探偵 駿河結介 WORST DAYS OF PRIVATE EYE
Ito Masafumi
CHAPTER 1/COMMOM JOB
①
「これが娘です」
由樹は落ち着かない様子で言った。四十代後半から五十代前半といったところか、黒いボブの髪型に穏やかな顔をしており、どこか品の良さを感じさせる女だった。探偵への依頼は人捜し。写真は大学の入学式の頃のようだ。校門に掲げられた大きな白い看板には≪大学≫、≪入学≫の文字が見受けられる。その前にスーツ姿の若い女が笑顔で立っている上体の写真。黒い髪は前を七三に分け、後ろをひとつに束ねている。写真の女は清楚で幼い印象を与え、美形な顔をしていた。
「娘さんのお名前は?」
早速、探偵は手帳とペンを持ち、由樹に訊いた。
「
名前を書き留めた探偵は、続けて質問をする。
「幸子さんのお年は?」
「十九で、大学生です」
「警察にはご相談されましたか?」
「しました。この街にいることはわかったんですが、それ以上は全く・・・」
「そうですか」
しばらくして、由樹から幸子に関する情報をいくつか引き出した探偵は、もうひとつ問うた。
「幸子さんは以前、七節町に来たことはありますか?」
「いえ。私の知る限りでは、ないと思いますが・・・」
由樹は返答に窮した。なにか言いたそうたが、言いづらそうな面持ちだ。それを見て察した探偵が訊いた。
「が、なんです?教えてください。些細なことでも結構です。少しでも手がかりがあれば」
ここは話しておいたほうがいい。そう思い至った由樹は口を開いた。
「恥ずかしながら、娘はちょくちょく家出するんです。自分から戻ってくることもあれば、警察の方が保護して連れ戻してくださる場合もありました。いつもなら三日以内には戻ってくるんですけど、今回は五日以上経っても戻って来なくて、電話も着信拒否されています。しかも、この街は治安が悪いと聞いたものですから、どうにも心配になってしまって。それで、学生時代の先輩の蔵前(くらまえ)さんにご相談したら、こちらを紹介してもらった次第なんです」
由樹は傍らに置いたハンドバッグから封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。
「百万円あります。前金です。娘が見つかったら、もう百万、報酬としてお支払いします」
その由樹の発言に探偵はやや驚いた。相場の倍はある。娘なのだから、よほど大切な存在なのだろう。
「わかりました。引き受けましょう」
これだけの大金を現金で提示されては、探偵業に携わる者として断るわけにはいかない。依頼を承知した探偵は語を継ぐ。
「この写真、お預かりしてもよろしいですか?」
探偵が対象者の写真を指し示す。
「どうぞ。お持ちになってください」
由樹はうなずいた。
「居場所がわかりましたらご連絡します」
探偵が言うと、由樹が問うた。
「あの、どれくらいかかるんでしょうか?」
「三日以内には必ず捜し出して見せます」
その探偵、
この駿河結介という男。年齢は三十三歳、探偵事務所の所長兼、たったひとりの探偵である。駿河は子どもの頃から探偵になることを夢見ていた。当時、テレビで放送していた探偵が主人公の海外ドラマの影響からだ。大学卒業後、老舗大手の調査会社<
建物の外に出た由樹は、スマートフォンを耳に当てた。
「探偵が依頼を受けました・・。はい・・。蔵前さんが言うには、腕はいいとおっしゃっていたのでおそらくは・・。はい・・。よろしくお願いします」
駿河は写真を手にソファから腰を上げ、自席の横、少し離れた距離にあるドアを開けて通路を歩いた。中間の壁際には、トイレともうひとつ部屋が設けられているが、今はそこに用はない。その先、三つ目の部屋に用があるのだ。閉じられたドアをノックしてみる。だが応答がない。もう一度ノックするが、やはりなにも返ってこない。駿河はドアをそっと開け、中に入った。そこにはひとりの若い女がいた。明るめの金髪は肩まで伸ばし、ウェーブをかけている。赤いアイラインを引いた丸い目に、小さな鼻と唇。可愛い顔をしているが、メイクのせいか、やや妖艶さを感じさせる。爪には深紅のマニキュア、グレーのプルパーカーに黒いスキニージーンズを着ているその女は、アーミーブーツを脱いだまま、背もたれの高いハイバッグのオフィスチェアに、体育座りのように膝を抱えて腰を掛けている。正面の長机の上には、三色に光るパソコン用のキーボードが一台とマウスがひとつ。それを挟むようにノートパソコンが二台。さらに上には、壁掛けの大型液晶モニターが上下三台ずつの計六台設置されている。机の下の隅には、大きなサーバーが三台、セットで置かれている。全て最新型だ。女は赤いイヤフォンを両耳に
「びっくりした。なに?」
一見ガラが悪そうな女は
希が駿河に文句をつける。
「いきなり入って来ないでよ」
「いや、ノックはしたよ。でも返事がなかったからさあ」
駿河は片手をズボンのポケットに入れ、平然と答えた。
「だからって勝手に開けないで」
希はまるで年頃の中高生のように文句をつけた。いくら仕事仲間とはいえ、男女ふたりきりの事務所なのだから、その言い分は理解できなくはない。
「ごめん。次は気をつけるよ」
駿河は謝ると、語を継いだ。
「たった今依頼が来たの」
「へえ・・。二か月ぶりじゃん」
「最近は暇だったからねえ」
独立してから一年弱。少しずつだが実績を積み上げ、成果は残している。だが、定期的に仕事が入るわけではない。営業らしい営業もしていなかったせいか、開店休業状態が続いていたのだ。駿河はモニター画面を指して希に訊いた。
「今見てたのって、あれ?」
「の、見逃し配信。って言っても、リアタイでもう見たんだけどね」
「なんつーんだっけ?そのヒーロー・・。シャ・・、シャン・・、シャンゼリ・・・」
「シャイゼリオン。『
希は大の特撮ヒーローファンである。その知識はオタクの域を超えている。わずか数秒のシーンを見ただけで、番組名、放送年月と日時、出演者や監督などなど、スラスラと言い当ててしまう。希の自宅の部屋は特撮ヒーローのグッズであふれていると、以前に本人が話していた。駿河は一度、そんなに好きなら特撮業界の仕事に就いてみたらどうかと打診したことがあったが、希はそれを拒否した。業界の裏側、つまり、大人の事情というやつを目の当たりにしたくないらしい。あくまで一ファンでありたい。希にとってはそれで十分なのであった。
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