第14話
再び足を踏み入れた王城はリアーナの心情など気にもせずに荘厳にそびえ立っている。これからリアーナは両親とそれからハンクス辺境伯夫妻とともに、国王陛下のおられる謁見の間に向かうのだ。
「リアーナ、何も心配することはない。我々は君以外を娘にするつもりはないよ」
「おじ様······」
「そうよ、いざとなったらリアーナちゃんを養女にしてアルフレッドを追い出すっていうのはどうかしら?」
「おいおい、アルフレッドくんの弁明を聞かないうちから、うちの娘を持って行こうとしないでくれ」
長い廊下を歩きながら、ハンクス辺境伯夫妻がリアーナを気遣ってか軽口をたたき、両親も軽妙に受け答えをする。
「こちらで定刻までお待ちください」
侍従に案内された部屋で待機をしていると、アルフレッドか現れた。
「リアーナ!」
「······食事は摂れているの? 痩せたわ」
「いいんだ、そんな事。会いたかった」
「えっ」
両親もいるのに目に入らないといった様子で、アルフレッドがつかつかと近づいてきたと思ったらギュッと手を握られた。
もう『俺のリア』ごっこは終わったのに、とリアーナが動揺を隠しきれないでいると、「あら、リアーナちゃんの前でかっこつけるのやめたの?」とハンクス辺境伯夫人ののんびりとした声がかぶさってくる。
「エレン、それを言ってやるなよ」
「ごめんなさい。でも前から思ってたのよ。リアーナちゃんみたいな子にはしっかり言葉で伝えないと、絶対に誤解されるわよって」
ほほほ、とおかしそうに笑うハンクス辺境伯夫人の横で、アルフレッドは少しだけ顔を顰めたが、そのままリアーナの隣に座り込んだ。
「母上の言うとおりだな。リアーナには言葉だけでなく態度でも示さないと伝わらないことがよく分かったよ」
「アルフレッド······?」
「リアーナ。これを着けていてくれ」
アルフレッドが取り出したのは銀製のブレスレットだ。植物の彫り込みが精緻に施されていてとても美しい。
「俺は誰がなんと言おうとリアーナと結婚する。受け入れてくれるなら、お揃いのものを着けていてほしい」
そんな事言い切っていいのだろうか。これからの謁見でどうなるのかも分からないのに。リアーナの躊躇いを見て取ったのか、アルフレッドは更に言い募った。
「この後剣術大会がある。俺も出場するんだが、ならその間だけでも着けていてくれないか? 他の男に言い寄られても、それを着けていれば俺のことを忘れないだろう?」
「言い寄られるって、そんな事起こらないわ」
「頼む」
「······分かったわ」
あまりに真剣なので頷いてしまった。するとアルフレッドはすぐさまリアーナの腕を優しく取ってブレスレットを嵌めた。魔術がかかったものだったようで、嵌めた途端リアーナの手首にピタリと合わさった。
「これは魔道具なの?」
「ああ。俺の方と対になっている。結婚したら渡そうと準備していたんだが、男避けになるから今から着けてほしくて」
よく見ると、手の甲側にグリーンの宝石が埋め込まれている。アルフレッドの瞳の色だと気づき自身の頬が熱くなるのが分かる。
「俺の方はリアーナの色だ。大好きな菫色の」
嬉しそうに見せてくるから、さらに顔の熱が引かなくなる。
アルフレッドってこんなに情熱的で独占欲が強くて、よく話す人だったの?
「皆さん、俺は一度もリアーナを裏切っていないし、これからもない。謁見で何を言われても信じていて下さい」
「分かったよ、アルフレッドくん。君が不器用ながらも昔から娘を好いてくれているのは知っている。不貞も心変わりもしていないなら、私達も頑張るから、君はまず剣術大会を頑張りなさい」
「ありがとうございます。出場者の点呼時間があるので同席出来なくて申し訳ありませんが、リアーナとのことよろしくお願いいたします」
もう一度ギュッと手を握られてドキドキしていると、扉の向こうから「お時間となりました」という侍従の声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
アルバーティン王国の権威を象徴するように、謁見の間はきらびやかで格調高い造りの広間だった。
高い天井には我が国の歴史絵巻と思われる絵が描かれ、生地をたっぷりと取った天鵞絨のカーテンには手の込んだ金モールが縫い付けられている。重たい扉から真っ直ぐに絨毯が伸びて、その先に三段ほど高くなった場所に玉座と呼ばれる大きな背の椅子が鎮座し、――国王陛下が座しておられた。
「面をあげよ」
リアーナ達は決められた位置で儀礼の姿勢で平頭していたが、ようやく許可が降りて頭を上げた。
陛下のご尊顔をみだりに見ぬよう、胸のあたりに目線を落とし、お声がかかるのを待つ。
「ハンクス辺境伯、ご夫君。久しいな。それにカールソン伯爵夫妻に息女だな。して此度の事だが」
「は。国王陛下におかれましては······」
「よい。この後に剣術大会の開催があるのだ。簡単に済ませよう」
「御意に。さて私どもの愚息アルフレッドは、こちらのカールソン伯爵家のリアーナとの婚姻に向けて話を詰めているところでございました。その最中にビクトリア王女殿下よりカールソン家宛に不思議な封書を賜りましたので、真意を伺いたく参上いたしました」
「はて。その封書とは?」
「こちらに」
ドナルドが侍従に手渡すと、宰相経由で陛下の手元へ届けられた。
陛下がザッと目を通し、宰相に手渡す。「私もお読みしても?」と確認され、宰相も読みながら眉毛を僅かに動かした。
「たしかに珍妙だな。ビクトリアは知っての通り隣国ハプラムの王弟殿との婚約が整っておる。ただそなたの息子を以前より好いているのは知っていた。なので婚姻前に、あれの幼い初恋を昇華させる助力をアルフレッドに依頼をしたのはたしかだ。しかしそれは曇りなき心で隣国に嫁ぐための儀式として、だ。このような話を国王としても父としても許した覚えはないし、許すことはない」
「さようでございますか。ならば王家は我らニ家が結びつくことに異存はないと」
「無論だ」
陛下が断言をし、ようやくリアーナの強張っていた肩から力が抜けた。陛下とハンクス辺境伯とで進む話をじっと聞いているだけだったが、全身に力が入っていたようで、手にもじっとりと汗が滲んでいる。
「ではこちらの御返答はどのようにいたしたら?」
父ドナルドの問いに、陛下は「そうだな」と豊かな顎髭を撫でながら、宰相に目配せをする。
「ここからのお話ですが、もう一人参加させてもよろしいですか?」
「陛下のお示しに我らは従うばかりです」
頷いた宰相が奥から青く輝く水晶玉を持って来ると、それに向かって何事かを囁いた。と、その玉がひときわ輝いたかと思ったら――
「あ、あなたは······!」
「やあ久しぶり、カールソン嬢」
いつの間にか笑顔のノーヴィックがそこに立っていた。
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