ジョバイロ

 ユラの肩を掴んでいた腕を、急に離したくなった。酔いが覚めてしまったように、頭は一気に回転する。

「あいやっ────」

 腕を退かそうとするが、逆に掴まれてしまう。

「このままです、このまま答えなさい。あなたは平和を脅かす者か?」

「んなっ……! 違う!」

「その言葉、嘘だったら承知しませんからね」

 ギュッと掴まれていた腕を離される。窮地は脱したようだが、ユラから懐疑の目は向けられ続ける。その不安もあるが、頭の中はひとつの事を考えていた。

「…………俺の、隠し事を知りたいなら」

 なぜユラは、必要以上に怯えているのだろうか、と。

 その手のスパイじゃないことなんて、配信のためにあんなパフォーマンスをした時点でわかっているはず。それなのに、なぜそんな丁寧に疑っているんだ。

 他人に秘密事があるのでは、という考えは、自分になきゃできないはずだ。

 お前も、何かを隠しているんだろう?

「ユラ。俺の部屋に来い」

 俺たちはもっと、お互いを知る必要がある。おまえは、そう思うだろ?

「………………」

 返事は無かった。しかし、ユラは来る。

「ちょっと!」

 穴を使ってワープして、花咲さんが目の前まで現れる。

「なんなのその姿! 秘策があるなら先に言いなさいよ! なんで咄嗟にあんなこと……」

「い、いや、その……」

 策、咄嗟に始めたのは魅せる勝利をするため。しかしそもそも、あの状況で勝てるという判断を下していたのは俺だけ。

 変に詮索されれば……

「り、凛太郎リンタロウです」

「ん、えっ?」

「俺の名前は凛太郎・ジン・ロベンタール、っすよ」

 俺の名前を読んでくれないことで、誤魔化すか。

「あがっ……あがっ」

「あがっ?」

 なんだ? 言葉が詰まっている?

「わがってるわよそんなことッ!!」

 激怒だった。

「えっ!? なんでちょっと怒ってるんすか?!」

 わからない、そこまで呼びたくないのだろうか。エルフの中でも花咲アイネは差別意識がなく、故に満開世代の一人として輝いた……はずなのだけれど、差別意識関係なく嫌われているのだろうか?

「あー、お疲れ様。凛太郎ちゃん、ユラちゃん」

 花咲さんのゲートからシキちゃんが出てくる。

「まぁなんだ、あれなんだよ。男の子を名前呼びすることに多少の突っかかりを覚える乙女なんだよ」

「そッ、そそっ……そんなんじゃッ、そんなんじゃないわよシキちゃん!」

 そうなんだ! 怒ってるんじゃなくて照れてるんだ! 乙女過ぎない!?

「なんというか、難儀ですね」

 難儀、難儀という他ないなぁ。

「何よその生暖かい目っ! 早くあんた達も戻りなさいよね!」

 典型的とはこの事か。何とは言わないが段々金髪ツインテールがらしく見えてきたというか、むしろ臭いほどにそれというか。

 ツンケンとした態度をして、花咲さんは穴を通って先に家へ戻った。

「それじゃ、私達も戻ろうか。途中で閉じられてはたまったもんじゃない」

 そうして、俺達も家へ帰った。ちなみにリリフさんはまだ目を回していたので、ユラの肩から腕を退かして、そっちの方を頼んだ。


 自分の部屋に戻る。数分後には、ユラ・エルトロスがここに来て、何者かをこと細かく聞こうとするだろう。彼は怯えている、怯えているほどに使命に似た何かを持っている。なりふり構わず拷問をしてくる可能性がある。

 となったら、先手を取られた方の負け。

(つまり、部屋で迎え撃つ必要がある。無効化をして、平等に対話をしなければいけない)

 土系ギフトの可能性を広げた俺だからこそ言えるが、地のない場所では不利だ。定石である質量攻撃が使えない。ということで、重力の攻撃にしなければいけない。しかしそうなると吸血種にならなければいけない。

