大好きなギザ歯の彼女が愛を込めてお弁当作ってくれたの可愛すぎて無理 愛おしい

鍵ネコ

第1話 料理! 余裕! 豪語!

「りょ、料理なんて余裕よ!」


それは、間違いなく俺の失言が原因で引き出された言葉だった。いや、失言と言うよりかは圧倒的言葉不足か。


目の前でワタワタとする彼女の姿を前に、俺は今一度強く反省した。



俺は母子家庭で母親と二人だけで暮らしている。



だが、母さんはまぁまぁ家事が苦手な人間で、料理が特に嫌いだと言う。そして実際その嫌いが講じて味が非常にまずい。


俺は母さんの料理がそこそこ苦手だった。


母さんの性格はかなり大雑把なのだ。

何するにも横着をし、計画性を持って買い物をしようとなっても、なんとなく必要になりそうだなぁという考えだけで物をポンポンカゴに入れていってしまう。


料理なんてもってのほか。


味噌はひと掬いでいいと言っているのに3回もすくって投げ入れる。市販の乾燥わかめを全部鍋にぶち込み溢れさせる。


皿に取り出さないといけない冷凍食品をそのままレンジにかけて容器を溶かしてしまう。


そんな中でもとびっきりヤバい料理が出て来たことがある。



それは、野菜炒めだ。



野菜炒めが不味くなるなんてありえない。

さっと炒めて塩とコショウをかけるだけでも美味しいそれを、どう調理すればいいのか。


やり方は簡単だそうだ。


まず鍋に揚げ物でもするのかと言う量のごま油を注ぐ。その中に野菜はザブンっとぶちこんで、電気コンロをビチャビチャに汚す。

強火で結構な時間揚げ…炒め続ける。

最後に塩を砂糖と間違えて。


「入れる量は小さじ1でいいんだって!」

「え、そう…? なんか見た目が物足りなそうだったよ」

「だからいっぱいいれたってか! 入れたってか!」


そうして出された野菜炒めは、それはもう酷かった。

味の表現なんていらない。

あれは食べ物じゃない。


一口目から思わず吐き出したのも、皿に盛り付けた時に知らぬ間にかけられていた追い砂糖のせいだろう。


野菜炒めなのにジャミジャミして気持ち悪かった。



ほんとなんだろ。これは新鮮な残飯か。



流石にこんなもの食ってられない。

けど食材も勿体無いから水洗いして、味付けしなおして、そうやって野菜炒めという既定路線に戻したはずなのに。


「なにこれまっず」

「まぁ…腹に溜まればご飯なんてなんでもいいのよ」

「よくねぇよ!」


どこか美味しくない野菜炒めが出来上がっていた。


まぁそんな調子なものだから、料理について勉強して、許可が降りた10歳の頃から俺がご飯を作るようになっていった。


だが俺は朝に大変弱く、無理やり起こされようものなら怒鳴り散らしてしまうくらいに豹変する。


流石の母さんであっても、そんな俺の手綱は手放してしまっている。


結果朝ごはんと昼ごはんを作る事はなく、だからコンビニで買った弁当や菓子パン、それか食堂で昼を過ごしていた。


そんな日々を送る中でついさっき、見たのである。


「手作り弁当ってだけでもマジで嬉しいのに味が美味いって何事よ。それもちゃんと苦手なカボチャ入ってない! マジで最高ー!」


丁度ひと月前に付き合い始めた彼女と食堂に向かう道半ば。


カップルが中庭のベンチでご飯会を開く光景が伺えた。


時期は10月。

俺たちみたいなカップルが増殖する時期。

そうした光景は珍しくなかった。


ただ、手作り弁当、と言う言葉が俺たち2人の注目を仰いだ。


他人の弁当なんて気になるものじゃない。

けど、手作りとなると一気に玉手箱みたいな存在感を放ち出す。


一体どんなものを入れているのか、ハートの形を取り入れていたりするのかとか。

恋人同士特有の不思議な弁当模様が見られるのではと目が自然と向いてしまうのだ。


俺たち2人は示し合わせたわけじゃないが、進める脚が妙に遅くなっていた。


そうして一瞬だけ見入るように目を開けた先。

男の子の膝上にあるピンクの2段の弁当箱。


そこには、とても一般的な具材が立ち並んでいたーー


(いや…えぇ……)


