15:コミュ障とコミュ強


「……そういえば、ストローはもう子供を作ったんだってな」

「あぁ、そうだ。相手はSランクのメスなんだが……って、お前に言ったか?」

「行こう」

「え?」


 目を瞬かせながらこちらを見つめるシーザーを横目に、俺はもう一度言った。


「仔狼には……その、少し興味がある」

「へぇ、それはいいな!行こう、コッチだ!」


 シーザーは満面の笑みを浮かべると、俺の返事など聞かずにどんどん先に進んで行った。シーザーはいつもこうだ。言いたい事を好き勝手言って、こちらの返事などものともしない。でも、鼻が利くのか、こちらが本当に踏み込んで欲しくない所には決して踏み込んでこない。


 だから、ウザイけど、気楽でもあった。


「なんだ?ストロー」

「くぅ」


 歩きながら互いに視線を交わし合うシーザーとストローの姿に、俺は何も居ない自分の足元をジッと見つめた。


◇◆◇


 くぅくぅくぅ。


「……わぁっ」


 ここは、天国か。

 生まれたての狼の赤子が重なり合って転げ合っている姿に、俺は思わず大声を上げてしまった。


「可愛いだろう。ちょうど一週間前に生まれたばかりだ」

「一週間……!」


 自慢げに俺に話しかけてきたのは、この家の主だ。メガネをかけ、整えられた顎髭を携えた男の立ち姿は妙に洗練されており、一見すると全くブリーダーには見えない。どちらかと言えば舞台役者か何かだろうか。


「いいな。母親も子供も毛艶が良い。良い狼だ」

「ほぉ、分かってるじゃないか。さすがは腕の立つテイマーは違うな」

「いや、俺は別に……」


 相手から流れるように放たれた褒めに、居心地が悪くなる。別に、俺は見たままを口にしただけだ。

 シーザーによって連れてこられた家は、城下町から少し離れた場所にある広大な農地の真ん中にあった。家の中は暖炉の炎に照らされ、暖かな光が壁を照らしている。


「それに、まさか驚いたよ。珍しくシーザーがテイマー仲間を連れて来たと思ったら、それがあのイアン・アンバーなんてな」

「それは、どういう意味ですか」


 ブリーダーの男のカラリとした言い草に、特に嫌味は感じられなかったが「〝あの〟イアン・アンバー」という言い方が引っかかった。イアンなんてありふれた名前だろうに。どうして、こんな個人名の前に指示語が付くような事になっているのだろう。


「いや、別に悪口でもなんでもないさ。ただ、君はこっちの界隈じゃ、二つの意味でとても有名だからね」

「二つの意味?」

「あぁ、そうさ。一つは、テイマーとして並外れた腕前。そして、もう一つは――」


 ブリーダーの男は、その形の良い眉を愉快そうに動かすと、言葉に笑いを含みながら言ってのけた。


「イアンとは絶対に目が合わないって」

「いや。そんな、ことは」

「そうか?君はここに来て、狼以外と目を合わせたかな?」

「……すみません」


 それは、人間と目を合わせると面倒……いや、違う。俺がコミュ障だからだ。人見知りだし、会話が苦手だ。それを、前世では「アイツらがつまんないからだ」って尖った事を口にしていたが、なんの事はない。


「俺、つまんないヤツなので……」

「いやいや、そんな話はしていないだろう」


 あまりにも居たたまれなさ過ぎて、俺は更に視線を落とした。ただ、その間も、生まれたての仔狼達の「くぅくぅ」という鳴き声のせいで、口元が緩むのを止められない。

 あぁ、なんて可愛いんだ!


「へへ」


 仔狼が可愛すぎて、場にそぐわない笑いが漏れてしまった。ヤバ。恥ずかし。


「君は本当に狼が好きなんだな」

「あ、いや。えっと」


 ブリーダーの男からの、微かに驚きを帯びた声に、俺は思わず手で口元を隠す。


「君が凄腕のテイマーだと言われている理由が、分かった気がする。君は狼の事しか見てないからな」

「……すみません」

「別に謝る事はない。狼は自分を見てくれる相手を、それ以上の気持ちで見ている。だからこそ、良いテイマーは得てして並外れた狼好きが多い。シーザーもそうだ」


 そう、チラと部屋の片隅を見やったブリーダーの男につられ、俺もそちらを見てみる。すると、そこには一匹のメスに寄り添うストローと、それを嬉しそうに見つめるシーザーの姿があった。


「ただ、そういうヤツは狼に夢中な分、独り身が多い。シーザーのヤツもそうさ。アレだけの器量を持ち合わせてるのに女の一人も作りゃしない。キミもだろ?」

「……俺は、アイツと違ってモテないだけで」

「別に女にモテたいとも思っているワケでもないだろうに」


 まぁ、否定はしない。

 でも、それをわざわざ口に出すと、シーザーと違って容姿が至って凡庸な俺は負け惜しみを言っているように取られかねないので何も言わない。人間というのは、口にした言葉以上のところまで踏み込んできて面倒だ。とにもかくにも、沈黙は金である。

 それなのにっ!


「まぁ、俺も、テイマーではないが狼に夢中過ぎて女房に逃げられたクチさ!だから、イアン。キミの気持ちは分かる!俺達みたいな男のパートナーは一生狼で十分だよなぁ?」

「いてっ。いてっ……あの、痛いんですけど」

「あぁ、悪い悪い。つい良い場所にキミの背中があるもんだから!」

「……あ、いや。ちょっと」


 ちょっ、このブリーダーの男は一体なんだ!初対面など気にした様子もなくやたらとグイグイ来るし!そもそも、最初からずっと距離が近い!そして、馴れ馴れしい!こんなのまるで、シーザーのようじゃないか!

 いくら狼が可愛くとも、もう無理だ。なにせ、俺は人見知りなんだから。


「おい、シーザー。そろそろ俺はかえ……」


 そう、俺がストローとその奥さんに夢中であろうシーザーに声を掛けようとした時だった。俺の言葉に被せるように放たれたシーザーの言葉に思わずギョッとした。


「なぁ、オヤジ。ちょっといいか」

「どうした、シーザー。何かあったか?」


 は?オヤジ?


「はぁっ!?」


 突然目の前に提示された新しい情報に、俺は普段では絶対に他人の前では上げないような大声を上げてしまった。


「なんだ、どうした?イアン」

「何かあったのか?」


 そんな俺に、シーザーとブリーダーの男が驚いた顔でこちらを見ている。


「……なぁ、オヤジって。あの、もしかしてここは」

「あぁ、言ってなかったか?ここは俺の実家だ」


 聞いてねぇよ!

 道理でここに来た時も家主の出てこない中ズカズカと入って行くと思ったよ!クソ、まさか、シーザーの実家に連れてこられていたとは。


「まぁ、そんなのはどうでもいいだろう。些細な事だ!」

「あぁ、友達の家なんだから遠慮せずゆっくりして行きなさい!」

「……」


 ギョッとして並んだ二人を見てみれば、あぁ確かにそうかも、と納得できるくらいには顔が似ている気がした。

 そして、シーザーの家だというなら尚の事早く帰りたい。こんな距離感バグッた奴らと一緒に居たら、ストレスで胃に穴が空いてしまう。


 ご近所付き合いすら無理過ぎて、一人で森の中に住んでる俺を舐めんな!



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