第11話 極上のわらび餅

「有り難い。コレならすぐ大豆の種まきが出来る!」


 丸ハナとキリカマ姉さんは、父さんの手伝いもしていたようで、見事に背の高い雑草だけ茎を折り、畑に覆い被せてくれた。しかもよく見ると一本一本の根元に切り込みを3分の1程入れている。


「コレは人間じゃ無理だな。すごいや」


 ボクは感心しながら耕運機の後部アタッチメントを、タネを土に打ち込むドリルに切り替える作業を行なう。『妖精の仕業かも?』と、信じられない事が起きた時に冗談で言う事があるけど、それに慣れてきている自分が怖い。

 その後、まる花とキリカマ姉さんの手伝いのおかげでサクサクと種まき作業を終え、一本杉のある杉丘と大岩のある岩丘に移動してみたら、何とその両方の畑の作業もすでに終わっていた。谷丘の作業も含めて3反分の茎折りとワラ敷きを2体の妖精だけで終わらせていたのだ。


「うわ、同じ妖精でも、こうも違うのか?」


 キリカマ姉さんのものを切断する能力は凄いし、丸ハナも頑張って茎に体当たりして折ってくれた。『妖精は気分屋で楽天的なのだ』とオモチを見て勝手に思っていたが、勤勉な妖精もいると、わかったのが1番の収穫だ。


 こうして、緑肥大豆の種まきとソバとアワの播種までもが、今日1日だけで終了した。僕達は意気揚々と、母屋まで妖精達と一緒に帰って来た。


「楽しみだ!先に茶屋に行って待ってるぞ!」

「精一杯お礼させてもらうよ。準備してから行くから少し待ってて」


 力強く言い残して茶屋に向かうキリカマ姉さんに、笑顔で答える僕。最初のモヤモヤは吹き飛び、今は感謝ともてなしたい気持ちでいっぱいだ。しかし、2体の妖精を見送るうちに、わらび餅の材料がまだ精製途中だという事に気づき途方に暮れる。


「どうしよう?わらび餅をつくるにも、まだ片栗粉が出来てないよ」


 不純物を取る沈殿を一晩おこなっただけで、ゴウイモ片栗粉の完成まで、まだまだかかる。


「仕方ないな。市販の片栗粉で作るしかないか……」


 僕は母屋の台所で市販の片栗粉を探し始めた。そして、すぐに冷蔵庫から片栗粉は見つかるが――


「あった。あっ消費期限が切れてる……」


 製菓衛生師だからって訳じゃないけど、消費期限にすぐ目がいく。自分で食べるなら我慢するけど、手伝ってくれたお礼だから、さすがにコレは使えない。


「ふもとまで買いに走るしかないか」


 覚悟した僕はふと、冷蔵庫の奥を見た。


「んっ?何だコレ」


 その奥にある、白いタッパーに目が止まった。取り出してみると、フタに付箋が貼ってある。


「何ナニ……天然本わらび粉(上層)?!ウソッ、マジで?!」


 付箋には、父さんの字で本わらび粉と書いてある。走り書きされた抽出年月日は、今年の3月初め。父さんが死ぬひと月程前だ。フタを開けて見ると150グラムほどの薄灰色した本わらび粉が入っている。


「コレだけ集めようと思ったら、山盛りのわらび根がいるぞ?!」


 わらびの根は見た目が竹の根ような感じで横にのびて土に埋まっている。そもそもゴボウのように細く量が少ないから採取が大変だ。背丈ほどの山盛りになるほど集めても、抽出出来るのはちょっとだけ。(根10キロから、わらび粉が約70グラム程しか採れない)時間と手間がかかり過ぎる割の合わない食材なのだ。


(コレでわらび餅作ったら、とんでもなく美味いぞ)


 本わらび粉で作ったわらび餅は、ひと味もふた味も違う。まず色が黒褐色?で透明感がある。風味が段違いだし、粘りも強く独特でクセになる。僕は一回しか食べた事ないけどアレは、また味わいたい。まあ、父さんの作った本わらび粉が、どのくらいのレベルなのかにもよるけどね。見た目は不純物もなく上々の仕上がりに見えるから、楽しみではある。


「良し、こいつでわらび餅を作ろう!」


 僕はワクワクしながら、タッパーを持って茶屋に向かった。


 急いで走った僕が茶屋の扉に手をかけると、中で女子会をやってるような声が聞こえる。


「タノシミ!」

「待ち切れません!」

「お前ら!働かざる者食うべからずだぞ!」

「まあまあ、キリカマ姉さん。私もハチミツの時に招待されたから、ね?」


 オモチと赤ツツジに対して、不満を言うキリカマ姉さんを、なだめるマル花。茶屋の中には、体は小さいけど人間並みに食べる妖精女子4体プラス僕の5人。僕の手にあるのはわらび粉5人分に少し余る。


(ちょっと多めにしたくなるけど、ちゃんと計量して余りは僕のお楽しみ用に取っておこう)


僕はそう決めて戸を横に開いた。


「キタ!」

「わらび餅を頂けると聞いてやって来ました!」

「ハチミツが一番だけど、わらび餅も好き」

「オレはわらび餅のプルプルがたまんないんだ!早く早く!」


 僕の姿を見て『ワッ!』と盛り上がる妖精達。

 僕も慣れてきているから、妖精たちを一瞥して『ホント陽気だな』って思うぐらいで、いちいち気にしなくなった。


「はいはい、落ち着いて。すぐ作り始めるからもう少し待ってくれ」


 この茶屋に集まる妖精が4体に増えた。何か疑似家族的なモノを感じてる自分がいる。前よりも、妖精に対して対応が少し丁寧になってるかも?

