ドラゴンの襲来
第17話 司祭階級の役割
風車の見下ろすウィンダリアの街にて。
青いドレスを着たお嬢様がプリプリと怒りながら、お城への石畳で舗装された道を歩いている。
「もう! 馬鹿ヴィッシュったら、せっかく会いに来てあげましたのに!」
空色の髪が乱れるのも気にせず大股で歩いているのは、先ほどまでヴィッシュを折檻していたシィタだ。その口ぶりからすると、どうやら彼女はヴィッシュが来ることをどこからか聞き出し、わざわざウィンダリアまで会いに来ていたらしい。
幼馴染の態度に怒りながら歩く彼女に影がかかり、続いて空からの襲撃者が襲いかかる!
寸前で襲撃に気がつき、慣れた様子でドレスを踊らせてバックステップしたシィタ。
「なんですの? もうっ。お気に入りのドレスが汚れてしまいましたわ!」
「シぃ~タぁ~! ひどいじゃあないか、婚約破棄だなんてぇ」
彼女の目前に着弾した襲撃者は、ねっとりとした声で問いかけてくる。
その姿は五メートル近くあり、全身を赤いウロコで覆い隠し、手足の鋭い爪は先ほどまでシィタが立っていた石畳を砕き、ギョロリと黄色い目で彼女を見下ろしている。
襲撃者はドラゴンだ!
「私にトカゲの知り合いはおりませんが、喧嘩を売ってくるなんて良い度胸ですの。それに……」
「へひ?」
しかし、急に現れた威容に対するシィタの反応は冷たい。
彼女のあんまりな冷たい反応に、自称元婚約者なドラゴンの方がビクリと震える始末だ。
「私たち氷属性は、攻撃されるのが大嫌いですの!」
「ガアアアアアアアああっアアああっ!」
自分は攻撃するクセに理不尽なことを叫ぶシィタが力任せに地面を踏みならすと、四方八方の地面から伸びた鋭利な氷柱がドラゴンを滅多刺しにした。
癇癪を起こしたように地面をシィタが踏むたび、一瞬で血祭りにあげられた自称元婚約者竜に次々と新たな氷柱が殺到し、突き刺さる!
氷柱での磔刑に苦しみもがいていたドラゴンは叫びながら炎に姿を変え、氷の処刑器具から脱出する。
「アアアアア! ガアアアア! ギャアアア!」
「ちょこっと小突いただけで血の記憶に飲まれて暴走? もうっ。弱い方はコレだから困りますわ。馬鹿ヴィッシュなら、あんな霜柱刺さりもしませんのに」
炎の竜は叫びながら空中を飛び回り、火を吐き出しながら暴れている。
その様子を酷薄な桃色の目で見定めたシィタは、ため息を吐きながら神術で手に氷の弓と矢を顕現した。
「空に逃げても無駄ですわ。私たち
言いながら引き絞られ、放たれた矢は一直線に燃えさかる竜へ突き進むと、本能的に身をよじって回避した竜の近くで炸裂、空に美しい氷の蓮華を咲かせた。
氷の蓮華は美しいだけでなく、藻掻く竜を捕えてピキピキと凍りつかせていく。
藻掻いていた竜が動かなくなり蓮華に包まれた氷像になると、真っ逆さまに地面へ落下していく。
「……くないっ! ぼくは弱くないぃっ!
しかし、竜の氷像は落下する途中、真っ赤に輝き始める。
「きゃあっ! ねぇ、ちょっと。そういう強さは求めておりませんのよ? ……暴走したままですし、最っ低ですわ」
氷華を散らして現れた黄金の竜が四方八方に閃光を放ち、無差別に街を爆撃する。
苦々しい表情で資質はあったらしい元婚約者を睨んだシィタは、見境無く暴れる強さを見せられても困るという内心を吐露した。
#####
怒りの形相で玄関から飛び出したルドラは、空から熱線を照射して無差別攻撃をする黄金の炎で構成されたドラゴンに唖然とする。
「何よアレ……」
「あれは火属性の汎用血統兵装アグニ。火属性なら誰でも使える可能性がある。発動トリガーは執着心。惚れっぽい火属性にぴったり」
ヴィッシュに続いて出てきた赤い伊達めがねの女教師クロエは、唖然として空を見上げるルドラに黄金の炎で構成されたドラゴンについて解説する。
「クロエさん? 惚れっぽいって何!?」
「タダの一般論。コホン、それよりもシィタ=ラクシュミーがピンチ。ヴィッシュ君、行ってきて」
言い方に引っかかるモノを覚えたルドラは振り返り聞き返すが、それを一言で切って捨てた無表情のクロエは、突然の依頼に驚くヴィッシュを闇の手で掴み放り投げた。
「うおおおお!」
投げられたヴィッシュは戦っているシィタの元へ、一直線に吹っ飛んでいく。
#####
シィタは黄金の竜に対して攻めあぐねていた。
「元婚約者に襲撃されるのは五回目ですが、火属性は本当に本当に面倒ですわ」
普通に力押しすれば一瞬で決着のつく相手なのだが、暴走しているとなれば話が変わってくる。
イド人は神力さえあれば、どんな目に遭っても生きていられる。
だが、逆に神力が無いと、どんなに健康であろうとも生きていられない。
血統兵装の暴走状態というのは制御を手放した神力を体に纏っている。
火属性の場合は炎という形で身に纏っているので、氷で攻撃しすぎると神力を削りきり殺してしまうのだ。
婚約を破棄した直後に、その相手を殺してしまうと風聞が悪すぎる為、元婚約者に襲撃されることに慣れてしまったシィタは、なんとか殺さずに制圧しようとしていた。
「しまっ!」
「がああああ!」
しかし、戦いの均衡は閃光を避けるために飛んだシィタが、崩れた地面に足を取られたことで崩壊した。
血に刻まれた戦いの記憶のままに暴走する元婚約者は目的も忘れ、体勢を崩した彼女を敵と認識して閃光を放つ。
迫る光を桃色の目でキッと見上げたシィタは、地面からせり出させた巨大な氷の壁で対抗するが、咄嗟に出した壁は神力の構成が甘く、みるみるうちに溶かされていく。
「痛っ。あううっ、もうダメかも……」
溶かされる壁と一緒に自信がなくなってきた彼女は、転んですりむいた足の痛みに涙を流す。
しくしくと泣いている実は打たれ弱いシィタに、無情な閃光が迫る!
もうダメかと思われたその時、ぶん投げられたヴィッシュが彼女に覆い被さり風の鳥を身に纏うと閃光の盾となった。
「
「来るのが遅いのよ……。馬鹿ヴィッシュ」
風の鳥は光の奔流をかき分け、主とその胸の中に抱かれた少女を守る。
閃光を受けながら問いかけるヴィッシュの意識はメイドからの教育もあり、俯き空色の髪で顔を隠す幼馴染から、攻撃を停止して乱入した自分を観察する黄金の竜に移りゆく。
「女の子が嫌がることをしては、いけないのだぞ!」
見上げるヴィッシュに、黄金の竜は開戦の咆哮でもって返答をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます