第18話 異世界編【戦う理由】
『何だってお前さんみたいなのが、老賢人に会わなきゃならないんだ?』 ショアフが見下ろすようにして聞く。
『僕の失われた記憶を取り戻すには魔女をころ…倒さなければならないんです。けれど、その為には老賢人の知恵が必要だと、マザーシプトンが。』
『ひょえぇ!マザーシプトンだって⁉︎お前さんあのマザーシプトンに会ったのかい?目ん玉が飛び出していて、剥き出しの歯は獣みたいに尖り放題の恐い魔女なんだろ?』
ボーストが両手と片足を挙げて、いかにも驚いていますといったポーズをとって見せた。
『いいえ。とても優しいおばさんでした。綺麗でしたし、歯も綺麗な本棚のように整列していました。』
『噂とは随分違うなぁ?魔法でばけてやがるのか?』
『何故騎士の方達はマザーシプトンをそこまで恐れるのですか?』
ショアフが兵舎への道を間違わないよう前を向いたまま歩きながら答える。
『ああ。俺みたいに単純に生きられるやつは別に恐かねぇが。ほら、人間ってやつは核心を突かれるのをひどく嫌う生き物だろ? 自分にとって都合の良いものだけを信じたいのが人間だ。真実よりも、不安を帳消しにしてくれる幻想に縋りたいんだ。 毎日の暮らしが退屈なやつらは、世界が滅びるだの、救世主が現れるだのといった予言を好むし、辛い想いをしているやつらは、いついつ、何処何処で幸せになれますって言って貰いたいもんなんだよ。 そういったやつらからすりゃ、心の中を見透かされて、現実を突きつけられること程恐ろしいもんはないのさ。まぁ分からないでもないが。 とにかく、そんなやつらからすりゃマザーシプトンは恐怖の対象なんだろうよ。』
『確かにそうだよなぁ。災難が起こったら自分達が一番はじめに困るくせに、予言好きってやつらはまるで第三者が俯瞰でもするように楽しんでいやがるからなぁ。幸せにしたって、いついつ何処何処で起こるか分かっちまったら、楽しみがなくなるぜ。』
僕だってあの時マザーシプトンには幻想を見させて貰いたかった。 そうしたら今頃は、トアやグレースと変わらずに楽しく旅を続けられていたかもしれない。
心の内を見透かされる恐怖よりも、何故だか分からないけれど、今はマザーシプトンのことを、ほんの少しだけ憎らしく思ってしまった。 あんなに優しくしてくれたマザーシプトンが。 魔法を使わなかったマザーシプトンが…憎い…そんなこと思っちゃいけないのに。
『ついたぞ。』
兵舎には何人かの騎士が、ベッドで休んだり食事を取ったりしていた。 ショアフとボーストが、僕のことを物珍しそうに見ている仲間達に、王の命令で、僕を賢人の祠へ連れて行くこと、その為訓練は暫く休むことを説明した。 仲間達は『気をつけて行ってこいよ』とか『帰ったら酒でも飲みに行こうぜ』とか『俺も一緒に行こうか?』などと二人に激励を送っていた。 ショアフもボーストも、喧嘩をしていた時とは打って変わってとても優しい顔をしていた。
兵舎の奥にある武器庫でショアフとボーストは軽装の鎧に着替え直してから、騎士団の紋章入りケープを羽織った。普段の甲冑を着たまま山登りはかなり大変だかららしい。 ショアフは背中に大っきな剣、アロンダイト擬きを背負い、小さな麻袋と鹿の革で拵えた水筒を腰のベルトにくくり付けた。 ボーストは鞘に納めたデュランダル擬きを腰にベルトでしっかりと固定し、背中に紋章入りの小さな盾を背負い込んだ。 ボーストもまた革の水筒を持っていた。
『こいつを持っておけ。何があるか分からないからな。』
そう言うとショアフは、僕にも小さな水筒と使い古された短剣を貸してくれた。
『え⁉︎僕…剣なんて使ったことないし…』
『念の為だ。お前さんがそいつを使わなくて済むように俺達が一緒に行くんだから、心配はないだろうが、万が一というものを考えて行動するのが騎士なんだ。何たってお前さんは、陛下の大切な友人だからな。』
『おいらとショアフはこの国じゃ最強のタッグなんだ!お前さんがそいつを使う機会は、天地がひっくり返らない限りは来ないさ!ちなみに俺のがショアフよりゃ強いけどな!』
