第九十九話 カタログ




 


 俺が新たなカタログ冊子を手に取って開くと、そのカタログには妙なカテゴリーの物ばかりが載っていた。


 表紙には贅沢品・嗜好品と書かれている。

 ……贅沢品?

 どれくらい“贅沢”なのか、興味半分でさらにページをめくった。


 そこには、帝都の工房で焼かれた陶器の茶器セット、百年物の熟成酒、魔導歌劇の名盤を再生するための特注音響石など、一目で「高そう」とわかる品々が並んでいた。

 ……確かに、贅沢品だ。


 ふーん、と思いながら見ていったが、俺はあるページで、ふと手が止まった。

 変な物が混ざっていた。

 

 『伝説の品・失われし遺産の手掛かり』――そんな見出しから、ページが始まっていた。


 ……またロマンに寄った見出しだ。

 そう思いながらも、なぜか俺のページをめくる指には妙に力がこもっていた。


 他のカタログには既に、金銀財宝があった。

 今、見ているページに並ぶのは、宝そのものではない。

 

 妖精の瞳石。数百年前の戦王が遺した金剛の槍。大海嘯で沈んだ王国の冠。

 ……そんな所謂、伝説の秘宝の在り処――を示す手掛かり。宝の地図だった。


 宝の存在を示すとされる断片や記録、古文書みたいなのが並べられている。 

 まだ見つかっていない宝を独占出来るかもよ、ということなのだろう。


 宝探し。そう考えると、少し心臓が高鳴った。

  

 基本的に知らない宝ばかりだったが、ある一つが強く目を引いた。

 “ユーレン”で、旅の一座が語っていた物語でたしかこんなのがあった気がする。


 紅砂の古代都市イシュ・カルシナ。その都市に眠る秘宝。強大な力を手に入れられるという伝承があり、今まで高名な探検家が二度と帰ってこなかった場所だと記憶している。

 旅の一座も、その行方不明になった内の一人の探検家について語っていた。

 幾多の遺跡で大金持ちになったその探検家の、最後に確認された足跡は、紅砂の古代都市イシュ・カルシナの入口でした。ちゃんちゃん。で終わってた。

 

 たしか……紅い砂に埋もれた、地下が本体の神殿都市? のような構造の場所らしい。それに強大な力ってどれくらいだろうなあ。あったらいいかもしれない。


 カタログで売られているのは、風写盤セフィロ・メムとかいう、変な物だった。

 薄く湾曲した透明な水晶板に、小さな線が複雑に走っている奇妙な遺物。直径は約30センチぐらいだ。

 短い説明文では、一定の角度から強い光を当てると地形のような模様と古代文字が浮かび上がるらしい。

 それは地図の可能性が高いんだとか。どちらにしろ、大切に保管されていたらしく、重要な物である確率は高いようだ。  


 前世でいう徳川埋蔵金だ。

 胡散臭い特番の冒険や財宝の話。

 何より“本物”だ。 

 

 そんな宝の核へ至る、手掛かり。

 これが買えるというのは、凄いことだ。しかも、物もここ“エリュディア”にあるようなので、待つ必要は無くすぐに受け取れる。

 リアル宝探しというのは、なぜこうも、俺の気持ちを誘惑してくるのか。場所を完全に一から探すとかなら、労力的に無理だが、場所が判明しているというのはかなり大きい。この街よりはるか西方。遠いが、一応中央地域の範疇だ。


 そのページで固まって長考してしまっていたのだろう。


『これが気になるの?』


 ルミエラが、不思議そうに首をかしげる。


『ああ……宝探しはロマンだからな。少し惹かれてしまっている』


『宝探し……ロマン。ふふ……楽しそうな顔。アンタの新しい一面が見れたわ』


 ルミエラは尚も、集中して悩んでいる俺の顔を物珍しそうにチラチラと見てきた。俺の宝探しへの憧れを知って、なんだか嬉しそうにニコニコ笑っている。

 

 


――――――――――――――――――――――



 

