9:似たものネーミングセンス

「聞いたぞ、イアン?お前、あのセルゲイ氏の使い魔の依頼を受けたらしいな?」

「……」

「お前は森に引きこもってるから知らないんだろうが、とんでもない相手の依頼を受けたな?セルゲイ氏は俺達テイマーの間じゃ、問題貴族の一人だ」

「……」

「金払いは悪い、性格も悪い。そして、何かにつけて依頼内容にいちゃもんを付け、無理難題を要求してくる事で有名だからな」

「……」

「一匹狼を気取って一人行動ばかりしてるから、こういう情報も共有出来ないんだ。悪い事は言わない。今からでもセルゲイ氏との契約は取りやめた方がいい。時間の無駄だぞ」


 いや、俺にとってはこの時間が一番無駄なのだが。

 と、喉まで出かかった言葉をグッと引っ込める。ここで無駄に返事をすると更に面倒な事になるのは、これまでの経験で立証済だ。沈黙は金である。


「まさか、そこに居るのがセルゲイ氏から預かった狼か?」

「……」

「ふうん。なんだ、普通だな」


 あぁ、うるさい。だからシーザーは嫌いなんだよ!

 普通、ここまで無視したら他の人間は諦めて離れて行くってのに。そう、俺がシーザーから完全に背を向けようとした時だった。


「……グル」

「ん?」


 シーザーの足元に、真っ黒な艶のある狼の姿があった。この黒狼は初めて見る。長毛種のようで、太陽の光に照らされた毛先がキラキラと輝いていた。年の頃は、くつしたと同じくらいだろうか。凛とした座り姿がとてつもなく美しい。シーザーとは似ても似つかないほど、静かな瞳をしていた。


「……きれいだ」


 思わず漏れた声に、シーザーは間髪入れずに自慢げな声を上げた。


「いいだろう?俺の新しいパートナーだ。東洋種の黒狼で、なかなか人に懐かないが、一度主を認めると絶対的な服従を示してくる。腕に自信があれば、一度は手にすべき種類だな」

「……」


 聞いてもねぇのに説明をどうも。

 俺はシーザーではなく黒狼の方を見ながら、止めどなく空気を揺らす説明を聞き流した。ただ、シーザーには興味は無いが狼の事は気になる。本来であれば、一言も言葉を交わす事なくシーザーに背を向けるつもりだったが、気になって思わず口を開いてしまった。


「……名前は?」

「コイツか?」

「あぁ」


 今更お前の名前なんて聞くかよ。

 ソロリとシーザーを見やれば、口元に自信満々の笑みを浮かべるシーザーと目があった。うげ、と再び視線を黒狼に戻そうとした時だ。俺は思わず耳を疑った。


「ストローだ」

「……え」

「あぁ、コイツの名前。ストローって言うんだ。良い名前だろ?」

「ストロー……」


 なんだ、その名前。

 俺は前世の日本でジュースを頼んだ時に必ず突き刺さすアレを想像しながら復唱していた。俺は、アレの先が曲がる方を何度もジュース側に突き刺してしまった思い出がある為、その記憶とセットで妙に苦い響きに聞こえてしまう。


「どうして……ストローなんだ?」

「ストローというのは、極東の言葉で全てを吸い上げる気高き神という意味だ。この子にピッタリだと思ってな」

「……へえ」


 まぁ、確かに全てを吸い上げるモノではあるが……。


「っぶ、っく」

「ん、どうしたイアン。ストローがどうかしたか」

「……いや、なんでも。っふ、ふふ」


 やめてくれ。そんな凛とした立ち姿でストローって何だよ。笑っちまうだろうが。

 それに、シーザーの無駄に女にモテる洗練された顔立ちと、見事な金髪の見た目のせいで、謎の日本語Tシャツを着て悠々と町中を歩く海外勢にしか見えなくなってしまった。笑いを堪えるのが苦しい。


「まったく、変な奴だな。……まぁいい。ちなみに、その子は何て名前なんだ?」

「あ、えっと。くつしただ」

「くつしたぁ?」


 俺が笑いの隙間に〝くつした〟と答えた時だ。それまでこれでもかというほど自信満々だったシーザーの表情が、くつしたをまるで可哀想なモノでも見るような目で見下ろした。


「ひどいな。セルゲイ氏は名付けのセンスもないのか」

「……は?」

「もう少しまともな名前を付けてやればいいものを。よく見れば、その子も立派な毛並みと体つきだってのに。可哀想だな。イアン、お前もそう思わないか?」


 ストローって名付けたお前にだけは言われたくねぇよ!と、今度こそしっかり言い返そうとした時だった。


「……こっち、みて」


 どこからともなく〝声〟が聞こえてきた。


「……ん?なんだ、イアン、何か言ったか?」

「いや、俺はなにも」

「こっち、みて」

「っ!」


 いや、これは俺の声じゃない。この、少し高くて寂しそうな声は――。


「……くつした?」


 目が合った。そこには不安そうな目でジッと俺を見ているくつしたの姿があった。あれ?俺は今まで何を見ていた。


「おい、イアン。もっとハッキリ喋れよ。聞こえねぇだろ」

「帰る」

「は?……って、おい!イアン!」


 俺は後ろから聞こえてくるシーザーの声などまるきり無視し、くつしたのリードを引いてその場を離れた。くつしたは黙って俺の隣を、歩調を合わせて歩く。ここ最近、随分と俺の言う事を聞いてくれるようになった。


「くつした」

「……」


 ただ、今は名前を呼んでもいつものようにこちらを見上げてはくれない。


 犬の躾は視線を合わせてやる事から始まる。

 それなのに、俺は一体何を見ていた?


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