夏といえば

 俺たちは水族館に来ていた。美里さんの提案だった。茜は最後まで「海水浴がしたい」と駄々をこねていた。俺も内心そう思っていた。三人の水着姿が見れなかったのは非常に残念だった。


 そんな俺の考えを見透かしたのか、美里さんから鋭い視線が飛んできた。


「ねえ、お兄ちゃん、私イルカショーが見たい!」


「悪くないわね。私はここ限定のぬいぐるみが買いたいから、帰る前にショッピングよ」と舞さん。


「二人の好きなようにしなさい」


 美里さんが二人の提案を受け入れる。


「じゃあ、まずはイルカショーですね。十一時開始ですから、まだ時間があります。まずは、ここの名物のジンベイザメを見て――」


「お兄ちゃん、何言ってるの? イルカショーは大人気だよ。今から場所取りしなくちゃ」


 俺の提案はあえなく却下された。




 いざ、陣取りに来てみると意外と早くから人が来ていた。茜の考えは正しかったらしい。


「ねえ、お兄ちゃん。私の家庭教師になってから数ヶ月経つけど、うちは居心地がいい?」


 もちろん、と答える。


「じゃあ、三人のうち誰が一番好き?」


 ストレートな質問で答えに困った。茜の言葉からすると、美里さんも対象のようだ。チラッと美里さんを見たが、いつも通りのクールな表情が崩れることはなかった。


「ねえ、お兄ちゃん? もちろん、私が一番だよね?」


「こらこら、困らせちゃダメよ。お姉さん怒っちゃうわよ?」舞さんは笑顔だが、有無を言わさない口ぶりだった。


 どう切り抜ける? 誰か一人の名前を言うことはできない。残りの二人から冷たい視線が飛んでくるのが目に見えている。


 その時だった。飼育員に連れられてイルカがやってきた。茜はスマホを取り出すとパシャパシャと可愛らしい様子をカメラで撮り出した。俺にとってイルカはまさに救世主だった。




 イルカショーが終わり名物のジンベイザメを見ると、あっという間にお昼の時間だった。これだけ混雑しているのだ、食事の席取りには苦労しそうだ。



 俺の予想は的中した。ようやく席を確保すると一つ問題が発生した。誰かが席に座って交互に注文しに行かなくてはならない。こういう場合はじゃんけんで決めるのだろうか。


「茜と舞は先に注文しに行きなさい。私が残るわ。もちろん、あなたもよ」


 どうやら、俺もお留守番らしい。二人が去ると美里さんは真剣な面持ちで俺を見つめてくる。


「さっき、茜から質問があったわね?」


 ああ、誰が一番好きか、という問いかけか。


「さて、あの質問ではだったわね。もちろん、私も含まれているわけだけど、あなたの答えが聞きたいわ」


 意外な言葉だった。まさか美里さんも気になっているのか? つまり、それは……。


 俺は答えに困った。美里さんにも心惹かれるところがある。俺をスケッチしている美里さんはいつもと違って表情が柔らかだ。いや、柔らかを通り越して笑顔だった。普段のクールさとのギャップがあった。


 しかし、茜や舞さんも捨てがたい。茜にはいつも振り回されてばかりだが飽きないし、舞さんは年下の俺に優しくしてくれる。三者三様の良さがある。


 答えに困って考えこんでいると、次第に美里さんの表情が曇り出した。早く答えなければ、と焦っていたところに茜が戻ってきた。


「あ、お母さんもしかして抜け駆けしようとした?」


「なんのことかしら。茜が戻ってきたから、私も注文に行ってくるわ。あなたもよ」


 美里さんに続いて席を立とうとした時だった。茜が見上げながら小声で言う。


「私、お邪魔虫だった?」


「いや。むしろ助かったよ」


 俺の返事に「よかった」と茜は返した。




 そんなこんなでお昼も終わり、一通り水族館を満喫すると、閉館まで残りわずかとなった。舞さんの希望どおりショッピングの時間となったわけだ。俺は荷物持ちを買って出た。ぬいぐるみには興味がないし、友人のいない俺はお土産のお菓子を買う必要がない。


「何言ってるの? 君も私と一緒にショッピングするのよ」


 舞さんからご指名があった。


「ほら、早く」


 俺は手を引かれてお土産屋さんに向かった。



 やはり舞さんもぬいぐるみが目当てなのだろうか。そんな俺の考えは外れた。連れてこられたのはキーホルダー売り場だった。舞さんは真剣な表情で品定めを始めた。


「ねえ、君はどれがいいと思う?」


 どれも同じように見えるが、名物のジンベイザメがいいのでは? と答える。


「なるほど、いい考えね」


 そう言うと舞さんは二つキーホルダーを持った。


「あの、一つじゃないですか?」


「当たり前じゃない。二つないと君とお揃いにできないじゃない」


 そう言う舞さんの笑顔は眩しかった。




 家に帰るとどっと疲れが出た。別に歩き疲れたわけではない。ベッドに寝転びながら考えた。どうやら俺は三人が気になっているらしい。春までは女性に免疫がなかったのに。そして、俺の勘違いでなければ、三人とも俺に気がある。その三人と同じ屋根の下で暮らしている。俺は思った。いつか誰か一人を選ぶ日が来るのだろうか、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る