間宮梨乃◆

 なんですか。いきなり訪ねて来て。取材なんて受けないって言いましたよね?


 あれについては触れたくないんですけど。何回言ったら理解してもらえるんですかね。バカなの?


 ええ、まあ、たしかに彼女の気持ちを考えるといたたまれないですよね。でも、あたしだってあの人についても彼女についてもよく知らないんです。仕事でちょっと顔を合わせるぐらいの間柄でしたから。正直これ以上は関わりたくないんです。分かりますよね?


 彼ですか……。やったことも最悪だったし、事件を起こす前だって最悪の人でした。それ以上に話せることなんてないですよ。


 ……もう、本当にしつこいですね。実話系週刊誌の記者ってみんなこんな感じなんですか?


 前は面白がって読んでいましたけど、こんな風に強引な取材がされてきたとなると、考え方を改めないといけないですね。


 それで、取材を受けた場合はいくらもらえるんですか?


 ……それぐらいもらえるなら、ちょっとぐらい話しましょうか。どれだけ役に立てるか分かりませんけど。


 彼は当初、あたしの客でした。


 あたしの仕事は知っていますよね。そう、お客さんの所へと呼ばれて、数時間だけ彼らの女になるお仕事です。まあ、平たく言えばデリヘルですよ。


 彼は案内所経由であたしを指名したと聞いています。無料案内所でお店の情報を聞いてから事務所へと行き、そこで女の子の写真を見て指名をするって感じですね。まあ、どこでもやっているようなシステムですよ。


 そこで彼はフォトショでいじりまくったあたしの写真を見て「このコがいい」と言ったそうです。別の女の子を勧められたそうですけど、あたしがいいと言ったみたいです。本人がそう言っていましたから。


 それであたしはいつも通り指定のホテルに行き、彼の部屋をノックして、そのまま普通にお仕事を済ませました。


 まあ、そんなに変な人ではありませんでしたけどね。チビハゲデブではありましたけど、そんな人はいくらでもいるし、誰もこのお仕事でイケメンに当たることを期待している人なんていないと思いますよ。そんな人は数日と持たないだろうし。


 プレイは普通でしたよ。濡れていないのに挿れてくる童貞感はありましたけど。ゴム付けて、挿入して、少し腰を振ったらビュビュビュって。仕事としては楽でしたね。だって、前戯とかフェラの方がよっぽど疲れるんですよ。あなたには分からないでしょうけど。


 ともかく挿入してすぐ終わってくれる人だったので、こちらとしては楽なお客さんでした。手抜きもいいところなんですけど、どうしてか彼に気に入られちゃったんですよね。


 いきなり「好きだ」って言われちゃって。なんでも、他の女の子は法律違反がどうのこうのとか、禁止事項を破ったら怖いお兄さんを呼ぶよとか、要は本番を断られ続けたみたいだったんですよね。その中には本番営業をやっている人とかもいたから、単にキモいからヤりたくないっていう理由だったんじゃないかな。


 あたしですか? あたしは相手の見た目については期待なんかしていないし、裏オプでよりたくさんのお金が稼げるなら最高じゃないですか。だから綺麗ごとは考えずに、お金で解決した感じですかね。


 ……いや、それを言い出したらかなりの人が捕まると思いますけど。まあ、ここだけの話ね。


 まあそれはそれとして、彼は当初ごくごく普通のお客さんでした。それがまさかあんな――


 ごめんなさい。あたし、ちょっと嘘をつきました。ちょっと時間を下さい。落ち着いてから話したいので。


   ◆


 すいません。もう涙も引いたので大丈夫だと思います。


 彼女をよく知らないって言いましたけど、実は出勤前に事務所でよく話していたんです。とは言ってもそれ以上の関係ではなかったんですけど、結構お互いの深い部分まで話していたかと思います。


 彼女はね、家庭環境が複雑な人でしたね。あたしと同じ片親で育ったコで、母親もろくでもない感じだったそうです。それで流れ着くようにあたしと同じお店にやってきて……。


 彼女はお店で抜群の人気だったので、あちこちの太い客からバンバンお金を引っ張っていたようですね。それも全額ホストに注ぎ込んだって言っていたので、派手な生活はしながらもほとんどお金は持っていないようでした。


 彼女は男に溺れながらも、男という生き物を全く信用していませんでした。不思議な精神構造だとは思いますけど、あたし達の世界には多様性なんてものじゃないぐらい変な人がいくらでもいますから。


 それで、あの男は当初あたしを指名し続けたんですけど、平たく言えば彼女に取られちゃったんですね。まあ、彼女は人気ナンバーワンだったし、比較的仲の良い同僚でもあったので、それについて怨みとかはないです。実力主義なので。


 問題になったのはお客さんになったあの男の方ですよね。彼、あたしを推していた時とは信じられないほど彼女にどハマリしたんですよね。それこそアクササリーやら服やら、プレゼントは当たり前。料金についても定価よりも多くもらっていたようです。差額はチップだと言って。そんなお金があるはずないのに。


 そんな感じで文字通りズブズブの関係になった二人ですけど、やっぱりそういうことをやっているとトラブルって起こるんですよね。だからルールがあるんですけど。


 次第に彼は独占欲に支配されていって、彼女を独り占めしようとしたんです。でも、さすがにそんなお金があるわけないじゃないですか。そうするとどうやって調べたのか、事務所まで来て出待ちしていたんですよね。はい、完全なる掟破りです。


 その時はあたしも一緒にいたんですけど、もうホラーですよね。お店の外でお客さんが会いに来るとか、はっきり言って反則じゃないですか。なんか色々言っていたんですけど、お店の人を通じて警察を呼んでもらいました。


 結局それで彼が警察に怒られて終わったはずなんですけど、その後にあんなことになって……。ぅっ……ごめんなさい、やっぱりこの話はあんまり出来ないかも。


 とにかくですね、誰が悪いとはっきり言えないところもあるんですよ。彼の気持ちは大いに分かったし、チビデブハゲの三冠を持った男が、あれだけの美女に優しく接してもらえたら本気になる気持ちも理解出来ないでもないんです。だも、だからって、あんな……。


 ごめんなさい。あたしのメンタルだと、ここまで話すのが限界です。


 彼のやったことは許されることじゃありません。でも、その気持ちも分かるだけに、どうにもやりきれないんです。


 疑似恋愛って、そんなに悪いことなんですかね? あたし達もお客さんもそれを理解しているから成立する世界なんですけど、それがこんなに脆いものなんだってあの日に真実を突きつけられた気がするんです。


 あたし達はどこへ行くことも出来なくて、最終的にここへ行き着いたんです。そういう事情を知らない「親ガチャに当たった人たち」が、自分たちの道徳感に基づいて否定を浴びせてくるって、やられた方はどんな気持ちか想像出来ますか?


 そういうのも含めて、この世界はあたし達にとって厳し過ぎると思うんです。


 ……ああ、すいません。興奮して話が逸れてしまいましたね。


 彼女は亡くなり、彼も死刑判決を受けたと聞いています。彼らが十三階段を昇って向こうで会えた時には、上手くやっていけたらいいのにな、と割と本気で思うんです。


 こういう時、時間を戻す能力があったらなって思います。子供みたいですけどね。


 でも、出来るのであれば、あたしだって子供の頃に戻りたいんですけどね。

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