第168話 まあ、大事なものを守りたいって気持ちはわかる
ディンがゼゼの記憶の話を終えると、シーザはしばらくの間ずっと黙り込んでいた。
「私は当時、英雄に憧れてたんだ」
ぽつりと切り出す。
「だから、アリアとゼゼ様の話を盗み聞きした時、前のめりになった。そして、ルビナス攻防戦で活躍したことも自慢話としていつも語っていた。でも、ゼゼ様に踊らされてただけなんて……馬鹿だよな?」
シーザはうつむいて、うなだれる。
「まあ、馬鹿だなと思う」
しばらくうつむいていたシーザが唐突に顔を上げる。
「今のは流れ的に『そんなことないさ』って慰めの言葉をかけるとこだろ? 追い撃ちかけるとか悪魔の所業かな?」
「しかし、どう見ても一人だけ馬鹿丸出しだったし、救いようがないなこいつって正直思ったよ」
「てめぇ! 馬鹿っていうな! 腹パンするぞ!」
シーザは顔を紅潮させ本気で怒り出す。
ディンは呆れつつ、話を本題に戻す。
「それよりルビナス攻防戦後、それぞれどうなったか詳しく教えてくれ」
憮然とした表情のままだが、シーザは渋々口を開く。
「この後、ゼゼ魔術師団ができて、アリアは戦士団を作った。血統じゃなく実力至上主義の団体だな。その二つが競り合うように国内で大きな組織になっていった」
二つの組織が台頭し、一気に廃れたのが騎士団だ。国王、領主直属の軍隊である騎士団は魔族との戦いで存在感を失い続け、いつしか魔術師団と戦士団がそれに取って代わった。
もっとも騎士団自体はまだまだ地方にも数多く存在している。が、血統主義の象徴とみられるせいか、ダーリア王国では死語となっており、戦士団と呼ばれることが多い。
ちなみにトネリコ王国では普通に騎士団と呼ばれるので、アリアがダーリア王国に与えた影響はゼゼ同様極めて大きい。
「あの二人がどこか違う方向を見ていたのは気づいていたが……そんなことがあったんだな」
シーザは寂しげにつぶやく。
「ロキドスの動きはその後どうなった?」
「ルビナス攻防戦後、ロキドスは派手に街を襲わなくなり、拠点を細かく移しては逃げるようになった。ゼゼ魔術師団ができてからはそれがより顕著になったな」
ゼゼ魔術師団は結成当初がもっとも強かったと言われている。
理由は魔族への危機意識が高く、とにかく才能が集まったのだ。
今のように平和となり、魔道具師に才能が分散されるようなことはなかった。
「ようやくわかった。ロキドスの計画の目的」
ゼゼの記憶を覗いて、ディンの中で曖昧だった力関係がはっきり見えた。ゼゼはロキドスと七大魔人が束になっても絶対に勝てないほどの強さだった。
ロキドスからすればいつ狩られてもおかしくない恐怖が常にあったはずだ。
だから、逃げながらも自分を脅かす存在をどうやって排除するか探し続けた。
「ロキドスの目的は……百年以上の月日をかけたゼゼ討伐だったんだな」
まともに戦って勝てないなら時間をかけて倒せばいい。
時が経ち、状況が変化すれば、時に優位性の天秤は魔族に傾く。
ロキドスは己があえて殺されることで時間を味方につけた。
前段階として己の寿命を代償に魔石を作り、ゼゼを縛る結界を張る。
そして、魔王が殺されることで平和を演出。
魔術師団の魔族討伐部隊は魔族減少に伴い、年々縮小。
魔石という餌を与えることで魔道具師の需要が高まり、魔術師団から才能がさらに流出した。
最強と名高い魔術師団は平和により自然と弱体化。
そうやってゼゼの周囲の戦力を少しずつ削っていき、自身は人間に転生。
ゼゼを倒す機会を虎視眈々とうかがっていた。
ディンはずっと魔族と人類の長い抗争だと思っていたが、それは大きい間違いだった。
ロキドスはたった一人の魔術師を倒すためだけに全精力を注いでおり、人類など相手にしていなかった。
これは魔王ロキドスとゼゼの戦いだったのだ。
「ゼゼはロキドスを甘く見てたな」
