2話 復讐の始まり



 目を開けると黒い天井だった。

 身体が重く動かない。


 (ここはどこだ?)


 なんとか動く首で当たりを見渡してみる。

 目に映るのはごく一般的な寝室だ。

 内容までは分からないが本棚には本がびっちりと詰まっている。あとは大きめの机が置いてあり、そこにも上に本が何冊か乗っていた。この部屋の持ち主は読書が好きなようだ。


Q.「目が覚めたかい」


 「!!」


 いきなりの問いかけに驚く。その声は見渡していた方角とは逆側からしてきていたのだが、気配が全くしなかったので一瞬敵襲かと思った。


「……誰?」


「元気そうだね」


 青年は1冊の本をパタンと閉じ、笑った。


「ヴィランに燃やされてたんだよ君。危うく黒焦げ。まあ結構重傷だけど」


「っ!通りで……」


 さっきから全身が刺すように痛むわけだ。

 すると青年が鏡を持ってきた。全身が映るタイプのものだ。それを見て驚愕した。全身包帯だらけで、包帯の隙間からは痛々しい火傷の痕が見えている。よくこれで生きているなと思えるくらいの重傷だ。


 それにしても……。


 (この人は僕をどうやって助けられたんだ?消防車を手配するまで待つのは時間がかかる)


 そう、消防車を待っている間に臣做おみなは黒焦げになってしまう。だとすると、この人はヒーローで水を操る能力者だと考えるのが妥当だろうか。その証に錠を首から下げてはいる。

 ……のだが。


 (どういうことだ?黒い錠なんて初めて見たぞ?)


 青年の付けている錠は一般的な金色の錠ではなく黒いのだ。黒い錠なんて今まで聞いたこともないし、授業でも学んでいない。


「これが気になるのかい」


「あ、……まあ。」


 あまりにも食い入るように見ていたからか青年がそれに気付いたようだ。錠のことを説明してくれるらしい。正直気になっていたので助かるといったら助かる。


「これね……普通のヒーローは手に入れられない錠、言わば『ダークヒーロー』の錠だ」


「ダーク……ヒーロー、だと?」


 聞いたことがある。授業の一環でだ。

 ヒーローに生まれてきたのにも関わらず、その使命を全うせずにヴィランとして行動しているものが名乗っている名義。それが『ダークヒーロー』。

 つまりただの責任逃れ。それどころか一般市民にも手を出すような……。


「一般市民には基本的に手は出さないよ?」


「は?」


 心を読まれた、気がする。


「僕らが手を出すのは基本的にヒーローだ。調子に乗ってるようなヤツら。例えばそうだな、あの桃色の髪の少女みたいな」


「!!零無れいなちゃんに手を出したのか!?」


「まだ出してないけど。そんなにあの子のことが大事?」


 零無れいなは、臣做おみなのバディである。ヒーローは活動するにあたってバディで活動することが多く、臣做おみなにとってのバディは彼女しかいなかった。適正がいなかったのだ。


 臣做おみなの異能力、主人公ヒーローはあまりにも強力だ。強力すぎて他人を傷付けてしまう事がある。だが零無れいなは違った。彼女の異能力は特殊なもので、主人公ヒーローの厄介な部分をあまり受け付けなかった。そのため臣做おみなは彼女を頼りにしていたし、零無れいなも彼を慕っていたはずだ。


「ねえ君さ、僕の仲間にならないか?」


「!?」


 こいつは命の恩人だ。だがこいつの仲間になるということは、自分がダークヒーロー……つまりヴィランになるということだ。


「なるわけないだろ!」


「何故?」


「何故って……それは零無れいなちゃんのこと裏切れないし何より」


 一呼吸おいて告げる。


「僕のことを期待してくれている一般市民のことを裏切るなんてできない!」


「……そう」


 なんとも言えない空気が流れる。

 静寂が場を支配していた。


 その静寂を振り払ったのは、青年の方だった。


「あのさ、この本ね。真実がわかるんだ」


「……え」


「例えば」


 こんな風にね?


 ……そこに映し出されたものは。


「あいつヒーローのくせにヴィランに負けてるーうけるんだけど」


「ヒーローがそんなんでどうする!市民がやられたらどうするんだ雑魚!」


「ママ、あのお兄ちゃん弱いよ……」


「しっ、見たらいけません!」


 ……そんな野次の嵐。


「!?!?」


 嘘だ。

 こいつが嘘を吐いているに決まっている。

 大体なんだ?真実を映す本って、そんなものあるわけがない。


「信じられないならこれも見る?」


 次に映し出されたのは何気ない朝のワンシーン。


臣做おみないつまで寝てるの!早く起きなさい!」


「ん……おはよお母さん」


「早く準備しないと遅れるわよ!ほらカバン持って」


「はーい」


 ――――


 信じられない。これは臣做おみなの朝起きてからの母との会話だ。まるでビデオを見ているかのように、1字1句同じことを言っている。


 まさか、そんな。本当なのか?あの本。


「信じてくれたなら最後にこれを。これを見たらでいいよ。仲間になってくれるかどうかは」


「……臣做おみななんてどうでもいい」


 マフラーに手を掛ける零無れいな

 嫌だ。その先は聞きたくない。


「私はクナイくんがいいの」


 ぷつん。と何かが切れる音がした。


 ――――


「どうだい?君が守ろうとしてきたものは案外君の事を大切に思っていなかったみたいだ」


「…………」


「選択しろ疾石臣做とういしおみな


 青年はサングラスをかけ直して言う。


「もう1度聞こう。僕の仲間にならないか?」


 ――――仲間になって、復讐しないか?


 もう臣做おみなの瞳に以前のような輝きは無かった。


「…………貴方の目的は、なんだ」


 それだけが気がかりだった。臣做おみなはもうヒーローとしての努めとかはどうでも良かった。だが、ただヒーローが気に食わないからヴィランとして生きる、というのでは少々理由として弱いと思った。

 

「……僕は、救世主ヒーローになりたい」


 青年は答えた。その目は以前にヒーローとしての努めを全うしていた時の臣做おみなのように真っ直ぐだった。


 おもしろい。と思った。この人となら、面白い世界が見れるんじゃないか?今までヒーロー、ヒーローとばかり考えてきた自分。そんな自分の価値観をぶち壊してくれるそんな存在に思えた。


「わかった。仲間になろう、これからよろしく……えっと」


喰々流惡トくぐりゅうあくと。あっくんでいいよ」


「……よろしくお願いします惡トあくとさん」


「……真面目だね君」


 ここから、疾石臣做とういしおみなのヒーローによるヒーローへの華麗なる復讐劇が始まるのだった。


 

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