第1部 第2章

34 歓迎されないのは (カレン)

 カレンは、シャーリンに続いて遅れないように歩いていた。

 空艇場は、執政館の二階と同じ高さに設けられ、かなり広い場所を占めている。それなのに、自分たちの乗ってきた船しかない。

 前方に大きな扉が見えてきた。ここから執政館の二階にそのまま入れるらしい。


 茶色の軍服を着た兵士たちが後ろからついてくる。彼らは空艇が着陸する前からここで待っていた。執政館の警護部隊なのだろうか。武器を所持しない灰色の服装の人たちもいた。あれはたぶん作用者。

 いずれにしても、こんなに大勢でものものしいわ。


 建物の中に入ると、正面のスロープを上がって三階に進んだ。

 さらに延々と奥まで歩き何回か廊下を曲がると、ある両開きの扉の前にたどり着いた。皆がそこで立ち止まる。

 案内の男が扉の脇に立つ。手に持っていた装置に何事か話しかけたあと、こちらを向いた。


「ウィルだったかな。君は廊下で待つように」


 男が廊下の片側に並んでいる椅子を示すと、ウィルはうなずいて移動した。




 扉が内側に開くと、男はシャーリンに向かって話しかける。


「シャーリン国子こくしとカレンさんは中にお入りください」


 カレンは、シャーリンの後ろから部屋に足を踏み入れた。

 かなり広くてとても暖かい。反対側の壁にはいくつもの大きな窓。部屋の中が明るいのに驚いた。ロイスの家とはまったく違う。


 兵士のうちの何人かと作用者が入ってくるのを感じた。

 部屋の中央には、向かい合わせに配置された居心地のよさそうなソファと凝った飾りに縁取られたテーブル。


 奥にでんと置かれた大きな机の向こう側に座っていた、背の高い男が立ち上がると近づいてきた。


「やあ、シャーリン」

「こんにちは、ダニエル」


 カレンも続いて挨拶をしようとしたが、ダニエルはすばやく手で制すると早口で言った。


「さあ、ふたりともそこに座って」


 腰を降ろす前にちらっと振り返った。兵士たちは扉の両脇に並び、作用者たちは両側に分かれてやや離れた場所にいる。近づいてきた一人だけが、ダニエルの隣に立ち手を後ろで組んだ。

 カレンは反射的に顔をしかめた。




 ふたりが座ると、向かいの席にダニエルも腰を落ちつけた。

 せきを切ったようにシャーリンが話し始める。


「ダニエル、途中でサンチャスが作用者の攻撃を受けて沈没したの。それから、リセンの通信塔の前でダンが誘拐された。アッセンで、ダンがアリーのところにいると聞いたんだけど、彼は本当に無事なの?」

「ああ、もちろん、ダンは無事なんだが……」

「なんだが、なに? もしかして怪我でもしたの?」


 シャーリンの声が急に低くなった。


「実はね、ダンはアリシアの滞在先で正軍せいぐんに拘束されたんだ」

「ええっ? どうして?」

「セインに向かう交替の予備軍だが、途中、アッセンに滞在した。アリシアとマヤも同行してね。そこで爆発が起きてアリシアが負傷した」

「アリーが怪我を? それで、大丈夫なの?」


 シャーリンの声のトーンが上がった。


「ああ、大怪我をしたらしいが、とりあえず命には別状ないという話だ」

「大怪我? それはもう大変。それで、マヤは?」

「ああ、マヤはもちろん宿舎にいたのでなんともない」


 シャーリンはフーッと息を吐き出した。


「それはよかったけど、アリーのほうはとても心配だわ。それで、その爆発とダンはどう関係があるの?」

「うん、それがだね、その爆発物なんだが、ダンが持ち込んだかばんの中にあったらしい」

「ダンのかばん? どういうこと?」

「わからない。いま調査中と言われている。どうして、そんな爆発物が持ち込まれてしまったのかとか、そして、その爆発物とダンとの関係もね」




 ダニエルは顔を上げて、シャーリンとカレンの背後に並ぶ作用者たちにちらっと目をやると、再び話を続けた。


「それで、すまないが、シャーリン、調査が終わるまで待機室にいてもらわなければならないんだ」

「わたしを拘束するの?」


 シャーリンは、びっくりしたようにダニエルを見つめた。

 待機室って何のこと?


