第44話 勝てないのは道理だ

 紅蓮獄柱。巨大な灼熱の炎の柱はハナズの周囲を覆い、何者も近づけない。膨大な魔力を消耗し続けるのが難点だが、ハナズは自分の伸びた影が縮むのを待っていた。


(特級魔術に違いないが、詠唱は極めて短かった)


 効果は十分もないとハナズはみていた。

 右目は完全につぶされ、回復を放棄。

 拾った右腕をくっつけ、そちらの回復に専念しつつ、回復した左目で影を見る。


 予想したとおりじわりじわりと伸びた影が元に戻っていく。

 ふと二階席を見ると、エルマーの孫が何かを掲げていた。


 無窮の零性。

 わずかに光り、効果が発動。一定範囲内のすべての魔術が無力化される。

 これにより紅蓮獄柱も消えるが、ルゥの斜陽影の効果も消える。


「むしろありがたいぜ」


 ハナズの意識は二階席ではなく、自然と姿の見えないルゥにいく。

 ルゥは堂々と正面から姿を見せた。

 地面から四体現れ、ハナズに襲い掛かる。


「いい加減、それも飽きた」 


 襲いかかる前方二体に魔弾を放つ。

 一体は直撃し後方に吹っ飛ぶが、残りの一体は魔壁を展開しガード。


「何!?」


 魔壁を飛び越えたのは後方に待機していた別の分身一体。

 ハナズに急接近するも、即座にハナズはその分身を蹴りで粉砕し、頭を押さえて叩き込み。が、まだ分身は頭が潰れたにもかかわらず実体を保っていた。今までのもろい分身とはまるで違う。


(分身の強度を自在に調整できるってことか)


 魔壁を展開していた一体がハナズに向かって構えていた。


「暗黒弾」


 強力な魔力の塊にハナズは魔壁を展開し、なんとかガードするが、唐突に足元を掴まれる。

 頭を潰した分身。半身は溶けてなくなっているが、両腕のみハナズの両足をがっちりつかんで離さない。


 視線を前方に戻すと、暗黒弾を放った一体が突っ込んできた。

 身構えた直後、溶けるように黒い液体に変わる。

 前方が一瞬黒い液体で覆われる。


 その液体を貫通してきた強力な魔弾はハナズの胸部に直撃。信じられない強度の魔弾で胸部にのめり込むがなんとかこらえる。


(これはエルマーの孫が持ってた魔銃) 


 魔道破弾を手に持つルゥは対面する位置におり、素早く右手側に回り込む。


「お前が本物か!」


 魔道具を持つルゥに向かって灼熱を放出し、直撃するもどろりと溶ける。


「偽物だと?」


 ハナズはきょろきょろ周囲を見渡す。そこで気づく。三体の影が溶けていく中、最初に魔弾が直撃した一体のみ倒れ込んだまま動かない。その意味をハナズが理解した時にはすでに遅かった。


 最初にあえて倒され、仰向けのままルゥは詠唱を唱え続けていた。

 三体の溶けた影は自動的に魔術印を刻む。

 詠唱と魔術印により再び発動する特級魔術。

 地面の影の濃度は濃くなり、生き物のようにうねりを上げる。


「暗影――沼」


 結び語を唱えると同時にルゥは起き上がり、両手を地面に叩きつけると、黒く深い沼が姿を現す。

 ハナズは地面の黒沼に足をとられ、抜き取れない。


 両手で地面を爆発させようとするが、影は両腕にも巻きつき、動きが取れなくなる。

 地面が黒い沼に変わり揺れ動きながら、ルゥの右手に黒い濃度の魔力が寄せ集まっていた。


「8、7、6――」


(動きを固定してあれをぶつける気か……)


「5、4、3――」


 黒い魔力はさらに凝縮。ルゥの顔を覆うほどの大きさの魔力は死の臭いが漂う。

 ハナズは己の魔力すべてを四肢に集中。


「2、1――0。暗極弾」


 ルゥの右腕から解き放たれた魔力の塊は凄まじい速度でハナズに向かう。

 が、ハナズは両手両腕を内部で爆発させ強引に沼から引きちぎり、沼から逃れ高く跳躍。

 暗極弾を完璧に避けた。


「終わりだ!」


 高く舞ったハナズは両手を天に掲げ、球体の魔力を展開。


「天道球」


 それは圧縮された太陽のような熱の塊。すべてを灰にするハナズの魔弾。

 が、ハナズはルゥの視線が自分に向いていないことに気づく。

 その視線の先はハナズの後方。自然とそちらに首を傾けると、立っていたのはエルマーの孫――




――前方じゃなく後方の方が基本外殻は弱い。前に集中させて後ろにとっておきをぶつける

 

