第10話

 レボールの家であるホヤタル侯爵家は領地も広く経営も安定しており、侯爵が騎士を務める必要はない。だが、侯爵は騎士であることに誇りを持っており、大きな怪我を負うまでは現役騎士でいると豪語していた。その父親に剣を折らせたのだ。


「もちろん、貴方の学園の卒業後に予定であった騎士養成学校への入学は却下されました」


 レボールは放心状態で床を見つめている。尊敬する父親に見捨てられたのだと理解した。


「オキソン卿」


「はぃ」


 蚊の鳴くような声で返事をするテリワド。


「貴方のお母上の商会が危機に陥ってらっしゃることはご存知?」


「へ?」


 テリワドは頭脳は明晰なので、母親の商会についても理解していたし、会計などの相談にも乗っていた。ここ数年売上は順調で倒産の兆しなどなかったはずだ。


「侯爵夫人のお店は女性を対象とした商品を扱っていらっしゃるでしょう。女性を蔑ろにする者がいては買い手も減りますでしょうね」


「私のせいで……?」


「お店はメリアンナさんの侯爵家で買い取ることになったそうよ。メリアンナさんのお母上である侯爵夫人のお店も同じような商品を扱っていらっしゃるのだけど、お二人が競うように商品を扱うから良い物を並べられていたそうなの。メリアンナさんのお母上もとても残念がっていたわ」


「母上の店が……」


「そこで働く者たちの生活を考えねばなりませんもの。侯爵夫人も辛いご決断だったとは思いますわ。

主要なお店を売りに出さざるをえないとなると、商会はどうなってしまうのかしら? ね?」


 テリワドは商会の話をする時のこれまでの母親の楽しそうな顔が浮かび、思わず涙を溢した。


「ツワトナ卿」


 レボールとテリワドにもたらされた情報が熾烈すぎて、サジルスは返事もできずおどおどした視線をエトリアに向けた。


「先程申した通り、貴方とケイトリアさんの婚約は本日の朝、破棄となりました。

と、同時に、貴方の妹さんの婚約も白紙となりましたよ」


「なんでっ!? 妹は関係ないっ!」


 サジルスの言葉にケイトリアがポカンと口を開けた。


「なぜって? 関係ないわけないではないですか? 妹さんの婚約者は侯爵家のご嫡男。その侯爵家は、ケイトリアさんのお母上のご実家でしょう」


 エトリアは子供に話すように説明する。


 サジルスは思い出したようにハッとした。


「ご本人たちはとても想い合っていらっしゃったのですってね。大変お嘆きになり、見ていられないほどなのですって。ケイトリアさんの公爵家も婚家となる侯爵家もツワトナ卿と妹さんは関係ないと仰ったのだけど、ツワトナ公爵がそれは許されることではないと固辞したそうよ。

ケイトリアさんと貴方の婚約は周りの影響を緩和させる作業に手間取り今日の婚約破棄となりましたが、一月も前から婚約破棄されることは決定しておりました。妹さんの婚約も、ね。

妹さんは二週間前から領地静養に向かわれて学園をお休みになっていらっしゃるけど、ご存知なかったのですか?」


 サジルスは騎士が手を離せば床にぶつかると思われるほど力なく項垂れた。


「ご家族もご苦労なさっていることもご存知ないなんて、貴方たちの情報収集力はどうなっていらっしゃるの?」


「これまでは父親と友人からの情報だったようです。両方から見限られれば情報も入ってこないことは必然かと」


「そう。信頼が置け、忠誠を示してくれる者がいないとは。高位貴族子息として褒められたものではないわね。そういう関係を築くための学園でしょうに。婚約者以外に現を抜かす暇などないでしょう?」


 セイバーナは王家縁の者たちから情報を得ていた。エトリアに見放されれば情報は一切入ってこなくなる。セイバーナはそれを『気にしなければならないような情報はないのだろう』と判断して放置していた。

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