉莉花は、クダチに視線で合図した。男は財布が無い焦りと身体をまさぐりまくる奇抜な動きに周囲も注目しはじめ、ガードマンも声を掛けに近くに寄っていく始末。

不意に男の動きがピタリと止まり『財布、ありました』といと仕草とともにフロント受付の女性も笑顔で手を叩く仕草を見せて漸くチェックイン。



 エレベーターのインジケーターは6階を点灯させる ————



 茉莉花たちが警戒してエレベーターを出ると、614号室の表示プレートを辿り通路奥へと誘い込まれていく。そこには部屋番号など無くともそこがDESTだと告げる空気が扉の下から漏れ出している。


ファティマの一刀が扉の施錠部分を残して切り抜く。中に踏み入むと透き通った空間が足元を満たしていて、床を透き通すのではないかと足下を踏み固めるようにラグジュアリーな室内へ歩みを進める。


 ここにいることは感知せずとも明ら


ドレッサールームから 6.0 haven を錯覚させる無機質な空間が溢れ出している。床の存在の希薄さに足を取られるのではないかと注意深く進めた足が止まる。



 この源泉の中心でひざまずいて鏡と向き合い祈っている ————



「引き込まれないように隠れておけ」クダチとコーラスは茉莉花の左袖の中で丸まって身を隠した。


 祈りを捧げている姿体は既にセラフィムを超越した存在感をさらけ出し、それはもはや【ZAIRIKUザイリク】に酷似した何かに他ならない。


 目の前にいるのは痕跡などではない実体化したリネン=ヒム

 鏡の向こうからも見ているな、きっと ———— ガブリエル



「私はもう、終端への呼びかけすら応じてもらえません」


  翼を失い、終端への呼びかけも届くことはなく

  6.0 haven からマリシャスダンテの烙印を押され

  その身は善行を失い悪行だけを留めるだけの暗愚


だが然し、未だ貴石の如く光が溢れだし宝玉散りばめたかのようだ。

その楚々そそな姿に反し常にいばらの任務を負い寂寞せきばくに耐え、禍根を断つ者。


    セラフィエル、リネン=ヒム


「わたしはカラム=シェリム、貴方に導かれ貴方を追ってここにきた」

「カラム=シェリムよ、私はここで潰える時を静かに過ごしています」

それは聞いた言葉だった。


「お前は潰えることのない存在だとガブリエル殿から聞いている」ファティマがいましめるように問いただす。


「ファティマ、それ以上は踏み入るな」そこに境界線があることを明示するや否や、茉莉花もリネンに問いかける。


「報いと裁きが併存する術は見つけたのか」



 日没と同刻に日出にっしゅつを目にしては夜に鎮まる事を知らぬがまま。表裏ではなく円環する事で一つとしての真価がもたらされるのだと私は知りました


リネンは微笑むとゆっくりと立ち上がりこちらを振り返った。


茉莉花は右袖を捲り上げると、ファティマも構えて体制を整える。

「全ては【ZAIRIKU】に委ねん」 滅するは幻黒 ————


ファティマが縮地の如く神速でリネンに詰め寄った。


「待つんだ‼︎」

境界線を超えてファティマは神速で突き抜けんばかりに刃を刺し込もうと切っ先を伸ばすと、リネンは制止するかの様に手のひらを向けた。


リネンは手のひらに刃を突き抜けさせると僅かに軌道を外側にそらしてそのままファティマの拳を握る、直ぐさま後ろ手に締め上げると左手の人差し指と親指の間をファティマの首筋に沿わせた。



 茉莉花に背を向けていた筈のファティマは、瞬時にして生殺与奪を握られこちらを向いている状態となってしまった。

リネンの動きには一切の遅延がない 6.0 haven 同様に実体化の弊害を受けていないとでもいうのか ————


「この者の終焉を讃美しましょう」ファティマの陰で唇の動きがはっきりと見えないものの、リネンの声がそう告げている。


「リネン、我々セラフィムが何を望むというのだ」

かつてての様にポータルの向こうではガブリエルがいるのでしょうか」


ガブリエルだと ————


目の前にいるリネンは終端への呼びかけはできない。ガブリエルと交信してここを知らせたのは痕跡となった方のリネン。

焼滅の指示が【ZAIRIKU】から発せられている事を知らないのだろう。

ファティマに憑依して ADAPTアダプト するつもりなのだろうがそうはさせん。

例えそうなってもマリシャスダンテはポータルを潜れない。


———— DESTリネン=ヒムは目の前だが、逸るな。


 ガブリエルを呼び出してファティマを救う機を狙う


「わかった、終端への呼びかけを行うからファティマは見逃せ」

コーラスに筥迫はこせこを掴ませ、クダチと共に背に隠れさせると茉莉花は展着を解いて終端への呼びかけをはじめた。


鏡が透けポータルがあらわになるとやはりガブリエルはこちらを見ていた。

「リネン、望み通りだ」茉莉花は2人の出方を窺い機を待った。


「貴方は役目を果たしました、後は好きになさい」

リネンはそう言うとファティマを締め上げていた手を離し、刃で貫かれて鮮血に染まった手をポータルに押しつけて掌紋を残した。


正確には憑依された者の鮮血だ ————

ファティマは下を向いて立ち尽くしているその時だ、


ガブリエルは確かにそう云った


  ただ唯一の果てに死せる者、贖罪しょくざいは果たされました


リネンは血濡れた手でポータルに ADAPT の所作をするとファティマは茉莉花に向かって構えをとった。茉莉花は困惑したがファティマについては寸時に整理がついた。


「至然体だったのだな」

「私は既にポータルへの ADAPT を禁じられ、ただ此処に残るのみ」


ファティマはあの場所雑居ビルでポータルを使ってガブリエルと交信していた。

ならばリネンとファティマだけで完結した筈 ————

ガブリエルの仕込みか。


  何を企んでいる



リネンはポータルを抜けると茉莉花たちを振り返り宣誓した。


「私は【ZAIRIKU】の専制化から 6.0 haven の解放を願ってきました。

 セラフィムに対するドミヌス支配者の如き【ZAIRIKU】は私が統治します」


ポータルは冷たく閉じて室内を、茉莉花たちを映している。


「ファティマ止めておけ。刃は届かないぞ」

「刺し違えればさいによい目が出るのか試してみよう」

もはや終焉を望むファティマには何を話しても止まらないだろう。


ファティマの神速の突きが茉莉花の喉元に軌道を伸ばす。




 滅するは幻黒燈火げんこくとうかかげり————

熾火の収斂を手のひらに集めると刃の軌道の先目掛けて茉莉花も最速で直進した。


ファティマは自身の神速に加えて茉莉花が最速で突撃してくる形勢に、刹那にも満たない接触の狭間で刃の軌道変更が不可避だと悟る。




 刃は幻黒燈火を貫くには及ばず、ファティマの右上腕部ごと焼滅させてすれ違った。茉莉花はファティマを抱き寄せて地面に座らせると静かに声を掛けた。


「話せることがあるのなら聴くぞ」

クダチとコーラスも見守るように見つめていた。


「あぁ…… 私は自らの刃で…至然体を斬る度に感触を得ていた…」

「そんなある日……私の滅殺任務に……あの方は至然…体の救い……」



 ファティマの coda終焉 は無数の蒼白い光が昇華し幕を下ろした。



「高次へといざなうだけが救いだったのだろうか」


無意識に口にした言葉は自身への問いかけだったのだろうか?

それは未決のまま深く根を下ろしはじめるているのであった。


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