 しかしユラは純粋な吸血種だ。半吸血種に成れば、敵意を見抜かれる。罠があると思われたら、対話なんてできない。土を用意しても、その匂いでバレる。


 部屋の扉がノックされ、「入っていいですか」と聞かれる。ああ、と答えて、扉は開かれる。

「それで、あなたは何者……」

 つまり俺は、相手を信頼して、何も仕掛けずに部屋で待っていなければいけない──────

「……なッ!?」

 ──────こともない。

 ユラの身体の周りに、土が生成される。そして土は全身が固まるよう形成し、ユラの動きを封じる。それは強固で、足掻いて壊れるものでは無い。

「すぐに離す。不平等に話してからな」

「………………ッ!?」

「いや、その状態じゃ話せねえか」

 舌を噛んで吸血種の力を更に引き出されれば、話はどうなるか分からない。

 そのため、噛めないように固めた土を口内に入れる。外れないようにぐるっと巻いて。

「いまお前は、やっぱり敵だったとかそう思ってるかもしれない。でも、違う。俺は嘘は言わない、ただ準備を整えただけだ」

 自分から人に言うのは、初めてだ。

「俺は、天魔と吸血種の子供の、人間なんだ」

 さっきまで焦って抜け出そうとしていたユラがぴくりと止まる。何を言ってるのか分からない、といった表情で俺を見た。

「天魔は天魔でも、。天魔は生物全体に有り得る形態変化のことだし、吸血種は生命の祖だから、半吸血種でも人間の血の方が濃い俺は一応分類上ヒトなんだよ」

 ユラは目を瞑り、眉根を寄せて、所々面白い表情になって、最終的に真顔で俺を見た。

 理解してくれたのか、二回瞬きをして。

 口の土繰りを解除した。

「正直疑問は残りますけど……とりあえず最初に聞きたいのは、なんですか? その見た目」

 ああそうだ、忘れていた。今の俺の見た目は、赤い髪から白い髪に変わっているんだった。

「あー、俺がこの見た目になったのも、いきなり土が生成したのも、天魔の方の力を引き出してるからなんだよ」

 発動方法は胸の痣をなぞるというもの。

 ずっと発動していると頭がズキズキしてきたので、辞めた。ゆっくりと通常時の赤い髪に戻る。

「成程……天魔、天魔ねぇ……ヒトの天魔は見たことないですから、そうなるんですかね」

「あんま長時間やるとやばいんだよ」

「ふうん……だからあなたは、持久戦になって勝てると踏んだ訳だ」

「ああ、その通りだ」

 これで、誤解は解けただろうか。

「分かりました。嘘を吐いているようにも思えない、とても信じられませんが、信じましょう」

 ホッと息を吐いて、ユラの拘束を解除する────途端に、ユラは走り出し、俺の頭目掛けて蹴りを入れた。

「いッてぇ!!」

「これでおあいこですよ」

 とても痛いけど、必要だとしておこう。

「はぁ……と言っても、秘密を一方的に聞くのもフェアじゃありませんね……僕も、秘密を教えますよ」

 疑ったことへの贖罪を込めてか、

「私も言いませんから、あなたも誰にも言わないでくださいね」

 ユラは秘密を語り出した。

「僕は、外から来た転生者です」

 ユラ・エルトロスの、秘密。

「……えッ!?」

「まぁ、チートギフトなんて一つも与えられなかったんですが」

「わ」

 それは、俺と全く同じだった。

「目標も使命も与えられていなくて、冒険に出るのも17になるまで無理だったのに、17になったら世界は平和になってて……」

「わっ、わっ、わっ!」

 思いっきり頭を振った。全力で肯定を表した。俺の心が上下していた。

「わっかるぅゥ〜〜〜〜〜〜!!」

 ユラの両手を掴んで、なんたらの修道士ばりに振るわせて、ああもう腕がちぎれそうだってほどに。

「そう!! そうなんだよ!! 天才って呼ばれ始めた頃とかそろそろ時代きたかなーっ! っって思ったらこれだよ!! ほんっと困──────」

「ちょっ! ちょっ、ちょっと! なんですか! えっ!? わかるっ!?」

「そうわかっ……あ」

 ついつい、共感してしまった。盛り上がってしまった。この恵まれた不遇にモヤモヤした思いを抱えている同士を見つけて、頭よりも体が動いていた。心はもっと早く走っていた。