『バカ言うな!俺のが強いに決まってんだろ!まぁ、俺達が最強なのは事実だ。安心して背中を預けりゃいい。』
腰のベルトに短剣を差し込み、僕達三人は城を後にした。賢人の祠へは街の北側にある森を抜けて行く必要がある。 森の中には川が流れていて、川沿いを上流に向かって歩き続けると山道への入り口があり、そこから賢人の住む山頂まで一気に登って行く。 二人は王様の護衛で、二度ほど賢人の祠へは行った経験があった。
ボーストが言うには、森の中で危険なのは野生のクマぐらいだから対して問題はないらしい。彼曰く『クマなんてやつは鼻先にパンチを喰らわしてやりゃ、すたこらさっさと逃げて行きやがる。』との事だ。
厄介なのは山に住むドラゴン【ミザントロポ】だとボーストが興奮気味に言う。
『俺達は確かに最強だが、ミザントロポにだけはまだ勝星をあげられていねぇ!これまでも二度、王様のお供をした時にショアフと二人で挑んだけど、結局は岩陰に隠れてやつが去るのを待つしかなかったんだ!』
ミザントロポは火を吐いたり、翼風で吹き飛ばしたりといった普通のドラゴンのようなことはしないらしい。 なぜならミザントロポは他のドラゴンと違い、翼がなく、火も吐けないとボーストは言う。 なので、翼もなくどうやって空を飛べるのか不思議で仕方ないとも言っていた。
『おい!さっさとしねぇか。ピクニックに行くんじゃねぇんだ!』
すっかり話し込んでいた僕達に、ショアフが痺れを切らして言った。
僕達は西門から街を出ると、小さな橋を渡り取り囲む湖を迂回して街の北側に出た。 西門にも門番がいて、ショアフとボーストに『気をつけて行くんだぞ!』と激励を送っていた。二人はやっぱり優しい顔で、一人ずつ門番と握手を交わした。
森の中はドゥーフのいた森程ジメジメした陰鬱な雰囲気ではなかった。
柔らかな新緑のカーテン、生命の息吹を撫でる光風が、一切の邪悪を寄せ付けないようにしているようだった。
種類も分からない鳥の
どれだけ時間が経過したのかは分からなかったが、既に空が暗くなり始めていた。
『今日はとりあえずここらで休んで、明朝出発するぞ。』
そう言うとショアフは手際良く枯れ枝をかき集めると、焚き火を拵えた。 ボーストはいつの間にか捕まえていた川魚三匹に、鋭く削った枝を串刺しにして焚き火の際に均等に突き立てた。
『あの…』
『何だ?帰りたくなっちまったのか?』
『いいえ。聞きたいことがあるんです。』
聞いてしまったら二人の僕を見る目が変わってしまうかもしれないと思うと、なかなか言葉には出来ずにいた。
『言ってみな。俺達はこれでも戦士だ。目を覆いたくなるような惨状も沢山見て来た。並大抵のことじゃ驚かないぜ。』
ショアフは言葉遣いは乱暴だけど、人を思いやる優しさのある騎士だと思った。
ボーストはこちらに視線を向けるでもなく、魚が焼けるのを、頬杖をつきながらじっと眺めている。 ボーストは間違いなくショアフを信頼している。信頼しているから、魚の焼き加減を見るのが自分の仕事だと信じて、横槍を入れずにじっと聞いている。 ショアフが必ず良いアドバイスをくれる。自分はその合間合間に、気の利いたことでも言えたら御の字なのをボーストは知っている。
この二人の騎士は本当に、本当に強い絆で結ばれた騎士だと感じた。
『初めて人を殺した時って…どんな気持ちでしたか?』
ボーストはじっと魚の焼き加減を見ている。
『ボーストとはガキの頃から一緒でよ。兄弟同然で育ったんだ。ボーストも俺も家が貧しくてよ、いっつも薄汚れた服を着ていたから、俺達はよくいじめられてたんだ。 俺もこいつも意気地がねぇから、いじめっ子の鼻っ柱にゲンコツをお見舞いする勇気なんてなかったのさ。 それでも街で騎士を見かける度に憧れたもんさ。俺達もあんな風に強く、誰かを守れたら、勇敢に戦えたらなってよ。
