ヴィランズアクター

幾羅

第1話 焔

1話

「キャー!!!!」


 人々が行き交う早朝の渋谷、突如として若い女性の叫び声が響き渡った。

 その声に反応したサラリーマンや学生たちが振り返る。


「離して!」


 見ると中学生くらいの少女が屈強な男に腕を掴まれている。少々乱暴なナンパのようだ。


「へへっ、いいじゃんかねーちゃん。かわいいねぇ」


 男は見るからにガラが悪く、頭には入れ墨が入っている。褐色の肌が日に照らされていた。


「嫌って言ってるでしょ!誰か!助けてください!」


 そうは言われても屈強な男に我こそはと挑んでいくような勇気のある人間など居ない。ここが欧米なら違うのかもしれないが、ニホンだ。銃など持っている人も『少ない』だろう。


「行こうぜねーちゃん。あっちで話でもしよ」


 そう言いながら半ば無理やり少女の腕を引っ張る男。その時、ザッと音を立てて2人の人物が現れた。

 1人は男子高校生で、背中に大きめの黒いリュックサックを背負っている。頭髪は短めの黒髪で至って普通の高校生といった外見をしている。

 もう1人は女子高校生だ。桃色の頭髪をポニーテールにし、整った顔立ちをしている、所謂美少女。首には秋口なのでマフラーを巻いているが、何故か『I LOVE OMINA』と書いているのが謎である。


「!!その錠、ヒーローか!」


 2人の首元には金色の錠が輝いている。

 そう、彼らは『ヒーロー』と呼ばれる存在である。


 ヒーローとは、生まれたときより錠を与えられし者のことだ。神によって選定される。それを持って生まれたものは大体98%の確率で異能力を持っており、その力を使い人々を助けることを生きがいとしている。


 反乱を起こすものはいないのかと考える者もいるだろう。答えは否だ。錠を持って生まれたものは神により『人々を守るように』プログラミングされて生まれてくる。そのため、皆がそれを使命だと感じているのだ。反乱を起こそうと思い立つものがいたとして、それは神にとって重大なバグだ。すぐに抹消されるだろう。

 反乱を起こすことは、神に楯突くのと同じことなのである。


「その手を離せ」


 男子高校生の方が男に告げる。

 だがそこで引き下がる男ではない。


「あ?なんでてめぇなんぞに俺が命令されないといけねぇんだ?」


 太陽に照らされて3つの影が伸びる。


「なあお嬢ちゃん?ヒーローなんかより俺と居たほうが楽しいよなぁ?」


 そう言いながら頭をグイッと体に引き寄せる。少女は小さな声で「ひっ」と声を上げる。相当怖いのだろう。当たり前だ。


「怖がってる、やめて」


 女子高校生がやめるように諭す。

 それが男の事線に触れたようだ。

 

「……あのさぁ。さっきからヒーローごときが」


 少女から手を話しマウンティングポーズを取る。


「うるせぇんだよ!!」


 そして一気に距離を詰めながら右手を振りかぶった!


 のだが。


 ゴッ。


「がっ……」


 うめき声を上げたのは男の方だった。

 男子高校生が男の頭蓋骨に蹴りを入れたのだ。見事なカカト落とし。威力は屈強な男をダウンさせるのに十分だった。


「あのさぁ、ヒーローのこと見くびりすぎ。ヴィランごときがヒーローに勝てるとでも?」


 おおー!!!!!という歓声とパチパチパチという拍手に包まれる。そこにいる野良みんなが彼らを祝福していた。


「あの!」


 腕を掴まれていた少女だ。


「た、助けてくれてありがとうございました……!」


 2人にぺこりとお辞儀をする少女。とても礼儀正しく、近くで見ても可憐な顔立ちをしている。男に狙われる訳だ。


 女子高校生はそれに対し、にこっと微笑みその場を後にしようとする。

 男子高校生は。


「ん。これもヒーローの努めだよ」


 そう言いながら少女の頭に手を――。


「ちょっとまった。」


 女子高校生に制された。


臣做おみなくん。女の子の頭を触るなんてセクハラです」


 男子高校生、もとい疾石臣做とういしおみなはそれを聞いて焦る。


「せ、セクハラ!?そんなつもりは……」


 彼の頭の中には、頭を撫でられて喜ぶ妹達の姿が思い浮かんでいた。彼はお兄ちゃんなのだ。


「とにかくだめです。」


「ごめんって!怒らないでくれ零無れいなちゃん!」


 女子高校生、もとい早乙女零無さおとめれいなは納得いかないといった顔をしている。


「あわわ、2人とも喧嘩しないでください!」


 喧嘩を止めようとする少女。

 そこにはほんわかとした空気が流れていた。


 その時。


「お前は、ヒーローか」


 背後からさっきの男とは違う、別の男の声。

 その声は妙に落ち着いていてそれが逆に冷たく感じ、恐ろしかった。


「!零無れいなちゃん、その子を連れて逃げて!!」


「……わかった」


 零無れいなは少女を連れて急いでその場をあとにした。声の主の青年は彼女を追いかけるかと思ったが、そういう事はなく青年の目的はあくまで臣做おみなのようだ。


「何が目的だ!」


「……答える義理はない」


 青年は小さく呟くと、手から赤い炎を出した。

 それは臣做おみなの周りを囲み広がっていく。


「炎!?お前錠もないのに――!?」


「……錠がある者だけが蝕罪ショクザイを使えると思っていたのか?本当にヒーローは無知だな」


 蝕罪ショクザイ……?


「まあそんな事はどうでもいい。ここで燃え尽きろ」


「!!!ぎゃあああ!?!」


 臣做おみなの周りを囲んでいた炎は瞬く間に臣做おみなに向かってゆき、彼を燃やす。


 (熱い、熱い熱い熱い!!!!!誰か!!!!)


「……じゃあなヒーロー」


 その声を最後に臣做おみなの意識は途切れた。

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