 つい、つい。

「じゃあそれって、あなたも転生者ってことじゃないですか!」

 言ってしまって、バレてしまった。

「あー…………」

 やっ、べぇ。

「お前お前お前お前お前!!!」

 肩を掴んで揺らされる。ユラの口調が揺れている!

「あーキャラ壊れてる! キャラ壊れてるよー!!」

「そんなんいい、そんなのッ! なんっ、な、なっ、凛太郎リンタロウッ!! お前! 転生者ッてッ!!! お前なァーっ!」

 そうだよなぁ! 異世界に来た瞬間キャラ作るよな! 一人称俺にしてるけど人をさん付けで呼んじゃうもんなぁ〜!!!

「な、なんで言わないのッ!?」

「いやっ! それはそっちもそうだろ! 同じだろ同じ! なんで最初っから言わないんだよ!」

「そっ、それは……」

「人の理由聞いてからじゃないと言えないか〜ッ!? じゃあ言うよ! 俺は単純! 転生者だからズルして世間に認められたんだろって思われたくないんだよ! だから天魔が親ってのもバレたくないの! 薄いかぁ!? 俺の理由薄いかなぁ!!!」

 なんだかこっちまでヒートアップしてきた。ああもう全部バレてんだから全部ぶつけてしまえ!

「そっそんなことは、いやっ僕のは別にそんな大したもんじゃないのではい」

「なーにキャラに戻ろうとしてんだユラァ! 吐けよ全部! 吐け!」

「あーーーっ! わかったから揺らすなバカァ!」

 俺も揺れすぎて気持ち悪くなったので、手を離す。しかし余震があって、グラッとそのまま後ろに倒れ込む。見えないが、あっちもバタンと倒れたようだ。

「おっ、俺が、ユラ・エルトロスが、転生者だって言わなかった理由はなぁ……」

「あんだよ、言えよ、ほら言えよ」

「……ッ覚悟がなかったんだよ! 平和を脅かす覚悟がさァ! 今世界は纏まりつつあって、ゆっくり協力しようとしてる。そのためのシェアハウス。そんな中で転生者って言ってみろ! 急に第三陣営登場じゃねーか!」

 覚悟……? 覚悟、ね、

「んだその、理由……」

 あぁ、どっちも荒れている。つうかなんだよ、なんだよその理由

「かっこいいじゃんかよ」

 私欲の俺よりずっと、格好いい。

「……ってのは、最近の理由な」

「?」

「最初は普通に、前の自分が嫌いだったんだよ」

 その話をよく聞こうと、上体を起こす。前の自分、つまり前世か。

「どんなやつだったわけよ、前のって」

「いやまぁ普通に、くだらない学生だったよ。陰よりの陰……」

「陰キャラかよ」

「ああそうだよ!」

 それが今は高身長イケメンですか、転生ってすげーなおい。

「でもそれくらいで後悔してんのか?」

「後悔つうか……まあ」

「……? んだよ」

「………………ど」

 ど?

