第6話 情報収集
そして現在、二人はフェルミアへと新婚旅行という名の調査に来ているのであった。
「それにしてもそうしているとレーヴェはまったくの別人ですね」
荷物を解きながらレオンハルトの近くでくつろぐ黒い獅子の姿をした守護精霊を見る。
レーヴェは本来は金色の翼獅子である。これは幻術で色を変えているのだ。
からくりはレオンハルトが髪を結んでいるリボンにある。金色の翼獅子の刺繍がほどこされた黒いベルベットのリボンには黄色い宝石がついており、それが簡単な幻術をかける魔道具なのである。
ちなみに全く同じものをミモザは首にチョーカーのように巻いている。ミモザの守護精霊であるチロが白い針ねずみではなく灰色のねずみの姿なのもその幻術のおかげである。ほんのちょっと色を変える程度しかできない幻術だが、それなりに重宝していた。
「ああ、まったく正反対の色だと違いがわかりやすくていいだろう」
荷解きを終えて二人はベッドに腰を下ろす。喉元を撫でられてレーヴェは気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「本当ならエオが滞在していそうな宿屋を探して泊まりたかったんですが……」
「いや、いきなり無策に接近しすぎるのはよくない。別の場所に拠点を置けたのは良いことだ」
「ですか」
レオンハルトの言葉にミモザは頷くと、水筒を取り出してその中身を二人分のカップへとそそいだ。
中身はミルクティーだ。
「ここでの当面の目標は、そのエオとやらの目撃情報の収集とステラ君がここを訪れていなかったかの確認か」
「それともう一つ」
ミモザはミルクティーを一口飲んで指を一本立てる。同じようにミルクティーを飲みながらレオンハルトは首を傾げた。
「オルタンシア様から、ついでに税金の不正についても調べてこいとの指令をいただきました」
レオンハルトは「なるほど」と眉をあげた。
ミモザはため息をつく。
なんとも効率的なお方である。
「うーん」
翌日、ミモザはカフェの窓際の席でうなっていた。
目の前にはいくつもの資料を広げている。
内容はこの街で色々と聴取したことをまとめたものだ。
(やり口がなかなか狡猾だなー)
税金の不正徴収の件である。
どうやらここの領主は観光税という名目を新たに作るという形で増税を図ったようだ。
内容は観光業に従事している者はその売り上げの数パーセントを税金として払うというもので、つまり観光で成り立っているこの街の人のほとんどが当てはまることになる。
そしてもし他所から来た客や取引先の人などと雑談で税金の話になったとしても、相手が観光業でなければ「税金は上がってないよ」と言われたとしても「上がったのは観光業だけだから」とその齟齬に気づきにくいという仕組みのようだった。
(これのせいで発覚が遅れたんだな)
人の出入りの多い街だ。もしももっと単純な増税のされ方をされていればもっと早くに異常に気づけていただろう。
狙ってやったのだとしたら、なかなかの策士だ。
ひとまず税金が上がっているという証言は集まった。しかしその証拠になるような書類は手に入っていない。
むろん、この街の住人の手元には売り上げから算出された税金の金額や内訳の書かれた書類があるだろう。しかしそれをただの観光客のミモザに見せる人間などいるわけがない。
(まぁこの辺はおいおい)
もう少し全容がわかってから身分を明かして手に入れればいいだろう。
今は領主に探っていることがバレて警戒される方が困る。
そして肝心のミモザの主目的であるエオとステラの件については、
(かんばしくないんだよなー)
うーん、とミモザは難しい顔で腕を組んだ。
エオとロランがこの街に滞在していたのは確かなようだ。しかし目撃されたのはステラの脱獄前であり、その後はステラも含めて目撃証言はなかった。
少なくとも、ステラ脱獄後は彼らはこの街の宿屋には泊まらなかったようだ。
(脱獄後は別の場所へ向かったのか?)
しかし彼らがこの街からいなくなったのとステラの脱獄の日は重なっている。やはりステラの脱獄に彼らが関与している可能性は高い。
(なんでだろうなぁ)
エオとロランがステラと関わる理由である。
ゲームでは確かに親密な仲だった。けれどミモザの知る限り、この世界では彼らはなんの関わりもないはずなのだ。
(それともどこかで出会ってたのか?)
