44話  シュペリアキューブ

リエルの屋敷という素敵な宿もできたわけで、俺たちは久しぶりにふかふかなベッドで寝ることができた。


体内で魔力を循環させれば疲労も感じられなくなるけど、やっぱりいい環境で眠るのは最高に気持ちいい。おかげで遅くまで寝てしまった。


そして、起きて簡単に顔を洗ってから向かった、リエルの部屋で。



「え、えぇ!?!?500万ゴールド!?」

「ああ、先ずはそれくらい支援してくれると助かるかな~」



俺が口にした額を聞いて、リエルは目を見開きながら悲鳴を上げた。



「な、ななななんで!?なんで500万も必要なの……!?」

「買いたいものがあるんだ。いや、買わなきゃいけないと言った方が正しいかな。この首都、オデールでしか手に入らないものがあるからね」

「うぅ……うぅう……」



リエルは、すぐに泣きそうな顔になって俯く。


うん……まあ、こうなるよね。500万ゴールドって、この世界の平民が一生分働いても手に入れられない額だし。


少し罪悪感に苛まれながらも、俺はとりあえずリエルに理由を説明する。



「あの、本当にどうしても必要なものなんだ。あるのとないのでめっちゃくちゃ差が出ちゃうものだから、その……仕方がないんだよ」

「………うぅ、うぅうう……ぐすっ」

「あ、あああ!?な、泣くなよ!!なんで泣くんだよ、急に!」

「だって……!!これを断ったら私を殺す気なんでしょ?あなたは悪魔だから、私が嫌と言ったら絶対に殺すだろうし!でも、でも……!ぐすっ、うぅ……うぁあああん!!!」

「ああああああああああああああ!?!?ちょっと、ちょっとリエル!!」



慌てた俺が必死にリエルを宥めようとしたところで、部屋のドアが開かれる。


そして、ニアとクロエがまるでゴミを見るような目でこちらを睨んできた。



「……カイが女の子を泣かしてる」

「悪魔どころか、もうただのクズじゃん」

「違うから!!いや、違わないけど!ていうか、クロエ君だけはそう言っちゃいけないからな!?これは君のためのものだから!!」

「……えっ?わ、私のため?」



クロエは何故か顔を赤らめながら、ちょっと照れくさそうに微笑む。


一方、ニアはもう目から光線が出ちゃうくらいの勢いで俺を睨みつけた。



「うぅ……ただでさえ借金も増えてるのにぃ……取り引きもどんどん、できなくなってるのにぃ……」

「こ、今回だけだって!!約束する!こんないきなり巨額を要求するのは、今回だけだから!!」



その後、俺はなにを買ってどんな場面に使うのかをリエルに全部説明して、かろうじて500万ゴールドを受け取ることができた。


その間、リエルはずっとしくしくと泣いていて……この恩は数十倍にして返さなきゃだなと、俺は心の中で誓うのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「アーティファクト?」



再確認するように聞いてくるクロエの問いに、俺は頷いて見せる。



「ああ、持ってないんでしょ?」



リエルをどうにか宥めた後、俺たち3人はさっそくオデールの市場に出ていた。目的はもちろん、クロエのアーティファクトを買うためだ。


俺とニアはかつてスラムのダンジョンでアーティファクトのリングやネックレス、片手剣を持っているけど、クロエには何もないから。



「確かに持ってはないけど……でも、それ本当に必要なの?私、それがなくても十分――」

「ああ、強いよ。クロエは確かに強い。君が弱いと言いたいわけじゃないんだ」



万が一の誤解を解くため、俺は両手を振りながら話を続ける。



「でも、これから相手取るのは教皇だよ?この国の指折りの権力者だから、どんな危険があるかも分からないし……なにより」

「なにより?」

「……………死んでは困ると言うか、まあ」



途端に恥ずかしくなって、俺は指で頬を掻きながらそっぽ向く。


だけど、クロエはその言葉だけでも俺の意図に察したのか、ニヤニヤ顔で俺を見てきた。



「……へぇ、そんなに私のことが心配なの?」

「し、心配って言うよりは、ほら!教皇は十字軍という軍隊も持っているし、いざという時にクロエ一人きりになると色々危ないと言うか……」

「ふふっ、ふふふっ」

「………………………………」



ヤバい。言葉では上手く説明できないけど、何故かヤバい気がした。


右ではクロエが照れくさそうに笑っているけど、左で手を繋いでいるニアがとにかくヤバい。元々ニアは不機嫌そうにしている場面が多いけど、今回は特に酷かった。


外出するときはいつも目隠しをしているから推測に過ぎないけど、表情自体が死んでいる気がするのだ。


容易く言いかけることもできない圧も感じられて、俺はぶるぶると、震えるしかなくなる。



「まあ、そんなに私のこと心配なら、私の訓練手伝ってよ。ちょうど一人じゃ限界だなと思ってた頃だし」

「そ、それはそうするけど……えっと」

「うん?あ、ああ………………」



クロエもようやくニアの機嫌に察したのか、気まずそうに苦笑を浮かべて見せる。


そして、彼女はそのまま俺の顔をトントンと叩いた。たぶん、ニアに構ってあげなよという意味が込められているだろう。


クロエの許可も下りたことだし、ここは市場で人も多いからちょっと恥ずかしいけど……俺は無言で、ニアの腰に腕を回す。



「ふぇ?」



そのまま抱きしめるように持ち上げると、ニアは可愛らしい声を出しながら俺に振り返ろうとする。目隠しをされてるから、見えるものはないはずなのに。



「……カイ」

「うん?」

「目隠し、外したい」

「ああ……ごめん。外では我慢して欲しいかも。正体がバレたら、大変なことになるしね」

「……カイは意地悪」



そう言いながらもすっかり機嫌がよくなったのか、ニアは嬉しそうに俺の手に自分の手を重ねる。


よかった、なんとか凌げたか……そう思いながら、俺は道端に並んでいる店の看板を細かく確認し始める。



「あ、そういえばなにを買うつもり?アーティファクトにも色々な種類があるんでしょ?」



ふと思いついたように飛んできたクロエの質問に、俺は短く答える。



「シュペリアキューブ」

「うん?」

「ペンダント型のアーティファクトなんだ。暗殺者に必要なスピード、魔力量も上げてくれて、空間を繋ぐ固有スキルもあるから」

「えっ、空間を繋ぐ……?上手く想像できないんだけど」

「まあ、後で一緒に訓練する時に教えてあげるから」



シュペリアキューブは、元々カルツが装着するはずのアクセサリーだ。


そして、ゲームの中でもアーティファクトのインフレを起こした詐欺アイテムでもある。ずっとS級だと評価されてきたし、カルツもシナリオ上でずっと身に着けていたものなのだ。


あるかないかで結構な差を生むから、カルツの戦闘力が大幅に落ちるハメになるけど……でも、俺にとってはクロエの方が100倍は大事だから、正直に言ってどうでもいいことだ。



「ああ、それと薬草も少し買わなきゃ」

「うん?薬草?」

「ああ」



俺を頷きながら、わんわん泣いていたリエルの顔を思い出して苦笑する。



「もらった恩は、ちゃんと返さなきゃだしね」

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