「だからっ! 童貞のまま死んだんだよッ!」

 童貞。

 性行為を経験していない男性。

「おまど、おまどうまって……」

「キョドってんじゃねーよ! 学生だったんだからそんなもんだろーが!! 童貞のまま夢も叶えられず死んだよ俺は! そんでユラになったんだよ!」

「くっ……はははは……」

「なにわらってんだよ!」

 そんなもん、笑うしかなかった。

「いや……だってそんなん……くっ……もっとあるだろ……ぶっ、はははっ!」

 ああ、そうか。

「しょーもねぇーっ!!!」

 良かった。俺以外にも、俺と同じような、しょうもない理由で隠してる転生者がいるんだ。

 それもこんな近くに。

 転生した理由とか、呼ばれたのかどうかとか、生まれてきた理由とか、第二の生をどう生きるかとか、平和のための覚悟とか、もうどうだっていいんだ。考えなくって別にいいんだ。

「ユラ」

「はぁ……? んだよ……」

「これで俺達は、覚悟無しの嘘吐き同士だぜ」

「…………ああ……まったく、オレたちマジで、ダッセェなァ……」

 おっかしいなぁ、こんなに嬉しいのか。同じ泥にまみれたやつがいるって、こんなにも。

 蹴って叫んでぶっ倒れて、言い合って、さっきから奇行ばっかだと言うのに、

 きっと目には見えない何かが、そこにはあった。


 もう隠し事もなくなってしまったので、馬鹿になったままリビングへ向かう。問い正すべきことがあるからだ。

「ク! ル! ミ!」

 銀髪のセミロング。突然現れ天魔と戦わせたその女。

 クルミ・ミラルフル。

 流石に説明が無さすぎるだろうが!

「はい、なんでしょうか」

 ここまで怒り心頭できたというのに、クルミはそれに全く反応しなかった。そうなることは予想済み、と言った感じで。

「よっしゃー! 言ったれー凛太郎!」

「…………さんっ!」

「おいコラ!」

 ついてきてもらったユラに首根っこを掴まれ、一回クルミさんの前から遠ざけられ、こそこそと話される。

「なにやってんの? ガツンと言うんじゃないの?」

「いやそうなんだけどなんか反応しなくて怖くなっちゃって」

「子供かあんた、小2? あんたがちょっとガツンと言うわって言ったから来たんですよ僕、さん付けやめるんじゃないんすか?」

「ちょっとー! そこの赤青コンビ!」

 急に呼ばれて体が跳ねる。振り返ると、そこには花咲……さんが居た。

「ひゃいっ!」

「なんで怯えてんのよ……あ……ッ、わかったわよ。ったく……」

 不審に思われ、しくじってしまったと焦っていたのに、あっちは何故か納得してくれた。

「凛太郎くん、ユラくん、あんたらも早く座って話し合いに参加しなさい」

「……えーっと? 話し合いってなんですか?」

「あッ……あんた達が勝手に部屋に行くからできなかった話し合いよ! 天魔とかシェアハウスとか! その他諸々の! さっさと座りなさい!」

 すごく怒られた。そうだったんだ。

「はいっ!」

 そう言われて大急ぎで卓を囲んだ。通りで机にシキちゃんとリリフさんがいる訳だ。

「まったく、遅いよ君たちぃ……待ちくたびれたよぉ……」

 待たせすぎてシキちゃんがぐったりしている。完全に落ち込んでいる子供だ。

「す、すみませんシキちゃん」

 変に盛り上がり過ぎてしまった。

「……それじゃ、今後のことを話し合おう。そこにいるクルミちゃんも参加してもらうよ」

「了解いたしました。素晴様」

「とりあえず、さっき私達にもしてくれた説明を遅れた二人にしてあげて」

「……はい」

 なんで俺の事となるとそんなに面倒くさがるんだ。何したんだよ俺が。生理的に無理ってやつ? 好きになれとは言わないからもっと隠してくれよ!

「皆様には世界平和のためにシェアハウスをしてもらいます。そして毎日2回、不定期で撮影をしてもらいます」

 世界平和のシェアハウス、それが全世界に流れる。世界規模の大役をなんの告知もなしにするか普通。

「……ん? 毎日2回なのに不定期?」

「ええ、毎日不定期な時間で2回撮影をしてもらいます。撮影がいつも突然始まることで、台本も何も無いと理解してもらう。その為です」

「ふうん、なるほど」

 絶対嘘だ。他に目的がある。確証はないけど絶対そうだ。半分くらいはそうかもしれないが、残りの半分は裏にある。

「これが第一の目標です」

 ……第一の目標?

