第16話 ヒーローショー開演
その時だった。
「なんだ……?」
どうにも表の方が騒がしい。二人は顔を見合わせると声の方へと向かった。
「おい! 寄越せって言ってるだろ!!」
「いやだ!」
「……っ! おい! 何してる!!」
慌ててダグが駆け寄って、弟のアイクから何かを奪おうとしていた少年を引き剥がした。
若草色の髪と目をした少年をみとめて、ダグは眉を上げる。
「おいフィリップ。何やってんだお前」
「うるさいっ!」
フィリップと呼ばれた少年はまなじりを吊り上げてダグのことを睨む。
「そいつが大人しくよこさないから!!」
その怒鳴り声にアイクはびくりと身を震わせつつも、手に持っている物をしっかりと両手で握り、「これは、渡さない」とはっきりとした口調で言った。
「これは、お兄さんがぼくにってくれたんだ。だから渡さない……っ!!」
「こいつ……っ!」
カッとして手を振り上げたフィリップに、しかし制止の声がかかった。
「おい」
フィリップの手を掴み、眉をひそめたのは当然ダグだ。
「お前たかりなんて貧乏人みたいなことしてんなよ。つーか貧乏人でもまともな奴はまずしねぇよ」
たかり呼ばわりにフィリップは顔を真っ赤に染めると、掴まれた手を振り払って怒鳴った。
「お、俺は! 領主の息子だぞ!」
「知ってるよ」
ダグはフィリップに目線を合わせるように屈むと、
「だから金持ちがんな情けねぇ真似するんじゃねぇって言ってんだよ」
と諭すように言う。それにフィリップは一瞬ぐっと押し黙ったが、「黙れよ!」と再び怒鳴った。
「俺は領主の息子だぞ! 俺に何かしたら父様がお前を許さないんだからな! 言うことを聞け!」
その言葉にアイクはダグの服の裾をぎゅっと握った。周囲もこの騒ぎに歩いていた人は足を止め、家や店内にいた人は顔を覗かせて見ている。
(あれがいじめの主犯か)
ミモザもその様子を眺めて理解した。
ミモザがアイクと初めて会った時、明らかに泥に突き落とされている様子からいじめられているのではないかと思ったが、彼は頑なに口を割らなかった。一応ダグにそのことをこっそりと伝えたのだが、ダグもいじめられているのではという疑惑は持ちつつもその現場を押さえることも、アイクから言葉を引き出すことも出来ずに困っていたらしい。誰がいじめているのかもわからないため、保護者と相談するということもできないと嘆いていた。
その真相がやっと判明したわけである。
しかし相手は思いの外厄介な相手だったようだ。
領主の息子の脅しは一応それなりの効力はあるのか、周りの野次馬達は戸惑うように遠巻きにするだけで手助けに入ろうとはしない。みんな権力者に逆らって下手に睨まれたくないのだ。
ダグは一つため息をつくと、「わかった」と頷いた。
フィリップの目が喜びにぎらりと光る。
「じゃあ!」
「確認を取ってからにしよう」
「は?」
顔をしかめるフィリップに、ダグは目を合わせてゆっくりと説明する。
「領主様が本当にお前の行動に賛成するのかどうかの確認が先だ。確認は大事だろ? まず俺が領主様に面会許可を取り付けて、本当にそれでいいのかを訊く。それでお前に賛成するようなら渡してやる。だから今は帰れ」
とても理性的な判断だ。おそらくダグは領主がフィリップの味方をするとは思っていないのだろう。もしも領主がフィリップの味方をした場合はダグ一人では対処が難しいが、そのためにあるのが教会であり教会騎士団だ。教会は市民の駆け込み寺であり代表である。貴族から不当な目に遭わされないための抑止力として教会騎士団という武力を持っているのだ。おそらくダグが教会に駆け込めば税金の件も相まってここぞとばかりにオルタンシアが出張ってくることだろう。とはいえオルタンシアも貴族と険悪な仲になりたいわけではないので多少のバランスは取ると思われるが。教会と貴族、ひいては国が全面的に争えば結局損害を被るのは一般市民である。まぁ、その辺はきっとうまいことやるだろう。
さて、ここまで言われればさすがにフィリップも引き下がるかと思われたが、彼はかえって後に引けなくなったのか、ダグのことを強く睨みつけると「ダメだ! 今すぐ渡せ!」と言った。
「だから……」
「父様に言いつければお前らなんて街に居られなくしてやれるんだからな!!」
その言葉にダグはその茶色い瞳を剣呑にすぅと細めた。
「お前……」
「あ、あげる……っ」
しかしダグの言葉を遮るようにその背中から声が発せられた。アイクだ。
彼は顔を真っ青に染めて、ゆっくりと野良精霊の爪を握った手をフィリップへと差し出した。
その手は震えている。
「だから、お兄ちゃんにそれ以上酷いことしないで……」
「アイク……」
ダグはすぐに振り返ると弟の背中を宥めるようにさすった。
「アイク、お前はそんなことしなくていいんだ。お兄ちゃんに任せとけ、な?」
アイクは泣きそうな目でぶんぶんと首を横に振る。
「最初から素直にそうしときゃいいんだよ!」
フィリップはそう言うと差し出されたアイクの手から爪を奪おうとして、
「とうっ」
それはかなわなかった。
