第14話

 まあ、そうだろうな。と諦めるしかなかった。


「子供を危険な場所には連れてけないよなぁ……」


 ギルドに行って仕事を受けて魔物でも倒せば少しは二人の頭も冷えるだろう、とセイルは考えたのだが、そもそもそんな危険な場所に子供を連れて行けるわけがない。


 結局、セイルはギルドの待合室でリフィたちが帰ってくるのを待つことになった。二人が依頼を終わらせて帰ってくるのは夕方ぐらいだろう。


 さて、それまでどうするか。とセイルは考える。


「しかし、疲れた。なんであんな風になったんだ?」


 セイルは大きなため息をつく。二人に仕事に行ってくれと説得するのにかなり体力を使ったからだ。セイルを一人になんてできない! とかなり抵抗されたが、どうにかこうにか二人を送り出せた。


「……居心地が悪いな、この椅子」


 椅子に座っているセイルは脚をプラプラさせる。椅子が大きくて床に足が付かないのだ。


 テーブルもなんだか大きい。と言うかそもそもすべてが大きく感じる。自分が小さくなっているのだから当たり前なのだが、それが新鮮と言うか、驚きと言うか、少し不安と言うか、いろいろな感情がセイルの中に渦巻いている。


「鍛錬でもして待つ、のは難しいか。体力的に」


 時間があれば鍛錬をしていた。そうしなければいけないと思っていた。

  

 才能がない人間は人の何倍も努力しなければな周囲に追いつけない。セイルはずっとそう考えて来た。


 セイルは勇者だった。すでにその力を失っているが、失ったおかげで自分の気持ちを改めて確認することができた。


 重荷だったのだ。自分が勇者であるという事実が自分に重くのしかかっていたことを改めて自覚した。


 そもそもなぜ自分が勇者に選ばれたのかわからない、と言うのがセイルの正直な感想だ。勇者になってからもその力を失った今もその考えは変わらない。


 なぜ凡人であるセイルが勇者に選ばれたのか。それが神の意思なのだと言われればそれまでだが、では神は何を考えてセイルを勇者にしたのか。


 神に直接聞くことができればいいのだが、生憎セイルには神と自由に話す力はない。


 もし会話することができたら、と思うことはある。


 何か理由があったとしたら、少しだけ申し訳ない気もする。ただの神の気まぐれだとしたら、それはそれで少しだけ気が楽になる。


「結局、何もできなかったな。俺は」


 勇者の力に目覚め神の加護を与えられ勇者として歩んできた10年間。その間に何かを成せたのかと問われると答えられない。何か大きなことを成し遂げたわけではないし、勇者としての務めを果たせたのかも自信がない。


 何か意味があったのか、何の意味もなかったのか。セイルは自分が勇者に選ばれた意味を考える。


 今までも考え続けて来た。そして、おそらくこれからも考えてしまうだろう。


 答えが出るかもわからないのに、考えてしまうのだ。


「……まったく、往生際が悪いというか」

 

 笑ってしまう。どうしてこんな人間が勇者だったのか。


 本当に、本当に、本当におかしい。


「これから、どうするかなぁ」


 セイルは天井を見上げる。木製の天井の木目を見つめながらぼんやりとこれからのことを考える。


 一体これから、どうして行けば。


「ったく、S級冒険者様を待たせるたあいい度胸だぜ」


 ぼんやりと考えていると外から声が聞こえて来た。その声はセイルがいる待合室に近づいてくる。


 そして、その声が待合室の扉の前に来ると勢いよくドアが吹き飛んだ。


 吹き飛んだドアが向かいの壁にぶち当たりゆっくりと床に倒れる。いきなりのことに驚いたセイルは待合室の入り口へと顔を向ける。


「……ティティア」

「ああん? 誰だテメェ」


 ドアの吹き飛んだ入り口。そこにはセイルの知っている人物がいた。


「んー? どっかで見たような顔だな」


 腰のあたりまであるボサボサの白い髪、日焼けしたような褐色の肌、大きく見開かれた黄金の瞳、そして成人男性より頭一つ分ほど背の高い見上げるほど大きな女。その背中には彼女の身の丈と同じかそれ以上はありそうな分厚い鉄板のような大剣を背負っている。