「そして第二の目標は、偶然発生する天魔の原因を究明してもらうことです」

「てっ、天魔の究明……? 発生条件を調べろと? この世で誰も知らないのに?」

「実は最近、天魔が急に生まれるという緊急事態が発生しております。幸いなことに、そこにいらっしゃる実力者が取り組んで倒され、被害はございませんでしたが、原因がまだ分かっておらず、このままでは適切な対策も取れずに被害が続く可能性がございます。世界平和の維持も難しい状況と言えるかもしれません」

 今俺の疑問無視した?

「故に、王は究明を期待しています」

 正直、絶句した。異世界に来たからには、冒険らしいことはしたいと思っていた。だが、そういうのはもっとどこか、もっと無双できる無敵感溢れる、ヒーローの物語に憧れていた。

 しかしこれはなんだ?

 世界平和の責任が、両肩に落ちてくる。膝も大爆笑。たった5人でただ戦って勝つだけではなく、印象までもらねばならない。

「おっっっも……!」

 何を期待してるんだ、俺たちの王は。

「はいはーい! 質問!」

 さっきまでぶっ倒れてたのに元気だな〜、リリフさん。

「究明に関してはもう諦めるんだけどさぁ」

「絶対無理だからって諦めないでください、一応王命なんすよ」

 いや、無理だろうけどさ、そりゃ。

「撮影って何? 疲れないほど元気では無いけど面白おかしい小ボケの日常を映せばいいの?」

「んなわけ……」

 ハードル高いって。

「はい、そうです」

「はいそうです!? なんでエンターテインメントと世界平和を両立しなきゃいけないんだよ!?」

 んな高いと潜り抜けちゃうよハードル!

「それは……まぁ、なんか」

 敬語辞めてんじゃねーか!

「はい、質問があります」

 今度はユラ・エルトロス。究明に関して聞いても、どうしようもないと思うが。

「怪鳥、どうしますか?」

 完全に忘れていた。あの大きいの、どうするかな。処理もできるのか? あれを解体できる者がいるのだろうか……解体屋ってここまで呼べるの? 掃除もしてくれるのかな。

「食べます?」

 なに言ってんだクルミ!

「とりあえず私のギフト、穴繰うくりで収納してるけど……」

「便利っすね……空間系」

 天魔の肉って売れるのかな。

「それを鑑定してもらえれば、究明に少しは近づくんじゃないでしょうか? 雷はきっとランダムに降るんじゃない……魔力量の高い者に振る訳でもない、なぜあの小鳥に降ったのか、その理由がわかるはず」

「おー! 頭いいね、ユラ。生物に雷の降る理由の解明……」

「それに……」

「それに?」

 じっと、ユラが俺を見る。

 あー、そっか。俺って半分天魔か……

「いえ、なんでもないです」

 秘密は守って貰えた。しかし、究明には俺の協力が必要。どうにか秘密を言わず、鑑定だけしてもらうしかない? そこからデータを貰って照合して……いや、そんな都合のいい相手、いるんだろうか。

「うん。第一目標も第二目標も、まずはなんとかなりそうだね」

 そうシキちゃんに言われて、情けないことにちょっと安心した。支えるべきは俺たちだというのに。

「では、クルミさん。上の方に鑑定できないか聞いて貰えませんか?」

「了解いたしました。ですが……ねえっ──すみません。今日中には難しいです」

 ねえ? なんて言おうとしたんだろ。

「ふむ、ならこっちの方でも呼べないか試してみるよ」

「えっ? シキちゃんが呼ぶの?」

 そりゃあ花咲さんも驚く。伝手があるとしても、これじゃ9歳児におんぶにだっこだ。

「じゃ、じゃあ俺は土繰どくりで地質調査とか、しましょうかね。何かわかるかも」

「ああ、いいですね。僕もそれに協力しましょう」

 どうにかして自分の身体も鑑定してもらおうとしているのにユラも気づいた。秘密を共有している奴がいると安心だ。

「そんじゃ〜、こっちはこっちで知り合いに聞いてみよっかな、冒険者仲間とか」

「冒険者仲間? 17になるまで冒険できなかったはずですが」

「あ、いやなんでもない」

 あれ、今結構聞いちゃいけないやつ聞いちゃったか?

