第177話 勇者街道って何です?

 ルーンとの会談後、ディンはシーザを連れて王都を離れていた。

 馬車に揺られながら対面するシーザの表情は冴えない。


「ルーンって子、仲間にして大丈夫か? ちょっと目つきがやばいよな」

「大丈夫だ。付き合いは長いからな。たまに狂ったように暴発したり、どこまでもついてきそうな粘着質なところはあるけど」

「それが怖いって言ってるの!」


 シーザは反射的に叫ぶ。


「まあ、メリットも多いから良しとする。でもさ、ディン殺しはベンジャって嘘ついて大丈夫なのか?」

「ただの嘘じゃない。信念のある嘘さ」

「格好良く言い直したところで!」


 突っ込みつつ、エルフ姿のシーザは真顔になる。


「勇者の孫の影響力は甚大。といっても狂信的にお前の言うことを全員が信じるほどローハイ教は馬鹿の集まりじゃねぇだろ」

「どちらにしろ今の魔術師団に嫌疑がかかった状態はまずいし矛先を変える必要はある」

「まあ、そうだけどさ」


 同意しつつも、嘘をついたリスクを懸念しているのか、その表情は渋い。


「大丈夫。俺の嘘を証明する証拠は出ない。となれば、必ずローハイ教はベンジャを容疑者の一人として調べる」

「ってもあいつは殺してないんだから殺した証拠も出ないだろ」

「そのとおり。だが、その日のアリバイがないのは確認済みだ。つまり殺してない証拠も出ない」


 シーザはそれを聞いて首をかしげる。


「それって何の意味がある?」

「奴を黒に近い灰色にする」


 王宮内を動き回れるベンジャは聖域攻略の陣頭に立っているのは間違いない。

 灰色になれば王宮内で露骨に怪しい動きはできなくなる。

 ベンジャの動きを抑えるのは時間稼ぎとしても有効だ。 


「狙いはわかるけど、そんなうまくいくかぁ? 疑わしきは罰せずと言うだろ」

「かもね。だが、疑わしき噂が流れた者は罰せられるものさ」


 悪い顔をするディンに対して、シーザは複雑な表情になる。


「何をする気だ?」

「王都に大規模な噂を流すんだよ。ディン殺しの犯人はベンジャだってな」

「噂を流しても、証拠もないんだから、うやむやのまま消えていくだけだろ?」

「根も葉もない嘘だけならな。俺が殺される前にベンジャと俺が二人きりで歩いていたことや奴がミッセ村に定期的に来ていたという複数の真実も混ぜて流す」


 ただの噂も馬鹿にはできない。

 虚実入り混じれば、本当かもしれないと信じる者は必ず一定数出る。

 そうなれば証拠はないのに自然と黒に近い灰色になる。うまくやれば噂だけでも人の印象は簡単に変えられる。


「まあ、重要なのは薪のくべ方だな。これでいかに相手にダメージを与えられるかが決まる。これからその達人と会う」


 ディンの力説にシーザは渋々納得した様子ではあるが、その表情はどこか不満気だ。


「なんだよ」

「要は嘘の悪口広めるんだよな? 毎回思うんだけど、お前のやること……どっちかというと悪党側だよな?」

「……」


 シーザの指摘にディンは聞こえないふりをした。

 しばらくの間、馬車に揺られ、王都の北東へ向かう。


 王都から少し離れた小さな村を抜けると、人気のない野原が広がる。

 山や川や森のある牧歌的な景色に一本の細道が奥まで続いていた。


 何の変哲もない細道に人だかりができており、そこで馬車を停める。

 人だかりの中心に立つ男はディンにとって勝手知ったる人物。

 近くて遠い、遠くて近いかつての相棒と言ってよい人物だ。


 エールが好きで樽のように太り、結婚した女から半年で別居を突き付けられ、勇者を看取ったマブダチと吹聴する糞男。

 ポール・フックスは下卑た笑みを見せて饒舌にまくしたてる。


「ここは勇者物語に出てくる有名な街道の一つです! この街道を勇者街道と名付け、観光スポットの一つにするというのは素晴らしいと思いませんか? たくさんの露店を並べ、名物なんかも売り出しましょう! 領主とは必ず話をつけますから!」


 相対しているのはアイリスだ。白けた表情でじっと固まっているが、話だけは聞いているのか淡々と相槌を打っている。

 ポールという恥を知らない男はディンの勇者事業のライバルである。アルメニーアから商売を始め、最近では王都の周辺までその商売を展開していた。


 盗人猛々しいとはこの男のためにある言葉であるが、ディンはその怒りを押し隠し、微笑みながらポールに近づく。


「どうもポールさん! 相変わらず勝手に変な商売をしてるんですね?」


 ポールはディンことユナの顔を見るなり、笑顔がひきつり、二重顎をぶるりと震わせた。


「こ……これはこれは、ユナ様。まさかこんな場所までお越しになるとは」

「アイリスとは友人だからね。ところで……勇者街道って何です?」


 ポール及び関係者たちはその場で硬直して動きを止める。


「これはですね! 勇者様が魔王を倒すまでの軌跡の道! それを実際に歩くことで偉大なる勇者たちの旅路を想起して、少しでも追体験してもらいたい。そんな純粋なる思いから始まった企画をですね~、私が――」