「これはね、正軍の管轄事項なんだよ。駐屯地で起きたことだからね。わたしにできることは、今の状況を説明するだけ。それに……」


 シャーリンはダニエルの言葉を遮った。


「あのね、ダニエル、ダンは、誰だか知らないけど、軍のものらしい車両でリセンにやって来た何者かに誘拐されたのよ。かばんなんて持ってなかったはず。だってわたしたちの荷物は全部、沈められたサンチャスと一緒に川の底だもの。それに、船が攻撃されたあと、こっちに連絡を取ろうとしたけどできなかったのよ。そのうち、マーシャの通信施設が破壊されてしまって……」




 まくし立てるシャーリンをダニエルは両手を何度も振って制した。


「そのアッセンの駐屯地での事件と同じころだと思うんだが、こっちでも爆発が何度かあってね。通信系が一時混乱したんだ。まだ燃えているところもあって、完全な復旧には時間がかかりそうだ」

「それって、上空から見えた煙のことね。何者が爆破したの?」

「おそらく反体制派の連中だろうよ。最近こっちは何かと不穏なんだ」


 ダニエルは何度も首を振る。


「軍の見立てじゃ、ダンが反体制派に協力して、アリシアを襲ったということらしい。正軍はおまえの関与すら疑っている」

「どうして、そんなめちゃくちゃな話になるのよ。わたしたちも襲われたのよ。やつらに監禁されて、やっと脱出したんだから」


 ダニエルは、壁際の兵士に目をやりながら重い口調で続けた。


「ダンに関しては、正軍が何か証拠をつかんでいるらしい……」




 ダニエルは第三国子だけれど、見たところ、その正軍の人たちには頭が上がらないようね。

 確か、第二国子が力軍りきぐんのトップだから、すなわち国軍のトップのはず。第三国子の立場はどうなっているのかしら。


 隣でシャーリンが大声を出す。


「なんですって? どんな証拠よ。何かの間違いに決まってるわ。ダンがアリーに爆弾を使うなんて、そんなのありえない。まったくばかげてる。なんでそんなことを信じるの?」