「……んじゃ、私は大人しく収納役をしてるわよ」

「悪いね、アイネちゃん」

 大体纏めると、みんなは知り合いの鑑定士を探して、怪鳥を検して天魔の究明を進める。俺は別方法、ユラと共に天魔状態の俺の身体を鑑定してくれる奴を探す。

 あと、シェアハウスの撮影に関しては……まぁ面白くなくても問題はないだろう。

「話し合いはこれで終わり。それぞ

れ、早速行動に移そうか」

 伝手のある者は携帯型水晶スマホで、俺とユラは立ち上がって──

「待ってください」

 中途半端な体勢で待てと言われ、俺達を制止させた人を見る。

 クルミ・ミラルフル。

 何故か携帯水晶を向けて……

「出掛けるのは勿論良いのですが、撮影時間までには戻ってきてください」

「はぁ。撮影っていつやるんです?」

「ランダムです」

「……えっと?」

 ランダムとは聞いているが、今日は何時だと聞いているのだが。

「それはつまり、撮影をする直前まで教えないけどその時までには家にいろよ。ということかい?」

 そう言われて気づいた。

 この撮影の意味は、クルミが言った監視役の意味は。

「はい」

 俺達の行動の────制限だ。

 勝手に外に出るな。外に出るのだとしても直ちに戻ってこい。外に出るなら全員で移動しろ。単身で行動するな。家の中以外で離れるな。

 そういう、行動の制限。

「は、はぁ!? ちょっ、それ本気で言ってる訳!? できるわけないじゃないそんなの、不可能! そもそも誰がいつやれって決めたのよ!」

「私が決めています」

「なッ……!?」

 こんな状況でも鉄面皮! 自分が何言ってっかわかってんのかこいつ……!

「くっ、るーみぃッ……!」

 花咲さんがこれ以上ないほど怒っている!

「まあまあ落ち着きたまえ。私達が二人についていけばいいだけさ」

「だけどシキちゃん……これじゃ、今後どうなるか……」

「それはその時さ。すぐ目標が達成されるとは限らないけど、終わりはいつか来る。それに、終わらせるよりも他に手段があるかもしれないしね」

 終わらせるよりも他の手段。

 簡単だ。そして一番難しいかもしれない。目標を達成しても、それだけは無理かもしれない。

 クルミ・ミラルフルの心を開くこと。

「ひとまず、今回は二人について行こうか。どこへ行くんだい?」

「……土繰どくりに使う道具が欲しいので、ここら辺で買えるような場所に行こうかな。と」

「ここら辺じゃなくても、私の穴繰うぐりなら首都のサンリージュまで行けるわよ。怪鳥の隣を通る必要はあるけど」

「……それじゃ、お願いします」

 こうして、首都のサンリージュまで穴を繋いでもらって移動した。

 首都、サンリージュ。毎度、ここへ来る時はおとぎの国に迷い込んでしまったと勘違いする。正しくファンタジック。いつかこれが転生者の知識によって近代化してしまうと考えると、なんというか、勿体ない。

「やっぱりなんというか、素晴らしいですね」

「呼んだかい?」

「なんですかその持ちネタ」

「ユラ、ちょっといいか?」

 ここなら鑑定士とだって出会えるだろう。しかし、普通に正式な鑑定士なら色々聞かれてしまう。契約を結ばない闇鑑定士! それを見つけ出さなきゃいけない。大々的にやっているわけ無いし、これは土地勘のある者を頼らなければいけない。

「なんですか?」

 だから、時間が要る。

「お前に時間稼ぎを頼みたい」

「はぁ? なんの?」

「俺が単独行動してるのを、気づかせるな」

「はあ……何分?」

 いくら走っても戻ってくるのに時間が欲しい。最短で情報を得てその鑑定士のところまで行くとしても……

「一時間」

「はぁっ!?」

「声抑えろ……!」

 誰かに気付かれたらどうすんだよ!