「自分ならいつでも殺せるという慢心はあっただろうな。実際、本格的に対策本部ができたのは百年前……ゼゼ様が結界に閉じ込められたタイミングだ」
ルビナス攻防戦でゼゼは自分の強さを再認識し、ロキドスは己の弱さを知った。
その意識の差が今の明暗を分けた気がしてならない。
――学び続けることを忘れてならない。それは義務ではなく定めだ
祖父の言葉を思い出す。
ただゼゼがその定めを怠ったのだとしても、責める気にはなれなかった。
傲慢でいるのは簡単だが、謙虚な姿勢を保ち続けるのはゼゼのような魔術師にとって難しい。
「ってか、アリアって……魔王討伐の第一軍にいたよな?」
「ああ。間違いなく当時のエルマーより強く、最強の戦士だった。アリアが負けて死んだと聞いた時は正直信じられない思いだったな……」
その表情には悲しみが滲んでいてアリアとの絆がうっすら感じ取れた。
「スミはどうなった?」
「スミさんはルビナス攻防戦後、まもなく死んだ。天寿を全うしたんだと思う。スミさんがミーナを連れていったのは、記憶から判断するに箱庭ってところだろうな。果たしてどこなんだろう……」
「箱庭の場所はさらにゼゼの記憶を読んで確かめておいた」
シーザはディンに白い目を向ける。
「お前、なんて恐ろしい男だ。好き放題記憶を覗きやがって。ゼゼ様が生きてたら八つ裂きにされるぞ」
「怒らないさ。ゼゼはユナの力を求めていたからな。だから、記憶の詠み人にも指名した」
コントロールできない霧を無力化させることができれば、ミーナは日常生活を取り戻すことができる。
シーザは言葉の意味を理解し、少し呆れた表情になる。
「ミーナの件で色々葛藤があったのはわかるけど……ゼゼ様ってすげー自分勝手だよな」
「大なり小なりみんなそういう側面はある」
「妙に聞き分けがいいな。魂胆があるのか?」
「その通りだ。ミーナを迎えに行こうと思う」
シーザはそれを聞いて固まる。
「な、なんで?」
「エルフの森に選ばれたエルフだからだ。しかもゼゼと同じ神殿を共有している。ミーナなら魔術解放を使えるようにできる」
魔術解放はエルフの森にある神殿の力を利用する。神殿に一時的に接続し、同期することで保存された中級及び上級魔術の無詠唱展開を可能とする。
団員はゼゼを通してゼゼのエルフの神殿に繋がっていた。ゼゼ無き今、ミーナを通して神殿に繋がることは理論上可能だ。
が、シーザは露骨に表情を曇らせる。
「魔術開放を復活させる方法ってミーナのことかよ……」
「ゼゼが皆を騙して、妹を守ったこと……許せないか?」
「傲慢で自分勝手だと思うし、色々文句を言いたいことはある。ただ気持ちはわからなくはない」
そう言って、髪をかきむしり、ディンを見る。
「お前もそうだろ?」
何気なく言ったシーザの言葉にディンは一瞬、固まり下を向く。
「まあ、大事なものを守りたいって気持ちはわかる」
そう言いつつ、妹を守るため多くの者を犠牲にし歴史を改竄するような苛烈なエネルギーの源泉がディンにはあまり理解できなかった。
少なくともゼゼと同じ力を持っていたとしても自分にできる気はしない。
(ミーナが妹だったら……俺は守り切る自信がない)
魔法により狂わされた家族の関係。
嫌でもちらつくユナの顔。
――どちらかの魂は消えてなくなる運命だ。つまり、どちらかは死ぬ
点滅するように毎日よぎるゼゼの言葉。
喉元に刃を突き付けられている気がして、頭の片隅にしまう。
シーザは自分の中で考えが整理できていないのか、しばらく黙りこくっていた。
酒を持ち出し、それをコップに注いで一気に飲み干す。
コップがテーブルを叩く音と共にシーザは切り出す。
「……そもそもミーナはサガリ―を殺したかもしれないんだろ? 受け入れられるのか?」
その問いに今度はディンが考え込む。ゼゼの記憶から覗いたミーナは無邪気な子供にしか見えなかった。
