27 自責の念 (シャーリン)
カレンを運ぶモリーに続いて、シャーリンは船室に入った。
ソラは、カレンの服を全部脱がせ、全身を念入りにふいた。そのあと、じっくりと診察し治療を行なった。
「どうやらどこも問題ないようです。各機能も異常ありません。打撲と切り傷が何箇所かありますが、それ以外は大丈夫です。ああ、左腕に熱傷があるので手当てしておきました。しばらく痛みがあると思います」
小さな声でお礼を言うカレンを眺めたあと、シャーリンは上を向いて長々と息を吐き出した。
「本当によかった」
ソラは、ミアが出してくれた新しい服をカレンに着せながら、何度も首を振っていた。
「それにしても驚きだ……」
「シャル、攻撃された船はどうなったの?」
カレンの追い詰められたような声にびっくりして見下ろした。
慌てて答える。
「船は沈んでしまったけど、乗員はみんな無事だよ。全員この船に乗ってる」
「ああ、シャルが助けてくれたのね……よかった……」
「いや、カルが……」
言いかけたところで、カレンの目に涙が溢れてくるのを発見して驚く。
カレンが伸ばしてきた手を慌ててつかむ。
「カル、大丈夫?」
「ええ」
「本当?」
カレンはもう一方の手で涙を拭った。
「はい。頼りにしています……お姉さま」
「さあ、次は、その腕です。一度手当てしてもらったようですが、その出血具合から見て、また傷口が開いたんでしょう。見せてください」
おとなしく両手を差し出す。
「包帯をはずしますよ」
シャーリンは顔をしかめると、カレンと目を合わせ、肩をすくめた。
軍医は、たんたんと作業を進めながらも、驚いたように言った。
「これは酷いな。いったい何をされたんです?」
シャーリンはうなったが何も言わなかった。
「でも、まあ、思ったほど悪くはなっていませんね。きちんと手当てされています。どうやら化膿もしてないようだ。傷口がぱっくり開いただけみたい。もう一度、薬を塗ります。少ししみますよ」
「うう、またか」
カレンの顔には涙とかすかな笑みが同居していた。
シャーリンは思わず頬を緩めたが、薬がしみ渡ったとたんに、顔を思い切りしかめひたすら歯を食いしばった。
ふたりの手当てが終わると、ソラは残りのけが人の治療をするために船室から出ていった。
船が動き出す際の震動を感じる。
「……そうだ、これを返さないと」
シャーリンは服の内側に手を突っ込むと、小袋を取り出してカレンの手に握らせた。顔に少しだけ色が戻ってきたのを目にして安心する。
「ありがとう。これを預けておいてよかった。また、取られるところだった」
シャーリンはうなずくと、どっこいしょと言いながら立ち上がって操舵室に向かった。
体のいたるところが悲鳴を上げ続けている。
***
操舵室には、ミアと話をしているカイがいた。ウィルも床に座ってふたりの会話を聞いていた。
ミアが振り向いて報告した。
「アッセンの港に向かってるよ。この人たちもそこで降りるってさ」
「アッセンの駐屯地の方ですか?」
シャーリンは指揮官に尋ねた。
「はい、そうです、シャーリン
シャーリンはさっと手を上げた。
「その堅苦しい言い方はやめてほしい。シャーリンでいい」
「う……わかりました、シャーリン。それで、あの船、エトガルについてご存じのことを教えていただけますか?」
シャーリンはロイスを出てからの経緯をざっと語り始めた。リセンからこの船に乗り込んだところまで話が進むと、ウィルがあとを引き取って敵船を偵察に行ったことについて熱心に話した。
カイは最後まで辛抱強く聞いていたが、説明が終わると尋ねた。
「それで、その船で何か手がかりはつかめましたか?」
ウィルは突然、黙ってしまった。
カレンが部屋に入ってきた。
見たところ、ミアの橙色の服は彼女には大きすぎるみたいだ。
はでな色の服はミアにはとても似合いそうだけど、青白い顔のカレンが着るとさらに具合悪そうに見えた。
「寝てないとだめじゃない。死にかけたんだよ」
「もう大丈夫よ、シャル」
カレンは答えたものの、少し寒そうにしていた。
彼女の手を取って、ミアの隣の席まで引っ張ってきた。
「ほら、ここに座って」
「ありがとう」
シャーリンは、ミアが気を利かせて、そばの棚から取り出してくれた毛布をカレンに巻きつけた。
ミアを見て言う。
「もう一枚、貸してもらえる?」
ミアはカレンを見て目をぐるっと回すと、おとなしく別の毛布を取り出してシャーリンに手渡した。
それをカレンの背中からかぶせた。
「大丈夫だったら、シャル。こんなに着たら暑いよ」
「いいから、いいから、そのまま。水に長いこと浸かってると体によくないんだよ」
ウィルがポカンとした顔で見上げているのに気づいて、苦笑いする。
カイがカレンに近づくと話しかけた。
「アッセン所属の指揮官、カイです。我々を助けていただきありがとうございました。おかげで脱出する時間ができました」
「もとはといえば、あなたの船が攻撃されたのはわたしのせいです」
カレンは立ち上がると頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
カイは驚いたように首を振った。
「謝る必要はありません。あなたのせいではありませんから。我々は、最初からあの船に目をつけていたんで、あなたからの合図がなくても、ああなったはずです」
カレンは小さくうなずくと、毛布の位置を直して座った。
「で、何の話だっけ? そうそう、カル、あの船で何かわかった?」
カレンは眉間にしわを寄せて、記憶を掘り出しているようだったが、すぐに話し始めた。
「ウィルが撃たれて川に落ちたあと、ソフィーとジャンが戻ってきたの。でも、ふたりは、わたしが自分たちのレンダーを取り返しに来たと思ったようね。それから、誰かを迎えに行くので、アッセンの次の港で落ち合う予定、とかいう話をしていた。彼らって言っていたから、まだ大勢の仲間がいるに違いないわ」
「その港はミラスのことですか?」
カイの質問にカレンはうなずいた。
「ダンは?」
シャーリンは一応聞いたが、カレンは首を横に振った。
「ごめんなさい、シャル。わからない。その落ち合うといった人たちと何か関係あるのかも」
「アッセンについたら、捜索の手配をしましょう」
「よろしくお願いします、カイ指揮官」
シャーリンは壁際の床に座り込むと壁に寄りかかって大きく息をついた。
両腕を持ち上げて手のひらを動かしてみる。
少し楽になったような気がするが、また、腕が熱くなってきた。
そっとため息をつくと目を閉じた。
この場所がなぜか妙に落ち着く。リンがおなかの上に飛び乗ってきても驚かなかった。
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