第12話 お互いの思い
砺波の家に迷惑がかかるようなことをしてはならない、そう言われた裕翔はあの後部屋に戻り、再び有栖の釣書に目を通していた。
「……」
祖父母に言われた言葉はぐるぐると頭の中を駆け巡り、ハズレや無能と言われ続けていたそれが、この釣書を見て初めて矛盾に気付いた。
どうして最初に見なかったのだろう、と後悔しても時すでに遅し。
有栖に対してのやらかしは、あの場にいた全員が見ているし、そもそも有栖から拒絶レベルの極寒の眼差しを向けられたわけで。
しかし、これは学校の生徒たちも同じではないだろうか、と裕翔は思う。
「普通の術は使えるんだから、決して無能じゃないのに…」
目覚めていない強大な能力のせいで、周囲からとんでもない決めつけをくらって、更には陰湿な虐めにまであっている…ということらしい。
最初から釣り書きを読んでいれば、とこれで何度目か分からない溜息を吐いていれば、部屋の扉がノックされる。
「あ、はい」
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「良いよ」
扉が開いて入ってきたのは、妹の玲。
深刻な顔をしているため、裕翔は一体どうしたのかと座っていた椅子から立ち上がって妹の元へと歩いていく。
「どうしたんだ、玲」
「さっき、お母さんたちと話してたでしょ」
「あ、あぁ…」
「本当に有栖と、きちんと話したい?」
え、と裕翔から声が漏れる。
「そりゃ、話せるものなら話したいけど」
「それを、おじいちゃんとかおばあちゃんに報告したりしない?」
「玲…?」
妹の言いたいことがいまいちピンと来ておらず、裕翔は困惑したような顔をする。玲は視線をさ迷わせていたものの、はい、と自分のスマホのメール画面を見せてきた。
「これは?」
「樟葉さんから」
「樟葉から…」
何だろう、と玲からスマホを受け取って読んでみる。まとめて言うと、内容はこうだ。
『桜華が大激怒して、阿賀家まるごと滅ぼしに行きそうだったから、有栖が止めている。頼むから有栖にはマジでしばらく関わるな』
「……あ」
「お兄ちゃんの言動とか諸々がね、桜華様のお怒りに触れたんだって」
そりゃ怒るだろうな、と改めて反省するも時すでに遅し、と何回心の中で言ったことか。しかも、樟葉と玲が結婚するのだからどうとか、とかとんでもない暴言を吐いた。なお、吐いた言葉は呑み込めるわけもなく、時を戻すわけにもいかない。
「でも、どうして有栖さんは止めてくれたんだ?」
「え、ソレ聞く?ほんとに?お兄ちゃんのメンタルに結構なダメージだけど、良い?」
「……い、一応、聞く」
「まぁいっか。戒めになるでしょ」
玲はうんうん、と頷いてからにっこりと、とてつもなく可愛らしく笑ってから裕翔に対してトドメを刺しにかかった。
「私が、有栖の友達だから」
知ってた、と心の中で呟いた裕翔。
あわよくば、なんて期待をした自分が馬鹿だった、と裕翔は心の中で己に対し『期待するだけ駄目だってわかってただろ』と告げて、にこにこ笑顔の玲の頭を撫でる。
「あと、私が樟葉さんの正式な婚約者になったから、も理由なんですって」
「え?」
「今までは仮婚約者、っていう感じだったし、有栖もどうして良いかよくわかってなかったみたいで」
「あぁ、うん」
「んで、お兄ちゃんと有栖の婚約は白紙ね」
「…知ってる」
それでね、と続ける玲の頭から手を放すと裕翔の机の上にあるものを見て、玲は苦笑いを浮かべた。
「ああ、やっとそれ見たの」
「…遅いけどね」
「有栖ね、元々すごく明るい子なの」
「明るい?」
有栖の見た感じは、とても大人しいというよりは、何事にも無関心な子、だった。
笑っている姿はあまり想像できず、玲の言うことが何だか理解しがたかった。
「学校でも?」
