メイドさんの作戦

第10話 大物を一本釣り

 アリサの水流を放つ神術により、付近の港跡へ吹き飛ばされたヴィッシュ。


 朽ち果てた船に次々とぶつかり破壊し、ようやく止まった彼が風を纏い水上を歩いている。


 すると、港内の濁った海にうごめく影があり、ヴィッシュに飛びかかってきた!


「ん……? なんだコイツは!?」


 風属性特有の知覚能力により、水の音に振り返った彼が見たモノは、半身を浮き上がらせただけでも見上げるほどの巨大魚。

 黒いうろこは一枚一枚が金属のような光沢を放ち、大きく開かれているわけでは無いが巨体に見合った大きさの口の中には、まるで長剣が並んでいるかのような牙がひしめいている。


 海の魔物だ!


「蹴散らせ! 血統兵装ガルーダ! 何!?」


 反射的にヴィッシュの放った風の鳥は、きびすを返して潜行した巨大魚には当たらずに、海を大きくえぐるだけに終わる。


 えぐれた海はすぐに元に戻ろうとし、その場だけに大波が発生した。


 続いて自分の居る場所へ水が吸い込まれていくのに気がついたヴィッシュ。彼が跳ねるようにその場を離れると、魚が口だけを水面から出して周囲に浮いていた船の残骸を丸呑みにした。


「ック、コイツの狩り場という訳か」


 分の悪さを悟ったヴィッシュは城の方面へ一時撤退する。


 船の残骸や濁った水さえメリィの浄化で何とかしてしまえば、すぐにでも巨大魚を倒せると考えたのだ。


 巨大魚とヴィッシュの追いかけっこが始まった。


 ヴィッシュが何とか港に近づこうとすると、巨大魚は獲物を逃がさないように回り込みつつ、反撃を警戒してか体は表に出さずに、専ら海水ごと獲物を飲み込もうとする。


 次々と起こる巨大魚による海水の吸引と、ヴィッシュによる海水の吹き飛ばしに、激しい潮流が発生して周囲は渦潮で満たされ、朽ち果てた船が崩壊していく。


 海上の攻防を何度か続けていると、ヴィッシュの優れた聴覚に耳に心地よい間延びした声が聞こえてくる。


「あ~! ヴィッシュさまだ~。大きい魚!」


 海上で巨大魚に追いかけ回されるヴィッシュに、食料調達の為に大きな竿で釣りをしていたチュリが港の防波壁の上で手を振っている。


「チュリか! 手伝いを頼めるか?」


「おまかせ~! よいしょ! それ!」


「うおお!?」


 ヴィッシュの要請に応えた彼女は釣り竿を上手に使い彼を軽々と釣り上げると、あろう事かそのまま海の上でフラフラとさせた。


 その動きに巨大魚は夢中になって追随している。


 キラリと目を光らせたチュリがヴィッシュを勢いよく引き上げると、巨大魚もそれに釣られて飛び上がった!


 港の高い防波壁を飛び越えて陸に打ち上げられた巨大魚は、元気良く跳ねて残されていた廃墟群をプレスしていく。


 ヴィッシュは防波壁の上であるチュリの横に軟着陸させられた。


「ちょっと、待っててね~!」


「構わんが、まさか俺を餌にするとはな」


「お~きな魚取りのお手伝いをしただけ、だよ~!」


 皮肉を言うヴィッシュの背中に食いついた針を手早く抜いた釣り人メイドは、その場で服の裏地に神術製の当て布をして繕うとにっこりと笑い軽く流した。


 戦士階級クシャトリヤの服は頑丈だが行き過ぎると破れるので、応急処置はちょっと雑なのだ。


「やっちゃうよ~! 雷の聖剣インドラ!」


 大きな魚が捕れて嬉しさいっぱいと言った風なチュリは、神々しい剣を収納の神術で取り出すと掲げて名を告げる。


 すると、空は突然の暗雲に包まれて周囲は暗くなった。


 雷鳴が轟く!


 次々と降り注ぐ落雷により陸に飛び出した巨大魚の総身が、荒々しくスパークし光り輝く。


「あれれ~? 小さくなって弾けちゃったよ?」


「神術か何かで巨大化していたのかもな。む? 光り物が見えるぞ」


「本当だ~! 見に行ってみよ~」


 残念そうなチュリの言うとおり、雷に打ち据えられた巨大魚はみるみる小さくなっていき、最後は自らが食い漁ったモノを収めきれなくなってはじけ飛んだ。


 後に残ったキラキラ光るモノを見に行くために、防波壁を金属はしごで下りる二人。


 先に降り始めたヴィッシュがチラリと上を向くと、それを想定していたらしいチュリがスカートの後ろを押さえつつ、はしごの横をレールのように使い一気に降下して変態の後ろをとった。


 そのままヴィッシュに肩車の要領で乗ったチュリ。


「おも……」


「くないです~。見物りょ~だよ!」


「見えてないが……。仕方あるまい」


「わぁ~。楽ちん~」


 聞こえないふりをした彼女はポポンとドライフルーツを神術で取り出し、搭乗料だと一欠片ヴィッシュの口へ放り込みつつ、自分でもモチョモチョと食らいながら頭をつかんでバランスをとる。


 黙々と二人分の重さを下へ運ぶヴィッシュ。


 彼としても自らの行いに、少し思うところがあったのかもしれない。


 偶然を必然とすることに対する葛藤に揺れるヴィッシュは、紳士としての境界に立っている。


 無事に一番下まで到着した二人は、チュリがはしごを伝って降りる方法で分離すると、巨大魚がはじけ飛んだ場所へ見物に行く。


「ぐ~ぜんも良くないケド、さっきみたいなのは嫌われちゃうからね~」


「そうなのか? 何故だ?」


「嫌がることをワザとしちゃダメだよ~!」


「なるほど……。すまなかったな」


「わかれば、よろし~! 戦士階級クシャトリヤにこ~ゆ~のを教えるのも奉仕階級シュードラのお仕事だからね~!」


 素直なヴィッシュと、ちょっとした作戦の成功にチュリはニッコリ笑った。


 彼女はクロエからの頼みで、ヴィッシュが立派な戦士階級クシャトリヤになれるように、勉学を怠ったせいで欠けてしまっている常識を教えているのだ。


 メリィの方は真面目なようでいて暴走するタイプなので……。


 あと、単純に今後の労働環境の改善が目的であり、賢いチュリは仕事はやりやすい方が良いと思っている。


「わあ! 金ぴかだ~!」


「これは……随分な物が釣れたな」


 到達した巨大魚の着地地点には、魔物の腹にたまっていたらしい輝く財宝の山が築かれていた。

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