と、なんだかんだ思い込んでいたのだが。


○様々な技巧が詰められた飾り野菜。

○とても美しい形で焦げのない美麗な卵焼き。

○綺麗な黒豆。


○人参やインゲンなど彩りを包む肉巻き。

・照りがとても綺麗だ。上にまぶしたゴマがいいアクセントになるだろう。


○レンコンや人参、タケノコにふきなどが入った結構本格的な煮物。

○タケノコのカツオ節和え。


可能な限りコンパクトに。

けれどスペースを最大限利用して盛り付けられた料理達。


和食のオーラを充満させるその箱の下。


もう一つの弁当箱から出てきたのは日の丸弁当……ではない! ただの白米!!


でも多分それは上段の箱に入ってある料理の味付けが全体的に濃いからだろう! というか日本食は米に合うように作られている!

あくまで日本食基準に則り!

おかずと一緒に食べて濃さを中和してって事だアレ!


「はい、味噌汁もどうぞ〜」


汁物用と書かれた紙を貼り付けた水筒。

そうして差し出される、一杯のお味噌汁!


「もはや和食の料亭で出てくるご飯だなこりゃ。こんな充実した昼ご飯初めてだよ。いやあってたまるかって話でもあるんだけどね」

「ふっふーん、これぞ家庭科部 部長の実力よぉー」

「あぁ…菊ちゃんの彼氏でよかった、俺よかった…」

「おぉ泣くのはいいけどその前に食費食費〜」

「あっいっけなぁい菊ちゃんに納税納税〜」


たった一瞬だけで獲得した弁当の情報量。

そして、歩く背に聞くそんな2人の会話。


「いいなぁ…弁当」


あそこまで凝った弁当、普通作ろうと思えない。


作る時間があってもあの煮物、黒豆、タケノコは必ずコンロかレンジを長時間支配する。

他の料理を作る時に邪魔だし、何かと目をかけてあげないと美味しくなくなる。


料理の最大の敵。

【めんどくさい】がとても詰まってる。


でもあの弁当には食材達がしっかり美味しそうに調理され、ぎっしり詰まっていた。


それが前日から仕込んだものか、朝に作ったものかは関係ない。

貴賤はない。

何故ならそれらを作ったと言う時間が必ず存在しているからだ。


好きな人に喜んでもらおう。

その一心があるとは言えあそこまで手をかけられるあたり、とてつもない愛がそこにはあった。



俺は料理越しの愛情みたいなものを受け取った記憶がない。



だから、そんな愛情満載の弁当を見てただ一言、口からこぼれ落ちてしまったのだ。



『いいなぁ…弁当』



と。


うん。やはり思い返すと失言だ。

明らかに具合が悪い。


俺はすぐさま言葉たらずな部分を埋めていこうと瑞希に顔を向ける。


が、しかし。


「わ、私たち長いこと一緒だったけどまだ付き合ってひと月だしいきなりそんなのしたら重いかなぁーって思って言わなかったけどそ、そんなに弁当が欲しかったのね! い、言ってくれればよかったのに!!」

「え、いやそう言うわけじゃなくて…なんて言うか…誤解だから」


鋭利なギザ歯がテンパリすぎてとてもよく見える。


(今指をいれたら突然ここがアウトレイジの世界になるかもしれないな)