「お昼休みは私といるから、普通に笑ってるし…あぁ、そういえばその時は桜華様も出てきたりしてくれるのよ」
「そうなのか!?」
有栖が笑っている姿だけではなく、桜華まで姿を現しているということに裕翔は驚愕する。
樟葉から聞いた話のイメージとは少し違っているな、と思う裕翔は一人、首を傾げていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「有栖」
「なにー?」
その頃、砺波家。
兄に呼ばれた有栖だが、現在ソファーに寝転がって絶賛読書中だ。本人曰く、このぐだぐだタイムがないとやってらんない、ということらしい。
なお、桜華はそんな有栖を見ては『かわいい、わらわの姫様はほんにかわいい』とデレッデレなので、何というか手に負えないが、桜華の有栖溺愛は生まれた時からなので、もう樟葉は放置を決め込んでいる。
「裕翔が」
「は?」
裕翔、という名前を出した瞬間に氷点下になる有栖の雰囲気と、途端に般若顔になっている桜華。
この二人、似ている反応だな、と樟葉が思っているが、桜華はあの時の有栖への仕打ちだけは許せなかったらしく、思い出してはこう怒鳴っている。
「あのクソ童!」
「しまった。桜華、落ち着いて。どうどう」
「姫様、わらわは馬ではないんじゃが!?」
「いやなんか、桜華がキレてると私は落ちつけちゃってね。うん」
「思い出したら腹立ってきたんじゃ!やっぱりあの家燃やしてやろうか」
「玲いるからダメ」
「~~~~っ!」
ぐぎぎ、と歯ぎしりする桜華だが、有栖の言うことだけは本当によく聞いてくれる。
目に見えて分かる能力があれば良いな、とよくボヤく有栖だが、コレを懐かせた上に、確りと御しているあたりは立派すぎる能力でもあり、才能でもある。
だが、もうすぐ。
有栖の能力は、いいや、翡翠眼はじわじわと目覚めようとしている。
持ち主の命を奪わないよう、慎重に、少しずつ力を大きくしていっている。
これだけは、阿賀の先代に知られてはいけない。あの先代夫妻は、とんでもない『化け物』だから。
裕翔の思考は染まりかけていたけれど、きっと元に戻るはずだ。
そうなれば、きっと有栖とは分かり合えるに違いない。樟葉は、そう信じている。
妹のことが大切なのは当たり前だが、親友である裕翔のことも、そして婚約者となった玲のことだって、大切なのだから。
何もかもを守るだなんて、綺麗ごとではあるかもしれない。だが、きっと成し遂げてみせると、玲と二人で約束をした。
「有栖」
「だから何さ、おにい」
「…俺と玲が、婚約したのは、良かったのか」
「良いよ」
だって、玲の好きな人だから。
心の中でそう続け、有栖は読んでいた小説から顔を上げて微笑んでいた。
「ねぇ、おにいは…」
「ん?」
兄妹だからこそ聞ける、兄の優しい、甘い声。
ああ、この人が玲の好きな人で良かった。玲の恋が、叶って良かった。そう有栖は思いながら、にかっと笑う。
「おにいは、絶対に幸せになるからね」
自分だけを強調するような有栖の言葉に、ぐっと樟葉は拳を握り、そして有栖の寝転がっているソファーにどっかりと座った。
樟葉は身長も高ければ、体格もとてもいい。有栖が腕にぶら下がって『きゃー!』と笑いながら遊んでしまえるほどに、この兄妹は体格差がある。
そんな兄が座ってきたものだから、有栖は『んぁ』と妙な声を上げ、桜華は『でっかいもんが姫様を圧迫するな!』と騒ぐが、樟葉は何とも思っていない。
「お前も幸せになるんだよ、馬鹿妹」
「……」
そう言われ、有栖は一瞬目を大きく見開いた。小さく聞こえた『うん』という声に、嬉しさが滲んでいたのはきっと、気のせいではないと信じて。
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