 僕は『イヤイヤ、僕はそこまで家族に飢えてない』と小さく頭を振って否定した後に茶屋の厨房で、本わらび餅を作る準備を始めた。


「まず、きな粉だな」


 去年の大豆から父さんが作ったきな粉をすり鉢に移し、砂糖と少量の塩を加えてる。そして『ゴリゴリゴリゴリ』と、砂糖と塩の小塊をすりこぎですり潰しながら混ぜれば完成。


「さて、つぎが本番だ」


 僕はわらび粉・水・砂糖を火にかけてないホーローナベに入れてしっかり混ぜ合わせた。そしてナベを弱火にかけて、木べらでゆっくり混ぜる。透明感がある黒になってくるのを待って火を止める。その後、熱が残る間は焦げ付きを防ぐため手早くまぜ続け、粗熱が取れたら水を張ったボウルに鍋のわらび餅を、一口大ずつ分けて放り込み冷やしたら、本わらび餅の出来上がりだ。


「後は、五つの皿に分けてと……」


 分けたわらび餅の上に、きな粉をかけて、店内座敷の机にいる妖精達に持って行く。


「ニョッ!」

「あっ来ました!えっ!黒い!?」

「うわー黒い!コーヒーでも混ぜてる?でも、おいしそ!」

「は、早く!オレの前でプルプルさせてくれ!」


 各妖精の前に本わらび餅を配ってから、キリカマ姉さんの前でわらび餅を爪楊枝で刺しすくって、フルフル揺らすとキリカマ姉さんがわらび餅に飛びついた。


「ハヤッ?!」


 いきなりの捕食行動に驚くオモチ。


「カマキリは動くモノしか食べませんからね」

「えっ!そうなの?」


 マル花に、カマキリの特性を説明する赤ツツジ。僕はその間に妖精達の対面に座り、両手を合わせた。


「じゃあ頂きます!」


 両手を合わせ拝む僕を見たまる花とオモチ姉は、『頂きます』とマネをして手を合わせた後、すぐ本わらび餅を頬張る。キリカマ姉さんは、食べるのに夢中で、オモチはそのままかぶりつく。妖精の皆が口に運んだのを見て、僕も食べようと、本わらび餅に爪楊枝でつきさした。その時、妖精達から歓声が上がった。


「スゴ!ナニ?!」

「ああっ!何コレ!力がみなぎる!」

「本当だ!スゴイ!」

「信じられねえよ!妖精力が一気に満タンだぜ」


 妖精達はよろこび夢中になって、本わらび餅をむさぼる。


「そんなにスゴイのか!」


 僕は本わらび餅を掬い上げ口の中に放り込んだ。まず、キナコの香ばしい風味が口の中に広がる。その後すぐに、わらび餅の独特な風味と、張りつくような粘り気に加えて、丁度良い甘さが口に広がる。普通の片栗粉で作ったものとは比較できない程、美味い。


「う〜ん美味い!本わらび餅はこんなに違うんだな!」


 ちょっと感動だ。しかし、この感動をもう一度味わうには、相当な苦労と手間がかかる本わらび粉を作らなければならない。


「スゴイです!本わらび餅!コレがあれば妖精力が満タンいろんな手助けできますわ!」


 興奮する赤ツツジ。


「オカワリ!」


 食べ終わったオモチが、両手で皿を差し出す。


「私も!」「オレも!」


 マル花もキリカマ姉さんも皿を掲げるが、わらび粉はもうない最後。

 僕は今日の客である妖精達に謝った。


「悪いがもう材料切れなんだ。本わらび粉が多く取れる冬まで待ってくれ。腹一杯には出来ないけどひとり一人前は、なんとか作って確保するから」


 僕の言葉を聞いて、固まった妖精達。

みんな、おかわり一回ぐらい出来るだろうとタカをくくっていたのか、呆然としている。


 ただ、その中で一番早く立ち直り妖精達を励ましたのは、なんと!オモチだった。


「ミナ、モットテツダウ!ワラビモチモラエル!」


 僕からしたら『お前が言うか?』的なツッコミを入れたくなるが、何故か妖精達はオモチの激励を素直に受け入れた。


「そうね!我が妹ながらいい事言う!私達、もてなしを受けるばかりで、大して働いてないもの!」

「うん!私もまだ足りてない!これからわたしの季節!受粉頑張る!」

「オレも働いたのは、今日一日だけだ、まだまだイケるぜ!とくに収穫は任せろ!完璧にこなしてやる!」


 赤ツツジにマル花、ちゃんと働いたキリカマ姉さんまで、まるで働いてないオモチの言葉に賛同してる。


「ウム!ハタラケ!」


 偉そうに踏ん反り返るオモチ。


(おいオモチそんな尊大な態度いいのか?だいたい何で皆は注意しないんだ?まさか妖精の中でオモチって立場が上なのか?)


 僕の頭の中に?がいくつも浮かぶ。しかし、すぐ、どうでもよくなる。


「相手は妖精。真面目考えても意味ないな」


 僕は首を振って希少な本わらび餅を堪能した。

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