第6話 あまりにも下手である事はある種の才能かもしれません。

ピンポーン。


演劇サークルのみんなで出かけた翌日。つまり日曜の事でした。

突然のチャイム。

この前の一件でチャイムにはかなりトラウマを植え付けられています。一週間無事なまま時間が経ちはしたものの、まだ今後艮会にわたし達のやらかしがバレない確証はありませんので。

ゼロイチちゃんもわたしに怒られたのがよっぽど嫌だったのか、ビクビクしながら警戒しています。


さあ、流石に今回は先制攻撃したりはしません。勿論護身用にナイフとライフルは持っていくのですが。

ゼロイチちゃんも万が一の時のために戦闘体制です。


ガチャ。


扉を開くとすぐに相手の方にライフルを突き付けます!


「わぁぁっ!!待ちぃ、待ちぃ!敵意はないから!!!」


怯えて後ずさりする女性。荷物でいっぱいの鞄を背負って居ます。

どこかで見た事が......?

腰まである長い髪、わたしと同じくせっ毛、眠たそうな目。そして、汚いペンダント。


わたしは昔、姉が居たのですが、七歳の頃に親が離婚し、父親と一緒に姉は西の方へ行ってしまいました。

両親の仲が悪すぎて会うこともなく、姉とはたまーに電話で話すくらいになりました。

隕石が治安が悪くなってからは連絡すら取れて居なかったので、もう死んでしまった物だと思っていましたが......。


「もしかしてだけど......お姉ちゃん、ですか?」


こんな所でまた会えるなんて!


「せやで!会いたかったわぁ、ほんまに!!」


お姉ちゃんは蕩けるような、ゼロイチちゃんと少し似た笑顔を浮かべます。

生き別れの姉と熱い抱擁を交わすわたし。

ゼロイチちゃんは訳も分からず硬直しています。


「えっと......そっちの子はどちらさん?娘?」


「そういうのじゃなくて!なんと言うか......家で匿ってる?いや、養ってる?うーん......。」


今になってもゼロイチちゃんとの関係をどう表せばいいか分かりません。


「まあええわ!よろしゅうなぁー。」


にっこり笑って手を振るお姉ちゃんに、敵意が無いことを確信したのか、ゼロイチちゃんもぎこちなく手を振り返します。


「でも、なんでうちの住所が分かったの?」


「そうなんよ!住所分かれへんのにこっちまで来てもて、どないしようか迷ぉてたら、街でたまたま会ぉた男の子が教えてくれたんや!」


「誰それ怖い。」


本当に全く心当たりがありませんが......まあこんな世界ですのでそういう事もあるよね、と無理に自分を納得させます。


「でも、よくこっちまで無事で来れたね......。」


こことお姉ちゃんの住んでいた地域の間はかなり離れています。そのうえ、かなり大きなクレーターがあるため、そこを迂回しなければならないのですが、迂回路も全て治安が悪いのです。

もう新幹線のような長い距離を繋ぐ鉄道は残っていないので、どこかしらで生身での移動が必要になります。

わたしと同じで非力なお姉ちゃんがそこを無事で来れただなんて信じられませんが。


「せやねん、ほんまに自分でも無事なのが信じられひんの。」


まさかこの人実力も無いのに運だけでここまで来た訳では......無いですよね?


「あ、ウチが貧弱やと思とるやろ!それがなぁ、今のお姉ちゃんは昔の貧弱やったお姉ちゃんとはちゃうんや!」


お姉ちゃんが自信ありげにそう言いながら、背負っていた荷物でいっぱい鞄の中から銃を出します。

自動式拳銃、回転式拳銃、散弾銃、突撃銃、狙撃銃、そしてあらゆる弾丸が鞄から出てきます。

この長距離を旅してきたのに荷物のほとんどが銃で埋まっているというのも異常ですが。


「ウチな、射撃の才能がめちゃくちゃあったみたいやねん......。んで、オトンの遺産で銃ようさん買うたら、知らん間にガンマニアになっててなぁ......。」


「え、お父さん亡くなったんですか?」


いや、まあ今更驚く事でもありません。そもそも死んだ物だと思って過ごしてきたのですから。まあ改めてその事実を突きつけられると、何か辛いものがありますが。


「結構前になぁ。殺されたとかやのうて、病気で死んでもうたんや。」


生物として、本来間違っていない死に方をできただけ、良かったと言えばいいのでしょうか......。

死という物は誰にでもいずれ訪れる根源的な恐怖ですので、どう足掻いてもそれを美談化する事なんてできやしないですが。


「今更、銃持ったウチらが人の死悲しむ資格もないけどなぁ。」


ごもっともです。


「......この銃、可愛い。」


少し暗くなった雰囲気を壊すように、突然並んだ銃の一つを指さし、そう言い出すゼロイチちゃん。


「おお!センスあるなぁ、キミ。その子はなぁ、PD MP12って言うサブマシンガンでな、ちょっと癖はあるけど火力はやばいで。ウチのお気に入りなんやけど、非力なウチには使いこなせなくてなぁ.....。