そして俺達は夢を叶えた…けれど俺達には人を殺す勇気がなかった。 例えそれが騎士の勤めだとしても、出来なかった。だから俺達は約束したんだ。 戦場に出ても強いやつらに戦ってもらって、俺達は後ろの方で逃げ回ってようぜ…てな。』
ボーストが『ふっ』とほくそ笑んだ。まだ魚は焼けないらしい。
『ある日、いつものように後ろの方で逃げ回っていたら、ボーストが二人の敵兵に囲まれていたのを目にしちまった。 気がついた時には俺は、雄叫びを上げながらボーストに駆け寄って、その二人を無我夢中で攻撃していた。 何度も、何度も叫びながら、狂ったように動かなくなった敵兵を攻撃し続けた。 他の敵兵が怖気付いて後退りするくらい、俺は猛り狂ったんだ。 ボーストが泣きながら俺に抱きついてくるまでずっとだ。 その日からずっと、殺した奴らの顔が頭から離れなかった。いっそ恨みがましい顔で睨んでくれる方がましだった。 やつら、笑っていやがったんだ。俺の知らない家族に囲まれながら、幸せそうに笑っていやがんだ…。 確かに人殺しは良くねぇ。だが、大切な人を見殺しになんか出来るわけねぇし、自分が死ぬわけにもいかねぇ。 目の前で家族が襲われて、黙って見ているやつはいねぇだろ? 俺達は覚悟を決めたんだ。国を仲間を、家族を、こいつを守る為に地獄に堕ちる覚悟を。 俺達は腕を磨いた。戦場では誰よりも早く、多く敵兵を殺した。そうすりゃ、俺達以外の仲間が人殺しをしなくて済むと思ったからだ。 あんな悲惨な想いを仲間にさせちゃいけねぇと思ったんだ。 いつしか仲間内では、俺達と戦場に出ると戦わなくてもいいなんて噂がたった程だ。』
ボーストが魚をほんの少しだけ焚き火から遠ざけた。目は焚き火を眺めたままだ。
『世の中には戦争反対だ!なんて叫ぶやつらもいるが、言葉だけじゃ理解し合えない人間てのは必ずいるんだ。 そいつらの言うように、本当に戦わずに世界を平和に導く術があるなら、何故やつらはその為に戦わないんだ? 戦いはいけないとか言っておきながら、自分達の手は汚したくないからって聖人のふりをして、結局は安全な場所で俺達戦うやつらを否定するだけじゃねぇか…そいつは無責任なんじゃねぇのか?って思うんだよ。
勿論戦争を商売にしたり、自分達の利益の為だけに考えて利用するやつらは許せねぇ。 そんなもんは言語道断、間違ってやがる。
それに争いが無くなることが一番だ。 だが、言葉も通じねぇ、価値観も違う、ましてや暴力で行使してくるようなやつらが奪いに来る以上は、俺達のような人間が必ず必要になるんだ。 キリストが人類の為に罪を被るなんてもの程美しくはないが、俺達戦士は罪を背負い続けながらも戦うしか、大切なものを守る方法を思いつかねぇんだ。 お前さんがどんな理由でそんな質問をしたのかは分からねぇが、もし本当に誰かの命を奪ってしまったのなら、大切なのはお前さんがまだ生かされているという事実だ。 誰かを傷つけても、お前さんはこうして生かされている。こうして俺達と出会い、俺の昔話を聞いている。
答えを出す為に必死に歩み続けている。 それは、お前さんが間違えちゃいないってことだ。 生かされているということ自体が、正しい道にいるという証さ。 例えそれがどんな道だとしても、人が何て言おうが、お前さんが歩むべき道だから、他の誰でもない、お前さんだけが歩める道だからこそ生きのびているんだ。 生きることが本当に学びだとするなら。学びが続くのはやり直せるからじゃねぇのか?』
『焼けたぜ。随分な長話しやがって。魚が焦げちまうとこだったぜ。』
ボーストは知らない間に、少し遠ざけていた魚の串をまた焚き火に近付けて、丁度今焼けたように見せて言った。
『お前さんも俺達も何も変わらない。俺達が二人で一つなように、人は深い場所で皆繋がってんだ。自分だけがなんて思わなくていい。』
塩なんて振りかけていないのに、魚はほんのり塩味がして、心も身体も満たしてくれた。
【続く】
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