 単純明快なルゥの作戦。ハナズはルゥに意識のすべてを集中していた。すべてはルゥを囮にしてディンが決める。お膳立ては整った。

 ハナズの後方でルゥの暗極弾を受ける位置にいたディンは構えていた。

 暗極弾がディンに触れる瞬間、反発魔術。


「終わりはお前だ!」


 完全に虚をついた後方からの暗極弾がハナズに直撃した。





 貫通に至らなかったが、二階席まで吹き飛ばされたハナズは伏せたまま完全に沈黙。とめどなくあふれていた魔力も消失していた。

 ボロボロの闘技場から見える太陽を見上げ、ディンは深呼吸する。

 ルゥは限界まで絞り出したのか、魔力切れになっていた。


「流石に限界……」


 もう気力で立っているようで、ルゥの額からは汗が滲んでいる。

 特級詠唱魔術を連発した影響もあるのだろうが、消耗がすさまじい。


 一方のユナの身体はというと、闘技場に入った時と比べて魔力が極端に目減りしていない。魔術師のことを知るほど、ユナの才能がどれほどすごいのかディンは理解しつつあった。


「外に行って、誰かを呼んでこよう」

「ダメ!」

「ダメだ!」


 ルゥとシーザは即座にディンの提案を却下する。


「まずは確実にとどめを刺さないとダメ」

「そうだ。魔人ってのは生命力が異常なんだ。私もエルマーがロキドスを倒した時は心配で何度も何度も死体に剣を突き立ててやったもんさ」


 シーザの死体蹴りに思うところはあったが、二人の意見は正しい。

 戦いにおいて、祖父から残心の重要性は学んだし、脅威がきっちり消えたのかこの目で確認するのは何より大事だ。


「じゃあシーザみたいにきっちり死体蹴りしないとな」

「誰が死体蹴りだ!」


 別に油断したわけじゃない。ほんの少し軽口を叩いて、すぐに意識をハナズの方に向けた。それは本当にわずかな時間だったのはずなのにハナズの身体は二階席になかった。


 爆発するように地面を叩く衝撃音。

 ルゥのすぐそばで響き、ディンが顔を向けた瞬間、ルゥは吹き飛んでいた。


「ルゥ!」


 すぐそばに蒸気を上げて血走ったハナズが立っていた。


「な……なんで?」

「強いて言えば、相性の悪さだな。私は陽。あいつは影。勝てないのは道理だ」


 空に浮かぶ太陽と交わることのない影。属性相性の悪さでダメージの通りが悪かったという。

 吹き飛ばされたルゥはうなだれて身体が動かないようだった。


「はははっ、多少強くてもすぐに魔力切れ。しょせん生き物としての格が違うってことだ!」


 ハナズはそこで力を込めて、また爆発するような魔力がただよう。


「とりあえず撤退だ! 逃げろ! 逃げろ!」


 シーザはそばで必死に叫ぶ。

 しかし、足が動かない。ここまで苦労して積み上げたものが壊された虚無感のせいか身体が重い。


「この距離で逃がすわけないだろうが。エルマーの孫よ」


 自分以外、誰もいない。自分が何とかするしかない。


(動け動け)


 身体に必死に命令しても、足が地面に貼りついて動かない。

 油断は死に直結する。

 よぎるのは走馬灯のように流れる昔の思い出。

 目の前にいるハナズの言葉がゆっくり聞こえた。


「し――ね――」 


 ルゥの叫びもそばにいるシーザも色々なものがとてもゆっくり流れる。

 そんな中、それは瞬間的に目の前に現れた。

 ハナズの振りかぶった右腕が一瞬で切断される。


「なっ!」


 信じられない表情をする間もなく、ハナズの身体は爆風で後方に吹き飛ぶ。

 目の前にいたディンにも何が起きたかよく理解できなかった。

 ただ目の前にいるのは誰かわかる。


 ダーリア王国が誇る最強の魔術兵器。

 ゼゼ・ストレチア。

 闘技場に瞬間移動で降臨。

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