亡くなるまでの2週間①

私はコロナ以降リモートワークとなって、1年半ほど前から仕事が終わったあと、夜に1時間ウォーキングする生活を続けています。

そんな私の生活リズムを把握したのか、私が玄関を出るとトラが待ち構えていて、「キャッ、キャッ、ニャー」

と独特な鳴き声で出迎えるようになっていました。


私が歩き出すと一緒についてきてしまって、道路でも平気で歩いてきてしまう。

車通りの少ない近所であれば一緒に歩くのもいいけど、ウォーキングするのは少し離れた水辺なので、さすがに危険。

そこで、トラが私についてこないように、玄関前に好物のカリカリを置いて、食べている間に出かけるという方法でごまかしていました。

ウォーキングから帰ると、ご飯を綺麗に食べ終えたトラが待ち構えていて、私の帰りに気づくと足元にすり寄って来て、私はしばらくの間撫でてあげて、バイバイする。

……それが私のトラのルーティンになっていました。


亡くなる2週間前。

私はいつも通りに玄関前にカリカリを置いて出かけました。

出かける前にちらっとトラの様子を見ると、餌箱の前に座ってはいるけれど、食べる様子はなく、こちらを見ている。私は、

「味に飽きたのかな。今度は違うキャットフードを買って来よう」

などと思いながら、出かけました。

ご飯は食べていないけど、ついてくる様子もないから、特に気にせず出かけました。

帰ってくると、カリカリはそっくりそのまま残った状態。

お昼をたくさん食べて、お腹が空いていないのか、やっぱり飽きちゃったか、その程度にしか考えていませんでした。


翌日からの2、3日は強い風や雨の日が続き、ウォーキングを中止して外に出ないでいました。

ようやく雨も風もない日になり、ウォーキングに出かけました。

ドアを開けると、いつもなら玄関で待っていてくれるはずのトラがいない。

たまにすっぽかしちゃう日があったし、この日もさほど気にはしていませんでした。

しかし、その翌日もやはりいない。


さすがに心配になっていると、一緒に住んでいる母が翌日の昼に

「トラちゃん、調子が良くないみたい。あんまりご飯食べないの」

と言ってきました。


庭に様子を見に行くと、のんびり日向ぼっこをしているトラ。

冬の寒さが続き、春に向かうにつれて花粉も飛び始めたせいか、鼻のまわりはガビガビしているものの、特に息苦しそうな様子もなく、呑気に寝ているだけに見えました。

目の前まで近づくと、びっくりしたように顔をあげましたが、私だと気づくといつものように喉を鳴らして顔を擦り付けてきました。


私はこの時になって、ようやく気付きました。

トラは私の家族以外には警戒心が強く、足音には敏感で、知らない人が近づくとさーっと逃げてしまいます。そんなトラが、こんなに至近距離まで近づかないと気づかないくらいに、耳が遠くなってしまっていました。

元気そうに見えても、十五年生きているお婆ちゃん猫なのです。

当たり前のことなのに、あまりにも元気そうで、気づくことができなかった。


口元をよく見たらやや爛れていて、歯槽膿漏か何かになっているようでした。

……カリカリなんてあげていた私を殴ってやりたくなりました。

あの状態で、そんなものを食べられるわけないじゃないか。


鼻や口以外は何ともなくて、毛皮ははげている部分もなく滑らかで、綺麗な状態。

だから、まだまだ元気でいてくれると、勝手に安心していたのです。


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