第35話 真実は、まあ……つまらん。


俺が可愛くないと言うと恵奈が呻き声を廊下に響かせた。別に本気で可愛くないと思っているわけではないのだが俺も少し腹が立ったのだ。このぐらいの愚痴は許して欲しい。恵奈がそっと俺の裾を握ってきた。


「可愛いって言って?」


「あ~……恵奈って意外と地雷系だったんだな……」


「地雷系とか言わないで!」


いや、普通に承認欲求の塊。男に可愛いって思われることを強要する地雷女だろ。女は誰でもそういう生き物ではあるとはわかっているが……恵奈のそれは気迫が他と違う。優女が右手を振る様子を見せる。


「お姉ちゃんの根っこに今更気づいても遅いよお兄ちゃん。お姉ちゃん一途だから」


「いやでもそれ兄としてだろ? これが恋人としてだったら俺も嬉しいんだけど……恵奈、そこんとこどうなの?」


「あっ、恋人はないから」


「……心が痛い」


「お兄ちゃん、保健室行こ?」


別に授業を休むほど胸が苦しいわけじゃない。優女が恵奈をごみを見る目で見つめていることに気付いていない恵奈。どうやら今の優女は俺の味方をしてくれるらしい。お兄ちゃん嬉しいぞ? そろそろ教室に戻るか……。恵奈が俺を振った理由もわかったことだし良しとしよう。恵奈に「じゃあ」と手を振り優女と教室に向かう。すると恵奈が後ろについてきた。


「恵奈は自分のクラスに戻らなくてもいいのか?」


「まだ時間はあるしね。春斗にぃにこれ以上気を使う必要はないかなって」


気を使わないでいいのは間違っていないけどそれを自分で言うか? 普通俺の口から初めて「気を使わないでいいぞ」といって成立する話じゃないか?


「まあ別についてくるのはいいけど何も……あっ」


「お兄ちゃんどうかしたの?」


俺と優女のクラスの窓側前から二番目の席。周りに「おい、俺に話しかかてくんなよ」とでもいうかのようなオーラを放ちながら読書に励んでいる男子がいた。確かあれが真賀坂だ。周りのクラスメイトはそのオーラを察してか、真賀坂の近くには人がおらずポカンとした一人の空間が作られている。それを見ながら俺にもあんな時代があったなあと懐かしくなった。俺の時は優女がその空気をぶち壊しに来てくれた。今度は俺が真賀坂のその空気をぶち壊すとしようか。


「優女、恵奈、ちょっと俺を一人にしてくれ」


「「どうして?」」


「ちょっと試しに真賀坂と話してみる」


「あ~」


「真賀坂って?」


恵奈は真賀坂の話を知らない為、優女に説明させておこう。俺は二人を置いてゆっくりと真賀坂に近づき、窓側一番前の空いている席に座り、後ろに振り向く。真賀坂も俺の視線に気づいたのか本から顔をあげる。


「なにか?」


「実は真賀坂と話してみたいなって思ってさ」


それを聞いて微妙な顔をする真賀坂。まあ、急に初対面の男に、それも真賀坂からすれば陽キャの人間に声を掛けられたらそうなるわな。


「僕と話しても面白くないよ」


真賀坂は素でそんなことを言っているようだった。ちょっと嘘をついてみよう。


「実は真賀坂のことが気になっている女子がいるみたいでさ、相談があるんだけど」


それを聞き無反応だった顔が少し驚きに変わった。そりゃそうだ。陰キャの中にも恋にまったく興味がないという男は少ない。こちらが下手に出て、真賀坂に興味のある女子がいることを伝えたら内心ドッキとするだろう。俺の話にも耳を傾け始めるはず。


「僕に興味のある子が? 冗談じゃないの?」


「これが本当なんだな。まあ、それが誰かまではその子の為にも教えてあげられないけど、君のことが知りたいみたいでね」


「ふーん、僕は見ての通りただの陰キャなオタクでだよ」


キタ……視線が完全に俺を向いた。


「陰キャなオタクも悪くないさ。俺もオタクだし中学までは陰キャだったしな。俺の小さい頃にの写真見るか? スゲェ暗いぞ?」


俺はポケットからスマホを開き昔の写真を選ぶ。


「ほらこれ、幼稚園の頃の俺」


俺の幼稚園の頃の写真を見た真賀坂は目を見開く。


「ふーん……って、可愛いじゃねえかっ!」


スマホには可愛らしい俺の幼稚園時代の写真が写っていた。うむ、自分でも言うのもなんだけど俺可愛いかったな。


「えっ? 可愛い? おっかしいなあ、じゃあ中学の頃の写真は? 少なくとも間違いなく陰キャだったぞ?」


中学の写真を見せると……。


「ふ、普通にイケメンじゃないかっ……」


そこには優女と二人でプリクラで撮ったキラキラした加工まみれの写真が写っていた。普通に俺の顔イケルけど……。まあこれで少しは真賀坂の感情を引き出せたかな? まず、どんな感情でもいいから俺に本当の感情を見せたという経験が欲しい。人は無意識に一度でも感情を見せた相手には心を開きやすくなる。


「それで真賀坂のことを好きな女の子が居るって話だけど……嘘だわ」


「はっ?」


「だから嘘」


「お、お前、何がしたいんだよ……」


今の真賀坂は苛立ち、俺が理解できないはず。こういうとき人は目の前の理解できない存在に対して自分は自然体であろうと無意識に発言に現れる。真賀坂の本音を引き出すためにも俺に呆れさせ、さっさと本当のことを言って終わらせたいと思わせることが大事だ。


「本当は真賀坂、お前が学校を週一ペースで休んでいる理由が知りたいんだ」


「……はあ、そんなことかよ、普通に聞いてくれれば答えるのに……」


「悪いな」


普通に聞いて応えてくれるかはわからなかったけどな……。


「実は僕、最近RPGゲームにはまり過ぎてて……」


なんか変な答え出てきた……。


「親には体調が悪いって嘘ついて、学校休んでゲームしてるだけだよ」


うむ……うーむ……なるほど。これは思った以上に意外な答えが出てきた。どうやら普通にずる休みしているだけらしい。一応確認しておくか。


「なにか悩みがあったりいじめられて休んでいるわけじゃないんだな?」


「まあね、もしかしてそれを心配してくれてたの? お前意外といい奴なんだな」


ここで初めて真賀坂が顔を緩めてくれた。少し緊張を解いたのがわかる。


「真賀坂は一人でいるのが苦じゃないんだな?」


「うん、むしろ一人のほうが楽なんだけど……」


「そうか……一人でいて楽なタイプね……」


どうやら俺達の心配は杞憂であったらしい。俺は席を立つ。


「話はわかった。時々話しかけに来てもいいか?」


「まあ、別にいいけど」


俺は真賀坂と別れて優女と恵奈と合流した。俺が真賀坂と話している間に優女は恵奈に説明したようだ。


「優女、今すぐ武先のところに行こう」


「うん? 別にいいけど」


俺は恵奈と優女を連れて職員室に向かった。どうやら残念オタ三人……お前らの出番はもう終わりだ。(オタ三人の悲鳴──ギャアァ~!?)

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