第25話
セイバーナの様子にベイドルン侯爵は目を細め微笑する。
「国名を聞いてもおどろかないか。それだけ語学ができれば国境の街で国名はすぐにわかっただろうけどな」
セイバーナはコクリと頷く。
「はい。ベイドルン侯爵様のお名前はモナタス所長から聞いておりましたので、ベイドルン侯爵様のお部屋にある地図でこちらの場所も確認しました」
ベイドルン侯爵領はコニャール王国とは反対側の東側辺境に近い領地である。
「うちの厩舎番に聞いたところ君は馭者まで代わってくれたそうじゃないか。彼は感謝していたよ。
とにかく、逃げることもできたのに、君はここでしっかりと日々を見つめ働いている。逃げる資金がなかったわけではあるまい?
試練に打ち勝ったとも見えるだろう?」
セイバーナは俯きプルプルと首を左右に振った。
「僕にとっては温情なのです。いえ、救済なのです。救っていただいたのです」
「これはかの方から預かった。万が一の偵察行為を防ぐため中身は検閲させてもらった」
セイバーナの前に封の切られた手紙が置かれた。
『セナへ』
宛名の見慣れた文字を見てセイバーナは震える手で手紙を取った。
「君は隣国のどこか大きな屋敷で働いていたのだな。父親は准男爵で執事か家令か、家内ではある程度力のある者だ。君が文仕事ができることも礼儀が正しいこともマナーをふまえていることも納得だ」
ベイドルン侯爵は詳しく問いただすつもりはない。自分がどのように受け止めているかを説明している。セイバーナにこれからも周りにそう説明するように、と。
セイバーナはコクリコクリと首肯する。
立ち上がったベイドルン侯爵は涙を流すセイバーナの元へ行くとポンと肩に手を置いた。
「今日はゆっくり休みなさい。私はモナタスの家で酒会だ。今夜は戻らない。夕方には鍵を締めておくのだよ」
セイバーナが首肯するのを確かめ外へ出ていった。
〰️ 〰️ 〰️
セナへ
息災か?
君のおかげで我が家は最小限の被害で抑えることができ、領民たちを苦しめることなく問題を解決できた。
それもこれも君の機転のおかげだ。感謝している。
そんな君をこの家から解雇せねばならなくなったことは、我が家にとってとても悲しいことだ。君の家族も寂しがっている。
君がいつか再び家族と会える日が来ることを願っている。
それまで、勤勉に実直に人への感謝を忘れず、そして、何より君らしく生きてほしい。
もう無理はしなくていいんだ。君の父親も自分の夢を君に押し付けたことを後悔している。
〰️ 〰️ 〰️
内容が使用人の息子に宛てたものになっているのは、検閲があることをわかっているからだろう。
セイバーナが屋敷を出るときに持った小さなカバンの底には金貨銀貨と宝石が入った革袋がはいっていた。セイバーナは一日目に宿でカバンを開けた時に気がついた。その中から馭者を務めてくれた二人に銀貨を渡している。
ベイドルン侯爵はその者から聞いてセイバーナが逃げる資金がなかったわけではないことを知っているのだろう。
セイバーナは手紙を握りしめて泣いた。迷惑をかけたはずなのに、感謝の言葉さえ書かれている。
夢を押し付けられたなどとは考えていない。王女の降嫁は領地繁栄の約束切符のようなものだ。領主なら誰もが望んで当然である。
翌日、帰るというベイドルン侯爵に手紙を託した。やましいことはないと示すためあえて封をしないメッセージカードにした。
「かの方にお会いできるのはいつなのかは見当もつかないのだよ」
「急ぎのものではありませんし、渡らずとも問題のないメッセージカードです」
「そうか。ならば一応預かろう」
何も聞かないモナタスと二人、ベイドルン侯爵の馬車を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます