ショパンと音叉とドラゴンハート
トモユキ
第一章 旅立ち - ボヤージュ
1-1 洞窟の贄①
身震いするほどの寒気と固いベッドに、
自室は新築二階の四畳半。備え付けのエアコンは最新式で、シングルベッドにはふかふかマットレスとカシミア百パーセントの毛布がかかっていて……こんなに寒くて固くてヌメヌメしているはずがない!
岩盤上で身体を起こし周囲を見渡すと、伊織は愕然としてしまう。
「どこだ……ここは」
そこは自室でもリビングでも学校の教室でもなく――見知らぬ洞窟だった。
まだ覚醒しきれていない、思考のモニタはノイズだらけ。何度かのザッピングの末、ようやく映し出されたのは、いつか見たテレビのバラエティ番組だった。
熟睡中の芸人をマットレスごとトラックで運び、鳩のエサを身体中に振りまいて公園に放り出すドッキリ企画だ。
大量の鳩についばまれる芸人の目覚めリアクションを楽しむという――あの時はヒドイと思いつつ大笑いしたけど、これは笑えない上にもっとヒドイ。
毛布もなければマットレスもなく、部屋着スウェット上下のまんま、ひたすら寒い洞窟の岩盤上に放置されてるだけ。
こうして目覚めても誰も種明かしに出て来ないし……そもそも僕に、ドッキリを仕掛けてくる友人なんていないじゃないか。
希薄な人間関係に一人嘆息し、ならば明晰夢かと疑うも、スウェットの防寒能力を遥かに超える猛烈な寒さがこれは現実だと教えてくれる。
とにかくもう、この現実を受け止めざるを得ない!
伊織は改めて、周囲の様子を見回した。
高校のグラウンドくらいはあるだろうか。とにかくだだっ広い洞窟だ。
岩の天井は空を覆い隠し、濡れそぼった岩肌のぬめりを、岩盤の隙間から生える発光植物が不気味に照らし出していた。
光る草が何であるかはこの際後回しにするとして、伊織は遠くの水場に目を凝らした。岩清水がちょろちょろ落ちる岩壁。あそこが行き止まりだろうか。
ならばと反対側の暗闇を細目で探ると、これまた遠くに出口を見つけた。
暗い夜の森からは、夜風に揺れる葉擦れが微かに聴こえ、ホッと胸を撫で下ろす。どうやら洞窟内で迷子になる事はなさそうだ。
岩盤上で胡坐を組み、伊織は考え込んだ。どうしてこんなところで寝てたのだろう?
指先を額に添え記憶を辿ってみるも、頭の中には濃い霧が立ち込めていて何も思い出せない。いや――目を閉じて、更に意識を集中する。
思考のモニタに浮かんできたのは、必死になって伊織に訴えかけてくる、
二つ下の妹の手には、二又に分かれた銀色の金属棒が握られている。
あれは――!?
「あなた、こんなところで何してるの?」
不意に甲高い声で話しかけられ、伊織は現実に引き戻された。
驚いた拍子に立ち上がると、目の前に金髪の女の子が立っていた。
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