間宮の場合(一)
「───高橋真純ってこの塾じゃなくてもいいんじゃないかな」
小学校が終わった後、いつもの塾の講義もこなして帰りの車を待ってる中聞こえてきた女子の声に、俺は聞き耳を立てた。
お昼までは夏休み前なのにすでに夏本番のような暑さだったが、日が暮れようとしている今は少し涼しい風が吹いている。
帰ってからも今日やったところの復習しなきゃと思っている最中だった時に聞こえてきた名前に、俺はやっかみもあるんだろうなぁと女子の方をチラ見した。小学校六年の同じクラスの川田と松田だった。会話に出てきた『高橋真純』は、つい先日やった塾のテストで一位だと貼り出されていた名前だった。最近同じ塾に入ったばかりの人間にトップを取られて目についたのだろう。
(……高橋……真純、ちゃんかぁ)
どんな子かいまいちわかってないが、すごいな、と思う。自分には結局関係ないが。とにかく自分は頑張らないと。
(またお母さんに、怒られる……)
なんとなく暗い気持ちでいると見慣れた車が目の前にとまった。
「理玖」
助手席のドアを開けながら、車の中から母親が俺に声をかけた。黙認してそのまま車に乗り込む。
「塾どうだった?」
確か迎えに来るまで仕事だったはずだ。少し疲れたような影が運転する横顔に出ていた。
「どうって……普通」
いつもと同じだし、と答えようがなくそう言ったが、
「しっかりしてよ。ちゃんと勉強してるの? ちゃんと中学受験合格してよ」
強い口調で言われ、俺は押し黙った。
(……別に俺、興味ないんだけどな)
言い出せないまま、親に言われる通り塾に行っているが、本当のところ受験なんかしないで友達と一緒の中学で構わないと思ってる。そう言い出せないのは、ただ単に母親に逆らえないだけだ。自身も働いて、塾代を稼いで、俺にいい学校出させて、とそれが俺のためだと信じて疑わない母親に強く反論出来なかった。
(みえにも、感じるけど……)
本当のところはどうなんだろう。
「健君とは今も付き合ってるの?」
急に聞かれて、え? と返した。
「健君あまり成績良くないみたいじゃない。そういう子とお母さんあまり友達でいて欲しくないな」
「……………」
一番、仲いいんだけどな……。
なんでそんな事言うんだろ。
嫌な気分になったが、言い返せないまま結局「うん……」とうなずいていた。
* * *
次の日の塾でちょっとしたいざこざがあった。
みんな席について先生の話を聞いた後、プリントを配ることになった。
自分も受け取り、目を通していると、
「なんで回さないんだよ」
とがめるような高い声が一番後ろの席から聞こえてきた。
何事かと振り返ると、反応を見せず机についている田崎と、すぐ後ろの席の人物が立ち上がって言ったようだった。
(田崎は……よく小さい嫌がらせするんだよな)
他の塾の人間はそうでもないのに、田崎は前から何かしらの気にさわる事をしてくる。自分もされた事がある。話から後ろの人物にプリントを回さないのだろう。
立ち上がってるのは小柄な人物だった。始めて見る顔だ。と、言っても前髪が長くて顔立ちはよくわからない。
「───高橋だ」
「ああ、あれが」
他の塾生が小声で言うのが聞こえた。
(高橋? ……『高橋真純』ちゃん。あれが)
おとなしいタイプだと思ったけど、けっこう言う感じなんだ、と意外に思っていると、
「どうした? そこ」
先生がこっちに気付いて声をかけてきた。途端、ガタッと音とともに『高橋真純』ちゃんが教室から出て行ってしまった。みんな唖然と見送っていたが───俺は無意識に立ち上がっていた。
「あのっ。俺追いかけます!」
先生は制止したようだったが、俺は飛び出した。
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