 シャーリンは怒って立ち上がるとさらにまくし立てた。

 後ろで、作用者たちに緊張が走るのを感じ、シグの高まりを受けた。

 すぐにカレンは左手を伸ばして、シャーリンの右手をやさしくつかんだ。小声で話しかける。


「シャル、落ち着いて」


 ねえ、シャーリン、これ以上、無謀なことをしてはだめよ。

 カレンに手を引かれるように、シャーリンはドサッと椅子に座った。

 作用力の高まりが、すっと後退する。




「すまない、シャーリン。調査が終わるまでだ。わたしは、おまえがこの件に関わっているとは、これっぽっちも思わない」

「だったら、どうして?」


 シャーリンの問いには答えることなく、ダニエルは話し続けた。


「すまないが、レンダーを預けてもらえるかな?」


 事実上の命令だった。

 シャーリンは、しばらくダニエルを睨んでいたが、ため息をつくと、両手から腕輪を抜いて目の前のテーブルの上に置いた。指輪もはずして隣に並べる。


「ほかには?」


 ダニエルが促すと、シャーリンは黙って髪留めをはずした。ペンダントを引っ張りだすと同じようにテーブルに置く。

 それから、椅子の背にもたれかかると、腕を組んでダニエルを睨みつけた。




 後ろから女性が進み出てきて、手に持つ箱をテーブルに置いた。中から柔らかい布の袋を取り出し、テーブルに並べられた品々を一つひとつしまい始める。

 シャーリンもカレンも、その女性の一挙一動を追う。


 カレンは再びシャーリンの手を取ると話しかけた。


「シャル、大丈夫?」


 シャーリンはカレンに目を向け、かすれ声を出す。


「わたしは平気。だけど、二度と手放すまいと思ったのに、こんなにすぐに、またなんて、酷すぎる」

「ええ、わかるわ。でも、きっと誤解はすぐに解けるわ。そうですよね?」


 反対側の席に目を向けて尋ねる。


「もちろん、わたしもそうなると信じている」


 ダニエルは大きくうなずいた。

 シャーリンは、椅子から立ち上がると、カレンに向かって言う。


「外で待っているウィルのこと、お願いね」

「わかったわ」


 さらに早口で付け加えた。


「シアにも伝えておくわ」


 すでに歩き出していたシャーリンは、一瞬立ち止まると、カレンのほうを振り向くなり大きくうなずいた。

 ダニエルのそばにいた男が先に立ち、扉に歩み寄るシャーリンに向かって言う。


「シャーリン国子、こちらにどうぞ。待機室までご案内します」




 シャーリンが何人かの兵士たちと一緒に部屋から出ていくと、ダニエルがこちらに向きを変えた。


「カレンだったっけ?」

「はい、第三国子さま」

「ダニエルでいいよ。確かここに来るのは初めてだったよね。せっかくの国都訪問がこんなことになって本当に申し訳ない。何しろ、昨日の爆破事件にアッセンでの爆弾騒ぎだろ。いま軍はぴりぴりしているんだ。おかげでこっちもてんてこまいさ。本当は、みんなで晩食をとか考えていたんだけど、それもできなくなった……」

「はい、わかっています。アリシアさんは大丈夫でしょうか?」

「ああ、聞いた話だと、会話をするくらいは問題ないらしい。本当は、すぐにも向こうに行きたいところなんだが、こんな状況じゃあ、そういうわけにもいかない」


 ダニエルは深いため息をついた。




「そうだ、今日の予定だった、権威ある者によるふたりの認定は延期してもらった。もちろん、シャーリンの当主就任の件も」

「はい、わかりました」


 確か認定は不定期に実施されると聞いた。わたしが突然ロイスにやって来たため、一年繰り下げてくれたのに……。今度はいつになるのだろう?


「ここに来る途中で、煙がたくさん見えました。あれは、みんなその爆破によるものなのですか?」

「うん、全部で六箇所、破壊されたんだ。軍の施設と通信設備が」

「誰がやったのでしょうか?」

「正軍は反体制派と見ているけどまだわからない。無作用主義者の一派かもしれん。彼らは最近、作用力そのものについていろいろ難癖をつけてくるんだよ」

「わたしは、これからどうすればいいですか?」

「そうだな、調査の結論が出るには、たぶん時間がかかるだろう。あなたとウィルはロイスに戻ったほうがいい。シャーリンの件は進展がありしだい、すぐに知らせるから」

「わかりました。ウィルと話してみます」




 ダニエルは突然話を変えた。


「そうだ、ペトラが、あなたに会うのを楽しみにしていたよ。帰る前に寄っていってくれるかな?」

「実を言うと、シャーリンからペトラさんのことを聞いて、わたしも心待ちでした」

「うん、うん、それはよかった。昨日会えるはずだったから、ずっとやきもきしていたようだ。部屋の場所はウィルが知っているから」

「ありがとうございます」

「すまないね、わたしはこれからまた会議なんだ」


 ダニエルはため息をつくと立ち上がった。

 カレンも急いで席を立つと退出の挨拶をする。


「シャーリンのこと、どうかよろしくお願いします」

「もちろん、わかっている」


 向きを変えると出口に進んだ。

 入り口の両側に立っていた兵士たちが扉をあけてくれ、カレンはそのまま外に出た。通路には誰もいなくひっそりと静まりかえっている。

 廊下で待っていたはずのウィルの姿もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る