第九話 夜の呪縛
深夜、幸子は幼稚園の事務仕事に追われていた。壁時計が十一回鳴り、その重々しい音が時間の流れを告げる。通常なら縁起の良い時刻だが、今宵は友引の日。魔界が日付を変更する直前の「
野々村のスマホが突如唸りを上げる。
彼は、過去の未解決事件に関連するまじない本の「大奥義書」を眺めていた。そこには悪魔の階級構造と、霊の二種類が記されていた。
「野々村さん、助けてください……」
園長の幸子の声だった。
彼女は、日没とともに訪れた逢魔ヶ時にうさぎ小屋から聞こえた断末魔の叫びについて語る。普段はおとなしいうさぎたちが、悪霊に取り憑かれたかのように騒ぎ立てていた。周囲には人の気配はなく、ただ青白い光を放つ黒猫が彼女を見つめていた。
幸子が扉を開けると、うさぎたちは恐怖で逃げ惑い、木の枝からは「怨」と書かれた血染めの紙が垂れ下がっていた。地面には長い黒髪をかきむしった跡が残されていた。
オフィスに戻った幸子は、閉めたはずのガラス窓が開いており、テーブルの上に置かれた日誌には小さな黒い足跡が残っていた。ひよりの命日のページが開いており、一部が破られていた。幸子は「ひとりにさせないで」と涙ながらに訴えた。
野々村は、真夜中の幼稚園に足を踏み入れた。すでに丑三つ時を迎えようとしており、彼の後ろには信頼できる相棒の安田と、鑑識のエキスパートである角野がいた。時間外の勤務にもかかわらず、角野は野々村の要請に応じて自ら進んで現場に駆けつけてくれた。この謎多き事件の解明には、彼の鋭い洞察力と科学的な分析が不可欠だった。
角野は、その瓶底メガネを通して世界を見る。彼の厚いレンズは、ただのガラス片ではなく、真実を見抜くための重要な道具だ。「なんでも、力になりますから指示してください」と彼は言い、その真剣な眼差しは、彼がどんな小さな手がかりも見逃さないことを約束していた。
野々村は角野に頷き、「この事件、あなたの力が必要です。現場のあらゆる痕跡を調べてください。何か見落とされたものがあるかもしれません」と指示を出した。角野はさっそく行動を開始し、彼の存在がこの深夜の捜査に新たな希望をもたらすことを、野々村は確信していた。
園内は静まり返り、彼らの足音だけが響いていた。幸子はオフィスの明かりを頼りに待っていた。
「遅くなって申し訳ありません。大丈夫ですか? 詳しく教えてください」
野々村が問いかけると、幸子はうさぎ小屋から持ち帰った、血に染まった紙を差し出した。安田がその裏を見ると、ひよりの命日の内容が一部書かれていた。
「これは……?」と安田が尋ねると、幸子は「うさぎ小屋で見つけたの。それから、この日誌の切れ端も……」と恐怖でかすれた声で答えた。
野々村が日誌を開くと、ひよりが亡くなった日の記録が一部破られていた。幸子はハンカチを取り出し、黒く長い髪の毛を見せてきた。それは、うさぎ小屋に残されていたものだった。鑑識係の角野は、幸子から長い髪の毛を預かり、貴重な証拠品としてビニール製にしまった。
「しかし、これは理解できない。ひよりちゃんの髪がこんなに長かったはずがない」
野々村はつぶやいた。彼はひよりの生前の写真を思い出し、彼女が生きていれば今ごろは二十六歳になっていたはずだと考えた。
「角野さん、ここにはまだ見えない何かが蠢いています。注意深く見てください。きっと何か手がかりが見つかるはずです」
野々村は言い、彼らは月明かりの中で園内を捜索し始めた。
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