「おー、どーしたんだよコソコソして」

 リリフさんに気づかれたじゃないか!

「なに? なんの相談? エッチな話?」

 男子がすぎるだろ。

「えっと……説明してあげてくださいよ凛太郎」

 俺に丸投げかよっ。

「あっ、あのー……これは、あの」

「それともあれかい、こーいう団体行動が苦手ってェ話? 俺もよくわかるから、協力してあげるよ凛太郎」

「えっ!? いいんすか!?」

「そのちょー下手くそな敬語と、取ってつけたようなさん付けを辞めるならね。あ、ユラはさん付けだけでいいよ」

「そりゃどーもです」

 そんなに下手だったろうか。いや、これは単なる軽口か。そう思うことにしよう。

「ほら、行ってきな!」

 背中を叩かれ、その勢いで数歩進む。

「あっ、ありがとう。それじゃ!」

 そして、走り出した。

「次は影に気をつけるんだなー!」

 話全部聞かれてたのか!

 リリフのヤツめ!


 さぁ、走り出したは良いものの、ここ三十分収穫がない。最初の十分ちょっとは通行人やらに聞いていたのだが、土地勘がなかったり忙しかったりで答えを得られず、次は市場に辿り着くまで七分かかった。そこで適当に物を買って聞こうとしたのだが、流石は市場。色々あって時間を使ってしまった。それで十二分使って楽しみ、一分後に果物を売っている人に声をかけた。

「あの、ここら辺で────」

「まずは買え。それから話せ」

 もう怒られてしまった。

 買えと言われても、そんなに果物は要らないんだよな。食材は国から支給されるし、けど一個か二個じゃまた怒られそうだ。

 もう適当に人数分リンゴを買うか。

「リンゴ、六つ下さい」

「銀貨イチ、銅貨ヨン」

 普通にクソ高ぇ。しかし買った。しかも紙袋のサイズギリギリだ、ちょっと溢れてる。

「あのぉ、ここら辺で事情聞かずやってくれる鑑定士、いません?」

「闇鑑定士かよ。そんなん知ら────」

 無駄な出費か……あと十、二十分くらい探したら戻ろう。

「ああ待て。知ってる、鑑定屋だが人間もやってるだろうよ。こっから右に行け、市場を出てからすぐ左に曲がれ。そして突き当たりを右だ。最後に、何があっても俺が教えたと言うな」