せや!ウチの代わりにキミがこの子使ったってや!」


お姉ちゃんはスイッチが入るとすぐ早口になります。昔からこうなのです。好きな事に熱心というか、ヲタク気質というか。

押し付けられるようにサブマシンガンを受け取ったゼロイチちゃんは、嬉しそうにそれを眺めています。


「で、オカンは......この様子だと、ダメそうやなぁ。」


はぁ、とため息をつくお姉ちゃん。

この世界においては血縁関係にある人の生死さえも曖昧なのです。


「一昨年の春頃に、買い物に行ったっきり帰ってこなくなっちゃって......。」


買い物は当たり前の日常のために必要不可欠な行為です。

お母さんは、いつも通り外に出て、いつも通り今後1ヶ月分の食材を買ってきて、いつも通り帰ってくる。それだけのはずでした。

わたしが平穏な日常に固執するようになってしまったのもあのくらいの頃からでしょうか。

少なくとも買い物に行くくらいの日常は守らせて欲しいものです。


「せめて安らかに逝けとったらええけどなぁ......。」


わたし達にはそのくらいの事を願う権利しか残されていません。

何が起こるか分からない世界ではありますが、失った命だけは何があっても絶対に戻っては来ないのです。


「ねぇねぇ、そろそろお昼ご飯食べたい......!」


ゼロイチちゃんはあまり空気を読めませんが、今回ばかりはそれが吉と出ました。

重い空気を打破するためには、やはり食べる事が必要。何度でも言いますが、食べる事というのは人類に与えられた永遠の娯楽なのです。

今の世の中には高いお金を払い、サプリメントだけで栄養価を取っている人も居ると聞きますが、その方々は何を生き甲斐にして生きているのでしょうか。


「お、ウチが作ったろか?最近料理するのハマっとってな?」


「じゃあ......任せてもいいかな?」


わたしとお姉ちゃんが別れたのはかなり小さい頃。勿論互いの作る料理などは食べたことがありません。期待を込めて、わたしは今日の昼食をお姉ちゃんに委ねました。



人の作る料理を食べるという事は、その人と親睦を深める事にも繋がりますので、結構好きです。


「よし!完成!」


お姉ちゃんが料理を作り終えたようです。

ゼロイチちゃんは既にお膳の前でスプーンを持ってニコニコしています。


「いただきます!」


お姉ちゃんがお皿をテーブルに乗せると同時にそう声をあげるゼロイチちゃん。


「......ん?」


お姉ちゃんの作った料理.....料理以外の名詞で表現する事のできない何かを口に入れた途端、少し表情が曇るゼロイチちゃん。


「チャーハン!初めて作ったから上手く行ってへんかもしれんけど......。」


チャーハン......?

ギリギリ米としての原型を留めて無いことは無いようなそれをチャーハンと形容出来るほどの感性はわたしにはありません。


「しょっぱい......」


「あー、味濃かったかな?西の方やとこっちより味濃いもん多いから、ウチの料理そっちの影響受けてもうてるねん......。」


西の方ではこれをチャーハンと呼ぶのだろうと自分を納得させ、チャーハンであるはずの暗黒物質を口に放り込みます。


味わってみた感想ですが、見た目程不味い訳でも無いし、チャーハンの味がしない訳でもありません。

しかし塩味があまりに強く、塩をそのまま舐めたかのような味がします。

食感は正直最悪で、ちょっと硬いのにベトベトしているような......例えるなら焼いたマシュマロのような食感です。

有り得ない程硬い肉が入っているのも恐ろしいです。魚の小骨を噛んでいるような気持ちにされます。

どうにか飲み込んだ後も後味はよろしくなく、塩味でかき消されていた焦げたような味が口の中に残り続けます。


総評:吐くほどではないが不味い。


「......なんか、昔欲しい玩具買って貰えへんかった時みたいな表情しとるな。」


「味見した?これ。」


「まあ確かに、ちょ〜っとしょっぱかったし、見た目も食感も微妙やったけどぉ......」


ゼロイチちゃんが泣きそうな目でこちらを見ています。昼食を抜きにした時も同じ顔をしていたような。


お昼ご飯はまあ酷い結果でしたが、今日はお姉ちゃんに再会できたのでまあ良しとしましょう。













同時に、どれだけ世界が変わっても、わたしに付きまとってくる物があります。


死という概念は、永遠に万物を苦しめ続けます。


死後の世界があるのなら、みんなと再会する事ができたら、そう期待してしまう自分が居ます。

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