アイクの前へと飛び出してきたミモザがその手をはたき落としたからである。
そのまま彼女は先ほどまで割っていた薪を天高くに掲げる格好で仁王立ちになった。
フィリップはその勢いに思わず後退る。
「へん、しん!」
そのまま手に持った薪をぐるりと回す。ミモザがスーパーヒーローならば、今は周囲にさまざまな色の光が飛び交い変身する場面だ。
ミモザは脳内で一通りの変身シーンのシュミレーションをすますと、一度満足げにふぅと息をつき、そして改めて手に持った薪をびしり、とフィリップに突きつけた。
「僕のことを、呼びましたね!」
「いや、お呼びじゃねぇよ」
「まぁまぁそんなことを言わずに」
思わず背後からつっこむダグにミモザは目線だけで振り返るとにやりと笑った。
「今こそこの街とは一切関係のない、旅行者の僕の出番ですよ」
その言葉にダグはうーんと首をひねると、色々と考えるのが面倒になったのか「じゃあ任せたわ」と言う。
「任されました」
「な、何なんだよ、お前……っ」
フィリップは若干怯えながらもミモザのことを睨んだ。そんなフィリップの質問にミモザは首を傾げる。
「正義の味方?」
「はぁ?」
「僕は基本的には悪い人なんだけどね、今だけはちょっと正義の味方に変身してあげよう」
そう言ってフィリップに笑いかけると、ミモザは手のひらをぴっと彼に突きつけた。
「いったんタイムで」
「はぁっ!?」
「ちょっと準備するから、タイム」
そう言うと唖然とするフィリップを尻目に準備を始める。
店の裏庭からレンガと薪をいくつか拝借するとそれを並べ始めた。レンガは平行になるように積み、その上にHの横棒部分になるように薪を置く。
そしてフィリップへと「あ、準備できたんで再開で」と告げた。唖然とするフィリップの前へと立つと、
「さぁ、とくと見よ!」
そう言って気合い一閃。
「はぁっ!」
薪を手刀で叩き割る。
瓦割りならぬ、薪割りである。
「ふー……」
長く息を吐くとカンフーよろしくポーズを取って見せた。
シックなワンピース姿の少女が薪を手刀で割る姿に、周囲からは思わずといったように拍手が起こる。
それに軽く手を振り礼をして見せながら、ミモザは割れた薪を片付けて新たな薪をセットした。
「さぁ、どうぞ」
そしてそれをフィリップに勧める。
「何がどうぞだよ!!」
意味のわからなさ過ぎる展開にフィリップは地団駄を踏んだ。それにミモザはやれやれと肩をすくめて見せる。
「これは平和的解決だよ?」
「はぁ?」
「取っ組み合いの喧嘩になると僕が勝っちゃうからね。喧嘩以外での勝負を提案してるんだよ」
そう言うとにこにこと笑いかける。
「とはいえ僕に有利な勝負ではあるけど。でも勝負は勝負。それとも君は自分が圧倒的に優位な立場でないと勝負も受けられない意気地なしなのかな?」
「ばっ、そ、そんなわけねぇだろ!」
「じゃあどうぞ?」
促されてフィリップは渋々薪の前へと立った。緊張したようにごくり、と唾を一つ飲み込むと薪を見下ろす。
「た、たぁっ」
ご、と痛そうな音を立てて手が薪にぶつかった。
それだけだった。薪はびくともしない。
「ーーーーっ!」
痛みにうめくフィリップに、
「勝負あったね」
とミモザは笑う。目線を合わせるようにかがむと、フィリップの鼻先にぴ、と人差し指を突きつけた。
「勝負は君の負け。だから爪は諦めなさい」
「ば、馬鹿言うな!」
痛みと怒りに顔を真っ赤にして涙目になりながらもフィリップはわめく。
「俺の父様は領主なんだ! お前、俺に怪我をさせるなんてただじゃすまないぞ!」
その言葉に周囲が再び不安げにざわめいた。しかしそれにミモザは余裕の表情でふっ、と笑う。
「わかっていないようだね、少年」
「な、何がだよ」
ミモザはゆらりと立ち上がる。そして自身の胸をどんと一つ拳で叩き、堂々と胸を張った。
青い瞳が怪しくきらめく。
「世の中には権力も理屈も通用しない、やべぇ奴が一定数存在するということを!」
そう言い放つとミモザは両手で薪を持って掲げて見せた。
「さぁ、僕の鍛え上げた筋肉にひれ伏すがいい!」
そのまま手にしていた薪を「ふんっ」という気合いの声と共に腕の力だけでミモザは折った。ばきん、という鈍い音を立てて薪は真っ二つになり、更には勢い余って握っていた所もみしみしと音を立てて木片を散らす。フィリップは呆然と目の前でぱらぱらと落ちていく木片を見守った。
「子どもだからって容赦しないぞ?」
そんな彼に、ミモザはぱちっと音がしそうなウインクを飛ばして見せた。
「お、覚えてろよ!」
フィリップは顔面蒼白である。やばい不審者を見る目で下っぱ悪党のようなセリフを吐くと、脱兎のごとく逃げ出した。
その姿が見えなくなるまで見送ると、ミモザはふぅ、と額の汗を拭う仕草をした。
「安心してください。悪は去りました」
ひと仕事を終えた清々しさを感じる。
「おまえ恥とか外聞とかって知ってる?」
やべぇ奴を見る目でドン引きしながらダグは聞いた。
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