 そんな女が待合室にずかずかと入ってくる。そしてセイルのところに来ると顔を近づけ睨みつける。


 ティティア。彼女は冒険者ギルドで最上級を意味するS級の称号を持つ、文字通り冒険者ギルド所属の冒険者の中でも最強格の一人だ。


「灰色の髪に、緑色の目。それにこのニオイは……」


 セイルに顔を近づけたティティアはスンスンとセイルのニオイをかぐ。


「お前、あのビビり野郎のガキか?」


 ビビり野郎。おそらくそれはセイルだろう。


「おいクソガキ。どうしてあたしの名前を知ってる」

「冒険者なら誰だって知ってるだろうよ」

「へえ、生意気な口きくじゃねえか」


 ティティアはセイルの頭をガシッと片手でつかむ。


「ガキの頭なんざ片手でグシャリだ」

「子供好きのお前にそんなことできるのか?」

「……やってやろうか?」


 ティティアは手に力を籠めギリギリとセイルの頭を握りしめる。


「そもそもなんでガキがこんなとこにいる?」

「ここで待っているように言われたからだ」

「あたしもだ。ったく、ガキと一緒にすんなってんだ。何考えてんだギルドの野郎どもは」


 結局、ティティアはセイルの頭を握りつぶすことなく手を離すと、背負っていた大剣を壁に立て掛け、セイルの向かい側の席に腰を下ろす。


「こちとらS級様だぞ。茶のひとつも出せってんだ」

「……部屋、間違えてるんじゃないのか?」

「ああ? んなわけねえだろ、このあたしが」


 ティティアは不機嫌そうに腕を組み椅子にふんぞり返っている。そんなティティアをセイルは疑いの目で見ていた。


「一度文句言ってやらねえとな。あたしにこんな扱いを」

「ティティア様! どちらにいらっしゃるのですか!」


 廊下の方からティティアの名を呼ぶ声が聞こえてくる。そして、その声の主がセイルたちのいる待合室へとやってくる。


 現れたのはギルドの受付嬢だった。ティティアはその受付嬢を鋭く睨むと受付嬢はびくっと体を震わせて硬直してしまった。


「こ、こちらにいたのですか、ティティア様」

「ああん? テメエらがここで待てって言ったんだろうが」

「いえ、こちらではなく、2階の応接室でお待ちくださいと」


 セイルは大きなため息をつく。


「方向音痴は相変わらずか」

「んだテメエ。なんでそれを」


 ティティアはセイルをジロリと睨む。しかし、睨まれても表情一つ変えないセイルを見てティティアは舌打ちをすると、椅子を蹴倒すように立ち上がり待合室を出ていった。


「……まさか、こんなところであいつに会うとはな」


 S級冒険者ティティア。通称『ドラゴン殺し』。たった一人でドラゴンを何体も討伐している化け物の中の化け物だ。


 そして『超者』と呼ばれる人間の一人だ。人間を超え、人と言う枠を逸脱した存在。勇者に匹敵するほどの力に目覚めながら神に選ばれなかった者。それが超者だ。


 セイルはそんなティティアと知り合いだった。


「面倒なことになりそうだな……」


 セイルは額に手を当ててため息をつく。


 ティティアはセイルの知り合いだ。けれどいい関係ではない。


 なぜならティティアは勇者が大嫌いだからだ。


 勇者嫌いのティティア。そんな彼女とエリッセルが顔を合わせたらどうなるか、考えただけでも憂鬱だった。それにもし自分がセイルだとバレたら、それもやはり面倒だ。


「やはりさっさとこの町を出たほうがよかったのか?」


 今更である。今更遅い。


「……剣を置いて行ったが、まさか戻ってくるつもりか?」

 

 ティティアの背負っていた大剣が壁に立て掛けてある。彼女にとってその大剣は命の次に大切な相棒のはずだ。忘れて行ったわけではないだろう。


「……鉢合わせないことを祈るしかないか」


 ティティアとエリッセルが出会ったとしたら、などとは考えたくもない。


 とにかく祈るしかないかない。もしくはどうにかしてティティアを遠ざけるしか。


「喜べクソガキ、戻ってきてやったぞ」


 戻ってきた。剣を置いていったからもしやと思ったが予想が当たってしまった。


「ったく、親は何してんだ。戻って来たら一発ぶん殴ってやる」


 ティティアは先ほどと同じ席にドカッと腰を下ろす。


「どうした? 機嫌悪そうじねぇか。よしよし、ならあたしが面白い話をしてやろう」


 セイルの顔を見たティティアはそう言うと、聞きたいとも何も答えていないのに勝手に話を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る