67話  予言の悪魔は

第2皇子アドルフ。


本来なら皇帝が座るはずの玉座に腰を下ろして、彼は余裕たっぷりな顔で貴族たちを見つめた。


悪魔やレジスタンスに対する恐怖。こんな状況になるまで沈黙していた自分に対する恨み。そして、かすかな希望。


貴族たちの顔には様々な感情が混ざっていて、アドルフは思わず大声で笑いそうになる。


窮地に追い込まれておどおどしている駒が、何十匹もあるのだ。そりゃ、見ているだけで面白いじゃないか。



「さて、先ずは皆さんに謝らなければいけませんね」



しかし、ここにいる貴族たちは現在の帝国を支えている大事な道具。いなくなったら困るのも事実。


だからこそ、アドルフは先に謝罪の言葉を述べる。



「まさか、悪魔が―――影が首都に潜入して教会を潰すなんて、私としても想像しがたいことでした。訓練された百人以上の十字軍を、たった一晩で全滅させるなんて……さすがは悪魔」

「………」

「ですが、結果的に教皇様のお願いを断ったのは正しい選択になりましたね。まあ、単純に市民たちの支持を失うのが嫌で断っただけですが」



どうしてあんな余裕ぶっていられるんだろうと、貴族の一人は顔をしかめる。



「皇子様」



そして、先ほども公に不満を晒していたグラン伯爵が立ち上がり、アドルフに語り掛けた。



「無礼であることは重々承知ですが、そろそろ対策を講じていただけないでしょうか。レジスタンスも、予言の悪魔も首都の真ん中にいます。オーデルの中に滞在している貴族たちは、いつ襲われてもおかしくない状況じゃないですか!」

「ああ、それはもちろん知っていますが」

「くっ……!や、約束した内容と違うじゃないですか!皇子様の実験を手伝う代わりに、不老不死の体と莫大な権力を与えてくださると……!」

「ええ、それで実験は無事に成功したのですが」

「……………………は?」



あまりにもしれっと出てきた言葉に、場が一瞬で静まり返る。今、皇子がなんて言った?


実験に成功したと?このタイミングで?



「さすがの私もバカではないので。悪魔と反乱分子たちがすぐそこにいるのに、呑気でいられるわけがないじゃないですか」

「ほ、本当に……?本当に、成功したのですか?」

「ええ、おめでとうございます。これで皆様は永遠に、この国で権力を振りかざすことができます。なにせ、この魔法は人間の生命力を吸い取るものですから」



さっきまで不満げだった貴族たちの顔が、一気にほころぶ。


皇子は立ち上がってから、ニヤッと笑って見せた。



「この首都、オーデルのあちこちに黒魔法の魔法陣を作る。それから魔法を発動させ、その空間にいる人間の生命力はそのまま吸い取られ、ある結晶に凝縮される……」



皇子は懐から小さなひし形模様の結晶を取り出す。


その結晶こそが、実験の成果だった。



「そこまでが、皆様に説明した私の実験内容でした。そして、これこそが例の結晶―――マーキュリアルキューブです。人間の生命力と黒魔法を同時に閉じ込めることができる、すべての魔力の媒体」



固唾を呑む音が響く。貴族たちは穴が空くほどその小さい結晶を見据えていた。


そんな中、グラン伯爵は少し眉根をひそめてから問う。



「……なるほど。その結晶を持ったまま魔法陣を発動させて、レジスタンスたちの生命力を吸い取る。それから、その結晶の中に溜まった生命力を使うことで、寿命を延ばすことができると……」

「お見事。見た目と違って理解が早いですね、グラン伯爵。見た目は知性のない猿同然なのに」

「っ……!!」



笑顔で皮肉を言う皇子を見て、グランの顔が一気に赤くなる。貴族に似つかわしくない野蛮な顔つきと平民出身である過去は、彼のコンプレックスだった。


侮辱された怒りに耐えられなくなって、グランはぱたんと立ち上がる。


しかし、火に油を注ぐように皇子はずっとにやけるだけだった。



「ああ、すみません。人間の言葉がちゃんと通用していたなんて」

「………皇子様、最後にもう一つだけ質問をしても、よろしいでしょうか」

「はい、もちろん」

「レジスタンスはよしとして、悪魔はどうやって倒すおつもりですか?さっき言ってくださった計画の中には、悪魔に対する策はなにもない気がしますが」

「ああ~~なるほど」



グランの疑問はごもっともだった。実際、黒魔法の使い手である悪魔が、黒魔法の魔法陣で倒れるわけがないじゃないか。


貴族たちの視線が皇子に集まる。その注目される瞬間を楽しむように、グランはより口角を上げた。



「そうですね。皆様にこの結晶の簡略的な使い方を教えるのと同時に、グラン伯爵の質問に答えていきましょうか」



中央で立っていた皇子は、結晶を手に持ったままゆっくりとグランに近づく。


とんでもない侮辱を受けたグランは、貫かんばかりに皇子を睨む。無視されるのが世界で一番嫌いな彼は、既に拳をぶるぶる震わせていた。


そんな彼の面の前に、皇子は透明な結晶を揺らして見せる。


そして、その透明な結晶が急に黒くなったと思った、次の瞬間。



「………………………………………カッ、カハッ………………………ぁ?」



ぷしゅっ、と人間の肌が裂かれる鮮明な音が鳴って。


急に腹部からとてつもない苦痛を感じたグランは、震えながら下を向く。腹の中に拳が入っていた。


拳で、腹を突き刺したのだ。



「ふうん、浅いな」



そして、皇子は気に食わないとばかりに顔をしかめてから、一気に拳を引き抜く。赤黒い血がついていた。


なんで、なんでこんなことが―――グランがそこまで思った時に、再び腹部に衝撃が襲ってくる。


今度は背中辺りまで苦痛が走って、なにかに貫通されたような錯覚に陥る。しかし、それは錯覚ではなかった。



「ぷはっ……!ケホッ、かはぁあ……!!あ、うぁ、ぁあああああ……!」



拳は見事にグランの体を貫いていて、皇子はやっと満足そうに微笑む。


赤い血が自分の顔に飛んで、口周りが血まみれになっているグランの顔を見ても、皇子には愉快という感情しか浮かばなかった。


それが気持ちよかった。自分はそう感じなきゃいけないから。その感情がもっと、自分を自分らしくしてくれるから。



「きっ、さまぁああ………きっさまぁあああああああああああああ!!」

「ああ、さっきの質問に答えだが」



血が混ざった絶叫を心底楽しみながら、皇子は言う。



「あいつらは―――影は絶対に私には適わない。何故だか分かるか?」

「きっ、さまぁああ……!!クソがぁあああ!!!!」

「悪魔は私だからだ」



絶命する前、グランが最後に吐いた赤黒い血をたっぷり顔に浴びてから、悪魔は言う。



「予言の悪魔はやつらじゃなくて、私なんだよ」

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