第13話 賑やかな妖精達
外は雨。ただ空調の効いたソバ打ち部屋はソバ打ちに最適な温度湿度がたもたれている。3畳ほどの広さの部屋の中央で僕はソバ打ちを終えようとしていた。
「よし、後はビニール袋に入れて保存だ。打ちたてが1番良いけど、茶屋を開店したらそうも言ってられないしね」
切り揃えたソバを一人前ずつビニール袋に密閉して冷蔵庫に一旦しまう。残ったソバ粉は冷凍庫へ仕舞い、エプロンを付け替えてうどん小屋に移動する。
ソバ打ちにはちょっと時間がかかったが、何とか幅を揃えて切る事ができた。ただ3ミリ幅になり少し太い。できればうどんは上手く仕上げたい。
僕はうどんコネ用の大きめなステンレスボウルに、小麦粉粉をいれて塩水を混ぜ合わせていく。
同じ打つならうどんを打つ方が僕にはリラックス出来る。理由は次の工程にある。
「ンフ、フフフーン」
そぼろ状になった小麦粉を集めて塊にする。それをビニール袋に入れて踏んでいく。15回踏んで、丸めて、また踏む。これを5回繰り返す。この生地を踏む感触が何とも言えずクセになる。食べ物を踏むという背徳感を、徐々にカタチになる生地を見て打ち消しまた踏むのが楽しい。
しかし、その時間も踏み続けていば終わる。
「ああ、終わりか。生地を寝かせないと」
僕は、踏み終えた生地を丸めてビニール袋に入れた。この後2時間寝かせて熟成させるのだ。ここで一旦時間が出来る。
「よし、ソバを持って茶屋に……」
妖精達が茶屋で待ってるだろうと、顔をあげると……
「うおっ!」
妖精達が窓ガラスにへばりついていた。
ソバは打ったあとすぐ茹でて食べる事が出来る。ソバを打っている事を知った妖精達は、すぐ食べられると思ったようだ。しかし、茶屋で待っていても僕がなかなかやって来ない。やってこないから痺れを切らせて様子を見に来たらしい。
「うどん打ってる……」
僕がうどんを打っているのを見て、妖精達はガックリとうなだれた。うどんは生地を2、3時間寝かせるため、時間がかかる事を知っているようだ。僕は妖精達を安心させるために声をかけた。
「うどんを寝かせている間に、ソバを茹でて食べさせるから。ホラ、茶屋に戻りなさい」
僕の言葉に顔を輝かせ、機嫌が良くなる妖精達。すぐさま身を翻して、茶屋に向かって飛んで行く。
「まったく、世話の焼ける……」
僕は冷蔵庫のソバを取り出し、ソバの試食会をひらくため急いで茶屋に向かった。
茶屋に着くと入り口で赤ツツジが待っていた。手には金色に輝く小さな長方形の古銭を持っている。
「そ、それはどう見ても銀じゃあ無いよな?」
「はい、慶長一分金です。すいません豆板銀のキレイな物がなくて……」
確か査定平均値が5万円。貰いすぎだ。
「ちょっと貰いすぎだから先払いという事で、また足りなくなったら言うよ」
「分かりました。それでお願いします」
赤ツツジはそう言って座敷の方に飛んで行った。
赤ツツジが合流した座敷の机の上では、妖精達がワイワイと騒いでいる。
「ふふっ、なんか懐かしい。年末に集まった親戚の子どもたちのようだな」
思わず笑みがこぼれた。
********
この山奥の集落は出来てから800年が経つと言い伝えられてきた。
僕の小さいころは、まだ4〜5軒の世帯が残っており各家に年末になると近くは山裾から、遠くは県外から親戚が集まって来たものだ。
田舎の年越し準備は忙しい。男たちは畳を上げ庭で干し、神棚や農業倉庫の掃除の後、障子の張り替え、しめ縄や門松を作り、餅つきに汗を流す。女たちは母屋の床や壁、台所に風呂場など水まわりの掃除に加え、カーテンや絨毯など洗濯機を使えない大物を洗剤を付けたブラシでゴシゴシ洗い、さらに、おせちの準備に、つきあがった餅の成形にと大忙し。もちろん子供も手伝わされる。
子どもたちは年末特有の高揚感から、楽しく手伝い始めるのだが、しばらくすると集中力が切れ、大人の邪魔をしはじめて父や母に怒られる。
「もういいから!邪魔しないように遊んできな!」
手伝わされ怒られる。毎年見られる光景である。
「はぁい!」
子どもたちは別に怒られても何とも思わない。親公認で遊べるのである。願ったり叶ったり、また手伝わされるのはイヤだから、大人の邪魔だけはしないように、家の周りを走り回り大いに遊ぶ。そして、疲れたころ茶屋の座敷に上がりこみ、携帯ゲームを持って来た従兄弟の背後から覗き込んで応援したり、押し入れから古くなったボードゲームを引っ張り出して、みんなでやって楽しく年末の1日が暮れていくーー
そんな子どもたちと、この妖精達の姿が重なる。
「もう、こんな感じ味わえないと思ってたよ……」
じいちゃんが死んでから3年で親戚が集まらなくなった。親戚からまるで申し合わせたように断りが入った。『年越し準備で.金を使わせるのは忍びない』『代が変わったから』『お互い様。丁度いい機会だよ』と言われ驚いたが、本音は『こんな山奥に来たくない』とずっと思ってたと思うと悲しくて。仲が良い親戚だと思っていたが、疎遠になるのはあっという間だった。その頃から、しばらく振りに見る光景である。
「まあ、何にせよ賑やかなのは楽しいね」
僕は、座敷を横目に見ながら、厨房に入っていった。
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