ゲームでのエオとステラの出会い方を思い出すことのできないミモザにはわからない。
そこまで考えてふとミモザはある可能性に思い至った。
ミモザがエオと出会った時、彼は聖剣を探していた。そしてその聖剣は本来ならステラが手に入れるはずだったものをミモザが破壊してしまったという経緯がある。
(もしかして僕が破壊しなければそこで出会っていたのでは?)
ミモザが聖剣を破壊しなければエオはステラが第6の塔を訪れた時にまだ聖剣を求めて彷徨っていたはずである。そこで二人は出会うはずだったとしたら。ミモザは意図的ではないにしろ、その出会いを妨害してしまったということだ。
(いや、だとしても二人が接触していないという事実は変わらないな)
やはりあの二人の接点がわからない。
はあ、とため息をつく。降り仰いだ空はもうすっかり茜色に染まっていた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
その時心配そうな声が聞こえてきた。アイクだ。
兄のダグが忙しそうにカフェで働いているからだろう。邪魔をしないように先ほどまで近辺で遊んでいた様子だったが、帰ってきたらしい。
「おかえり」
「……ただいま」
ミモザの言葉にちょっと驚いた顔をした後、アイクは照れくさそうにそう言った。
「あ、落とし物あるよ」
「え?」
すぐに彼の視線が地面に下がるのに、ミモザは椅子にかけたままその動向を見守る。アイクは机の下に潜り込むと「これ」と小さな袋を渡してくれた。
それにミモザは慌てて自分のポケットを漁り、あるはずの物がないことに気づく。知らぬ間に落としていたらしい。
「うわ、僕のだ。ありがとうね」
受け取って中身を確認する。無事なようだ。
ほっと息をついていると、アイクが興味深そうにそれを見ていることに気づいてちょいちょいと指先で呼び寄せた。彼は素直に顔を近づけてくれる。
「気になる?」
「うん」
ちらりと袋の中を見せる。期待いっぱいの顔でそれを覗き込んだアイクは、
「………種?」
不思議そうに首をひねった。
「そう、種」
それに頷きながらミモザは中身を手のひらに取り出した。
何を隠そう、これはオルタンシアに押し付けられた第4の塔に自生する希少な薬草の種である。
人工栽培について考えるにあたり、現物がないと何もできないと適当な言い訳をしたら寄越してきた物である。
(言った僕も悪いけど寄越す方も寄越す方だよなぁ)
ミモザは遠い目をする。
まぁ考えが柔軟で思いきりがいいのがオルタンシアの良いところではある。
たぶん売り払えばかなりの金額で売れるだろう。見る人間がこの種が一体なんなのかを理解することが出来ればの話だが。
「育てるの?」
どうしようかな、これ、と正直持て余している代物を手の中で遊んでいると、アイクが興味深そうにそれを眺めていた。
「……植物好き?」
「好き!」
その質問に彼は目を輝かせると、ぱっと駆け出した。そしてカフェの裏に回ると何かを持って駆け戻ってくる。
それは鉢植えだった。小ぶりだが綺麗な真っ白いバラが咲いている。
「この時期にバラって咲くんだ」
「秋バラだよ!」
「へぇ」
ミモザは感心してしげしげと眺める。ミモザには園芸のことなどわからないが、丁寧に育てられているのはわかる。それにバラというのは確か育てるのが難しい花ではなかっただろうか。
「あのね、先生がいるんだよ!」
「先生?」
「うん」
アイクはにこにこと頷く。どうやらよほど植物の話題が好きらしい。
「あのね、バラ園の手入れをしてる人でね、育て方を教えてくれるの。お姉ちゃんも教えてもらうといいよ」
「ふぅん」
ミモザは少し考える。今日はもう情報収集は切り上げる予定で今後のことを考えようにも情報は不足している状態だ。レオンハルトはミモザが一度部屋に戻った時は出て行った時と変わらない場所で寝そべって本を読んでいた。
「今から行ける?」
「いいよ! 鐘が鳴る前に行こ」
嬉しそうなアイクにミモザは立ち上がって手を差し出した。少し驚いた顔をした後に彼はおずおずとその手を取る。ミモザが笑いかけるとアイクもはにかむように笑った。
二人は夕暮れの中、手を繋いで歩き出した。
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