殺したと言っても意図的とは思えない。それに正直、父との記憶は曖昧だ。でも、だからといって何も感じないほど鈍感でもない。
「正直、心の置き場所に迷いがある。だからこそミーナと会って確かめたい」
「……ミーナは大量虐殺して、罪を償っていない。そんな奴に協力を求めるのは道義に背いてないか?」
シーザはディンを試すようにじっと睨む。
エルフ族にとってミーナは怪物と教えられてきたらしい。だからなのか、ミーナへの忌避感が強いのが表情から読み取れた。
「五才以下の子供による魔術の行使は事故扱いだったよな?」
稀に魔術の才能ある子供が意図せず火炎魔術で家を燃やしたり、土魔術で畑を台無しにするケースがいくつかあるが、子供の罪となることはなく、保護者の賠償となるのが基本だ。
もっとも貴族が相手だと問答無用で死刑となる場合もあるが。
「意図的じゃないなら情状酌量の余地はあるってか? だとしても規模がでかすぎる。無理筋だ」
「だな。まあ、俺は裁判したいわけじゃないし、道義に背いても目的を達成することを優先したい」
「お前はそういうやつだったな」
シーザはやはりミーナへの忌避感を隠せておらず、不満気だ。
ディンは少し視線を落とし、切り出す。
「平然と悪事を働き金稼ぎしていた男がいた。その男が今までの罪で死刑になるのを防ぐため、領主にある提案をしてきた。『私の隠している財産の半分をあなたに譲るので罪を軽くしてもらえないでしょうか?』ってな。それだけの金があれば、とある町の貧困問題を解決し住人千人を救うことができる。さあ、どうする?」
「金で解決できるなんて前例はよくないと思うがな……最大多数の幸福を考えるなら、それを受けるべきなんだろうな」
シーザはそう言いながら納得いかない表情をしている。
この問題は絶対的な答えがない。どちらを選んでも正解でどちらを選んでも不正解。気持ちの良い答えはなく、ただ答える者にジレンマを与える。
「一つはっきりしている。この問いに対し、自分の高潔さや感情を優先すると最大多数の幸福は選べない」
シーザはディンの言わんとしてることを理解する。
魔術解放のできない魔術師団は、本来の力の半分も出し切れないと言っても過言ではない。
高潔さや感情を優先すれば、魔王討伐すら叶わなくなる。
芯の通った美しい正義を掲げるには、それに見合う力を持つ必要がある。
だが、ディン達にはその力が今はない。
必然的に手段は選べない。
ディンの言いたいことを理解したのか、シーザは少しの間、じっとディンの目を見る。
「私だけ綺麗ごと言う権利がないのはわかってるよ。今さらエルフ族の人体実験を明るみにしようなんて勇気はないしな。ただミーナの件は……正直まだ腹に落とし込めない部分がある」
「どうしても許せないっていうなら……すべて終わった後、その処分はシーザに任せるよ」
シーザは手に持つコップにワインを注ぎ、何も言わず飲み干した。
感情の問題を消化するのは時間がかかる。
ディンは少し間を置いてから切り出す。
「まあ、ミーナの魔法を無力化する魔道具を今作ってるけど、まだ時間はかかる。いったん置いておいて……喫緊の問題に集中しよう」
前日、仲間と情報を共有し、それぞれに簡単な役目を与えたのみで一度切り上げた。その理由はロキドスが誰か特定するよりも先にやっておくべきことがあるからだ。
それを確保できるか、できないかで今後の計画が大きく変わる。
「もうゼゼはいない。でも、ゼゼの遺物は王宮に残ってる」
王宮地下にあると言われる
それ一つで王都を丸ごと塵にするほどの威力を持つダーリア王国の最終兵器。
「ロキドスはゼゼに異常に執着し、警戒していた。
「だな。どちらにしろロキドスに
ディンは立ち上がって微笑む。
「というわけでまずは
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