あまりにも捲し立てて言ってくるものだからとりあえず宥めてから話をしていこう。

そう思ってゆっくり話そうとするも。


「べっべつに私だって料理くらい作れるから! お弁当だって余裕でつくれるから! だっ、だから! えっと、りょ、料理なんて余裕よ! よゆー!」


瑞希はすっごい落ち着きがない。


「う、うん。別にそんな慌てなくていいんだよ」

「お、おち、落ちちち着いてるって」


どの口が言っている。

その口に目の玉と耳を授けてやりたい。


まぁでもこの感じ、かなり勘違いしているのだろう。

うちの彼女は付き合う前と変わらず、ちょっと自分の中で話を補完してしまう癖がある


もちろん今回は俺が100%良くなかったのだが、そう言う性質を理解できれば、自ずと瑞希の心情を紐解くことができる。


そう。

きっと今瑞希はこう考えている。


(弁当を羨ましがってる…? それもカップルのを見て? それに対して私はそんなそぶりを見せてない。でも確かに恋人同士だと手作り弁当を渡し合うって話を良く聞く…もしかして私…俊介に気が利かないなって事を遠回しに伝えられたって事? え、やだ待って)


みたいな。


そして多分この予想、一言一句違えてないんだろうと思う。付き合ったのはひと月前だが知り合ったのは去年から。


ほぼずっと一緒にいた俺は、そろそろ鮫島瑞希という女の子の事を十全に理解してきていた。


だから伝える。

瑞希が落ち着いて受け入れてくれる言葉を選んで。


「気が利かないなとかそう思って発言したわけじゃないから安心して。単純に俺さ、ああ言う愛のこもった…って言うとすっごい変な感じするけど、ああいう手の込んだ弁当を家族にも作ってもらったことなくて…羨ましかったんだよね。それでつい」


本音を丸々投写して言葉にした。


結局これが一番話が拗れなくて済む。

そしてお互い納得のいく流れを生んでくれる。


そう、なるはずだった。


「そ、そそれそれならわたっ私がお弁当作んなきゃだ! ま、まっかせなさいな旦那! わたしゃ天下の台所ウーマン! 料理は天衣無縫よよよ!」

「ちょちょちょ、なに、なんなの。瑞希の脳みそはどこでバグり始めたの、おい瑞希、おーい、おぉーい」


今日は普段の100倍位は調子が悪い。


何か思い詰めるようなきっかけがあったのだろうか。

長い付き合いになってきていて、そして恋人だからとは言え相手の私生活を丸覗きしている訳じゃない。


分からないところはわからない。


だからそう言う部分を本人の口から聞きたいのだけれど、今は自分の世界に行ってしまわれた様子。


返事がない。


俺はそんな彼女の手を優しく抱いて、近くのベンチに座る事にした。



細くて小さな綺麗な手。



水荒れは愚か爪だって割れていない。

指にすごく気を使っているからなのだろう。

こまめにハンドクリームを塗り、爪をヤスリにかけたりもしている。毎日均等な長さの爪。


瑞希曰くおばあちゃんに言われたようで。


「手は心の鏡写し。手入れを怠ると生活に出るわ」


との事らしい。


きっとその真意は、最も見やすくって最も他人に見られる手を丁寧に扱えれていない時点で身なりや振る舞いが雑になっている証拠。


手から気にかけて綺麗なままを維持しなさい。


そんな所だと考えた。

けれど瑞希はそれはもう額面通りに受け取って、それを生真面目に守っている。


人はそれを馬鹿だと言うが、俺はそうとは思わない。


俺みたいに変に言葉の真意だとか裏を読む人間と違って、瑞希の性格はまっすぐだと言えるからだ。


純度100%を突き進むような、とてもいい子。


もちろん瑞希が流石に困ってしまうだろうと言う話には注釈を添えたりするが、基本は隣で瑞希の良いところを黙って眺めている。


律儀な所、とってもかわいい。

真面目にまっすぐ受け取って、それをやり続けられると言うのは尊敬している。

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