「そういうのいいから! にしてもぶったまげましたよぉ。まさかただの道まで商売道具にしようなんてね」

「ちょい! ちょい! ユナ様? それは誤解ですよぉ」


 ポールは両手をこねて、微笑みの口元を作る。基本、自分より立場が高そうな者や利用できそうな者には徹底的に太鼓持ちをするポールの基本型。


 樽のように分厚い身体にも関わらず、表面的な薄っぺらさがにじみ出るその媚びるような笑みはもはや芸の域に達している。


「よりによってこのクズかよ」


 隣のシーザは呆れてぼそりとつぶやく。

 確かにポールはペラペラの布切れのように薄っぺらい男であるが、その父であるララ・フックスは商業者ギルドを束ねる大商人だ。


 ララはダーリア王国主要都市間の交易を促進し、王都の政治にも少なからず関与しており、その影響力と横のつながりは極めて大きい。


 そのララの片腕を担っているのが、目の前のポールだ。

 半端な領地を持つ貴族より力を持っているといっても差し支えなく、王都では重要人物の一人なのだ。


 よって本来あまり喧嘩をしたくない相手であるのだが、勇者事業に関しては譲れないものがある。

 ディンは隣に立つシーザの方を向く。


「ところでシーザ。昔ここ通ったことあるの?」

「えっ?」


 シーザはきょとんとした表情で周囲をきょろきょろ見回す。周囲は草原がただ広がり、一本道は東側の森へ続いている。似たような道はいくつもあり、シーザは過去の記憶を辿っているのか眉をひそめて考え込んでいた。


「うーん……通った……っけ?」

「覚えがない! ということはここは通ってない! そういうことだ!」


 隣にいたディンが叫び、ポールは慌てた表情になる。


「いやいや。この街道は目立ちませんが王都周辺にある有名な細道の一つ! すぐ東側の森にて魔獣討伐の依頼を勇者一行はしていたという記録もありました!」


 ポールは真剣な眼差しで反論する。


「甘いね。ポール君」

「それはどういうことです?」

「ここではない。北北西の道から森へ入ったのです! さあ、こっちへ!」


 ディンが手招きをして、全員が戸惑いながらも背中についていく。

 道なき草原を少しの間進むと、似たような細道に出た。

 その一本道も確かに森の方へ伸びている。


「ここから勇者エルマーは森へ入り、その依頼を受けたのです! つまり、ここが真の勇者街道というわけだ」


 自信満々に言うディンに対し、一同は道のそばで作業している人間たちに視線が移る。ポールは恐る恐る尋ねる。


「あの……彼らは何を?」

「ここは勇者の通った道百選に選ばれた特別な勇者街道。今後、多くの方に来ていただける観光スポットの一つにするため露店を並べようと思いまして」

「勇者の通った道百選って何! いつそんなもの! ってかユナ様! 私が必死に考えた企画をパクったんじゃ――」


 ディンはキッと睨みつけ、ポールはぶるりと二重顎を震わせ固まる。


「ポール君。あなたはなんて失礼な男だ! だいたいあなたが案内した場所は偽の勇者街道! 偽りの道を勇者街道と名付けるなど世の中を愚弄するにも程がありますよ!」


 ポールは戸惑いの表情を浮かべながらも、恐る恐る反論の言葉を口にする。


「いや……でも。そもそもここって本当に勇者が通った道なんですか?」

「当然です! だよね? シーザ!」


 シーザは腕を組んで「うーん」としばらく唸り声を上げる。


「どっち……だったか? ってか、そもそもこんな道通ってな――」

「通った! 通ったよ! なっ!!」


 ディンの眼圧に気圧されたのか、「そういえば、そんな気も……」とシーザはぼやく。


「ここを通ったとのこと!! ポールさん。残念ながらここが真の勇者街道だ!」

「ちょっと待ってください! 今強引にごり押ししたよね! ってか完全にシーザ様、忘れてません?」

「いちゃもんつけるなぁ! もう企画は始まってるんだからこっちは後戻りできないっす!」

「待って! アイリス様も事業に関わってるの? ってかそれ、あなたたちの都合ですよね?」


 真の勇者街道はどちらかという激しい議論をしばらくした後、ディンはぽつりとポールに向かって言い放つ。


「そもそもポール君。あなたは勇者事業をする権利があるのかな? ロマンピーチ家から許可はもらってないはずですが?」


 ポールはその言葉で一変して気まずい表情に変わる。

 その肩にディンは優しく手を乗せて囁く。



「その件も含めて話をしようじゃないか、ポール君」

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