「あ、ありがとうございました……」

 どこぞのゲームみたいなお使いイベントだが、言う通りに歩き出す。にしても、俺が教えたと言うな……か。つうか、鑑定士と鑑定屋の違いってなんだろう。


 時間も気がかりだ。今もだけど、これからも。監視役クルミ……さんをどうにか、心を開けられないか。

 つっても王命に従って来ているから、そう簡単じゃないだろうなぁ。しかも俺なんか無理だろう、嫌われてる。

 それでも少しは仲良くなって、家族っぽい雰囲気を出さなきゃ。


 考え事をしていると、言われていた突き当たりまで来た。

「ここを、右……」

 空気が、澱んでいる。吸う度に身体が不調を訴える。そこまで酷くは無いけど、薄汚れているのがわかった。人は一人もいない、狭い道を進むと、

 店が見えた。

 外見は民家とそう変わらないが、端の方に看板があった。

 なんでも鑑定屋。

「……大丈夫かな」

 ひとまず先に、天魔の力を引き出すために胸の痣をなぞって、白髪になる。

 小さな文字で、なんの素性も聞きません。金さえあればどんな方でもご利用可。生物無機物無関係。と書いてあった。

 怪しい、しかしこの怪しさなら。

「あれ」

 後ろから、人の声がした。

 振り返ると──────


 赤と青の角の出た黒髪のウルフカット。前に染めていたのか、毛先から数センチ、ピンクアッシュが残っていた。

 白黒、ピンクを基調とした、肘や肩が露出したパンクなひらひらの衣装。黒色のアームカバー、ミニスカ。端的に言うならメンヘラ風。

 ──────そんな人が居た。

「君、そこに用?」

「えっ、はい」

 只者ではない。何者か分からないが、明らかに普通では無い。


 俺は今すぐに帰るべきだった。


「ごめんね。休みなんだよ」

「えっ!?」

「あ、私はそこの店の者だよ。一人でやってる」

 なんて運が悪いのか。ここまで来たっていうのに休みだと言う。

「ま、まじっすか……」

 いかん、現代社会訛りが出た。

「えぇと、ここのお店っていつやってるんですか?」

「最近客足も少ないから辞めようと思ってて……」

「えっ!?」

 最悪だ。また鑑定士を探さなければいけないのか。

「……ちなみに、君は何を鑑定しに来たの?」

「俺自身を鑑定してもらおうかと」

 じろりと、その人は俺の顔を見た。

「私はなんでも鑑定屋を営む百舌鳥もずゆるべ。下の名前で気軽に呼んでよ、凛太郎くん」

「よろしく……お願いします。ゆるべさん」

 少し妙だなと思った。そして気づくのが遅れた。

「……えっ? なんで名前知ってるんすか?!」

「あははっ、だって鑑定屋だもん」

「あっ」

 そりゃ、そっか。ギフトを使ったのかな、いや、もっと俺の知らない方法かもしれないな。

「ひとまず、中入って。凛太郎くんは特別に鑑定をしよう」

「ま……本当っすか! ありがとうございます!」

「ひゃくぱー善意だから、もっと感謝してもいいよ!」

 そう言われ、押されながら店の中に入った。まだ昼間だというのに中は暗く、ゆるべさんが魔法具で光を発した。

「真ん中の椅子に座って。鑑定の影響で眠くなるかもしれないけど、その時は寝ちゃって大丈夫だから」

 言われるがまま、椅子に座る。

「それじゃ、触るね」

 触れることが鑑定に必要なのか、ゆるべさんは俺の頭に触った。

 急に、眠気が俺を襲った。



 パッと目が覚めた。

 ここは……? そうだ、俺は何を……

「はい、鑑定終了。起こしちゃったかな?」

 目の前には、ゆるべさんが居た。そうだった、お店で鑑定してもらって、恥ずかしいけど人様の前で寝ていたのだ。

「あ、いやぁ……はは」

 本当に、ちょっと恥ずかしいな……

「あれっ?! 何分くらい寝てました!?」

「えっ? 十五分くらいかな」

「やべっ、俺そろそろ戻らなきゃ……」

 頬を叩き、椅子から立ち上がり、走り出す。

「何か急ぐ用でもあるの? ちょ、ちょっと待って! 鑑定結果!」

「あっ、すみません!」

 一度戻って、結果の書かれた紙を貰う。

「やべっ、おいくらですか」

「あー、いいよ。初診ってことで。また来てくれれば嬉しいな」

「いいんすか!? あれ、お店続けるんですか?」

 辞めると聞いていたが、気が変わったのか?

「うん。凛太郎くん困っているみたいだし、ゆるべお姉さんが助けてあげるよ」

 ────百舌鳥モズゆるべ。

 この人に出会わない未来があるなら、迷わずそっちを選ぶだろう。

「ほんと、ありがとうございます!」

 けれど世界は絶対で、運命で、絶望的で、どう生きてもあなたに出会うよう、星が回っている。

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