「こちらが気になるのでしょうか……?」


「ああ。探検家とかが欲しがりそうだが、どこから見つけ出したんだ?」


「……見つかったのは最近ですから。魔族に滅ぼされた貴族の家の蔵を押収した際に、発見されたものです」


 女役人はまだ俺が恐ろしいのか、手がかすかに震えながら、風写盤セフィロ・メムを眺める俺に丁寧に解説してくれた。


 値段はかなり高いし、判断がつかない。

 でも、子供の頃に抱いていた現実味のなかった夢物語が、突然“手が届く距離”にまで迫ってきている感じがして、無視するにも心が傾き過ぎている。


『充分買える値段だし、買えばいいじゃない。ブレイブ……手が震えてるけど、何がアンタを躊躇わせているの?』


『……そうだな。沢山の探検家が行方不明っていうのが……怖いんだと思う』


 ルミエラは俺の不安の吐露に対して、パチクリとまばたきをした後、困ったような顔でこちらを見てくる。


『……ほんと、たまにびっくりするような事を言うわね』


 その声には、責めるでも笑うでもない、深い戸惑いがにじんでいた。

 ルミエラは俺の胸にそっと手を当ててくる。


『その古代都市は人間の造った物なんでしょ? どんな罠があろうと、どんな仕掛けがあろうと――』


 ルミエラは静かに、だがはっきりと告げた。


『――アンタなら、全部を蹂躙できる。私は、そう思ってるわ。例え、その行方不明になった探検家が実力者だったとしても、よ。人間で云う実力者は多分、アンタが今日ちぎった魔将と変わらない筈。それより強いなら、怪物とかそんな風に隔絶した存在として謳われているわ』


 ルミエラの瞳には、一片の迷いもなかった。

 自分の力については、理解していたつもりだ。俺は弱いなんて、勘違いするようなことは無い。

 

『それは……まあ、そうか』


 俺に死の恐怖を与える存在が――そんな四天王みたいなのがそうそういるとは思えない。 

 いや、でも罠とかは危ないか。……矢が飛んで来ても、鉄製品なら俺を傷つけることなく砕けるしなぁ。


 ギルド職員のアンドレさんの話……そして、レギングルスさんの「小さくまとまるな」、力があるのなら、出来ることは多い。ということを聞いたからだろうか、俺はこの宝探しに乗り気になった。


 人間が滅びゆくこの世界だ。終活を始めてもいいかもしれない。今やりたいことを悔いなくやる!

 大きなこと――宝探し、という夢をここで叶えておこう。


 風写盤セフィロ・メムの購入に、かなり前向きになってきた中、ルミエラは『それに――』と呟いた。


『忘れてない? “私がついてる”ってこと』


 楚々とした微笑みを浮かべて。


『やりたいんでしょ? 行きたいんでしょ?

 だったら、迷わないで。私たちなら大丈夫。伝説の宝の一つや二つ、古代都市ごと吹き飛ばして見つけちゃいましょ!』


 さらりと、けれど優しく、そう言った。

 恐れる気持ちが、ほとんど消えた気がする。まあ舐めていると足下を掬われるので、完全には消えていないが。


「……これを買う」


 女役人に俺は他の物の購入を置いて、いの一番に告げた。

 受け取った布に包まれた水晶板は、思ったよりも重く、かすかに土の匂いがした。

 表面には古代語っぽいの文様が刻まれている。


 抱えるようにして持つうちに、笑いが込み上げてきた。


『ところで……』

 

 ルミエラが、ふと思い出したように訊いてきた。


『……光に照らしたら、浮かび上がってくるらしいけど、模様はともかく、古代文字がこの表面の字だとしたら、読めないわね。ブレイブ……翻訳とか、意味は、分かるの?』


『……できないし、分からない』


 正直に答える。手掛かりが全く読めないという、とんでもない事態。だが、それが冒険の終わりを意味するわけじゃない。むしろ、始まりだ。調べ甲斐がある。

 

 あと、古代都市というのは、これから魔族から隠れる為にとても選択肢としてアリだ。リスのように、長い期間保存出来る食糧を隠そうと思っていたが、その場所として。


 行方不明になる危険地帯。なら、そこを“隠れ家”にすればいい。

 物資を備え、食料を隠し、万が一の時に逃げ込む“秘密基地”を作る。


 果たして、途中で断念することになるのか、そもそも宝が本当にあるのか、色々と問題があるので、正直、そこまでの期待はないが、楽しみだ。


 宝探しをすることに意味がある。

 ルミエラと……一緒に本物の宝探しを俺はしたい。


 よし、この大都市“エリュディアには”図書館があるみたいだし。明日、そこで今まで分かっている情報を集めるか。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る