38.香港の民主活動を西側諸国が安易に応援できない理由

香港の民主派政党が消滅へ 解散決定、国安法で当局圧力(共同通信) https://news.yahoo.co.jp/articles/1020c1904b30ce4df7fd573ee2db6fc445fe1cf7



香港で最後の民主派政党が解散し、民主政治が消滅するらしい。

この事自体は同じ民主主義陣営に生きる人間として嘆かわしい事だが、それよりも香港の立場の複雑さについて考えせられてしまう。


というのも香港は歴史的に見て主権を有していないからだ。


もし香港に国家としての主権があれば事は簡単である。

同じ民主主義を奉じる人間として、彼らの民主化を助けるだけだ。


しかし香港に主権がない以上は、香港の民主化を助けると中国の主権を侵害することになってしまう。

香港は中国の主権の範囲内に存在しているし、中国は香港の民主化を望んでいないからである。


現在の国際社会のルールにおける主権国家とは、社会体制や政治思想に関わらず、不可侵であるものとされていて、それにより国家同士は強弱に関わらず対等とされているので、外国人の我々がとやかく口出ししていいことではない事になっているのだ。


それは例えば、外国勢力が日本の沖縄の独立性について口出しする筋合いがないように、我々もまた外国の主権中の内政に干渉するべきではないという理屈だ。


我々日本人の感覚からすれば沖縄は疑いようもなく日本の一部であるが、歴史的経緯から見れば長い間琉球という独立国家が存在した事実と、戦後に沖縄は住民投票で民意として日本に帰属する事を選んだという経緯がある。


独立国家であったことは主権を持つ一つの大きな要因であるし、また民意で日本への帰属を選んだという行為は主権を使って選んだと解釈できなくもないので、再度別の道を選択する権利を有している、と主張できなくもない。


しかし、それでも我々日本人は当然のように疑いなく沖縄は日本だと思っている。

そしてそれを外国にとやかく言われる筋合いはないと思っている。


その感覚を中国人も香港に対して持っているということに想像を及ばせて欲しい。


我々からすれば香港と中国は別だという感覚を持っていても、中国人は疑いなく香港は中国の一部だと思っているのだ。


そして香港の主権は中国に含まれている以上は、現在の国際社会のルールとしては外国人の我々がとやかく言う事ではないのだ。


では何故香港は主権を有していないのか。

その歴史的経緯について語ってみたいと思う。


香港が誕生したきっかけはイギリスによる清朝の侵略である。

1839年に起きたアヘン戦争に清朝が敗北した結果、南京条約で香港島がイギリスに永久割譲されたのが直接的な香港の歴史の始まりだ。

(九龍半島南部は1860年の北京条約で割譲)


疑いようもなく清朝の領土の一部であった香港は、これより1世紀以上の長きに渡ってイギリスの植民地となるのだ。

(途中1941年~1945年の4年間は日本が占領して統治)


この間、イギリスは香港を完全に植民地として扱っており、香港を独立させようといった意図も活動もなかった。

香港はあくまでイギリスの対アジア侵略、もしくは貿易の橋頭堡であり、その住民は単純な労働力でしかなかったのだ。


それは香港の義務教育の制定が1978年であったことからも明らかである。


イギリスは香港を支配して実に100年以上も香港人の教育に関心がなかった。

この一点でもイギリスが香港をどのように見ていたかが伺い知れる。


イギリスからすれば香港はあくまでも植民地、香港人はあくまでも植民地に住む土民でしかなかったのだ。


しかし、香港にはイギリスの植民地として以外の存在意義がイギリスの想定外のところで生じていた。


それは共産化した大陸から逃げてきた民主化を望む中国人の受け皿としての価値である。


最初香港が植民地になった時に清朝であった大陸の政権は、1912年の辛亥革命の成功で清朝は滅んだ後に中華民国が引き継ぎ、その後1945年までの日中戦争と1949年までの国共内戦を経て、最終的に社会主義国である中華人民共和国に引き継がれた。


この中華人民共和国は共産化を目指していたが、多くの失政(大躍進政策、文化大革命、天安門事件)を経てその都度多くの人々が香港に難を逃れた。


彼らの中には思想も信条もなく飢えから逃れてきた者や、民主化を標榜して命の危険を感じて亡命してきた知識層、挙句の果てには共産党内での政治闘争に敗れて亡命してきた元幹部等様々な人間がいたが、問題は彼らが一様にして難民だったことである。


彼らの扱いは一貫して国を持たない者であり、どの国も彼らを亡命政権として一定の主権を認めたりはしなかったのである。


主権はあくまで大陸を支配する中華人民共和国にあり、その対抗馬は台湾のみを支配地域として残していた中華民国の残党ぐらいのものであった。

(その中華民国も中華人民共和国の圧力によりどんどん国家として承認している国が減少している。ちなみに日本やアメリカは真っ先に中華民国を捨て中華人民共和国を承認した国の内の一つである)


このため、香港は地理的に反共産主義の大陸人の受け皿にはなったが、大陸の民主化を目指す政権にはなれなかった。


国際社会は香港はあくまで中国の一部がイギリスに割譲されたものであると考えていたのである。


従って、香港が中国に返還された時、国際社会はそれほど多くの疑問の声を挙げなかった。

むしろヨーロッパによるアジアの植民地支配がついに終焉するとして、喝采を送っていたぐらいなのだ。


これを香港に逃れた民主化勢力の人たちは苦々しく思っていただろうが、当時は当の香港人ですらお祭りムードに包まれており、彼らの警鐘が重く受け止められることはなかったのである。


その後、中国は一国二制度の原則を覆し、あっという間に香港を非民主的な地域に変えてしまったのは皆さんの記憶に新しいところであろう。


そしてその時やっと事の重大さに気がついた香港人が声を挙げ始めたが、「時すでに遅し」だったのである。


香港の民主を保守する運動は尽く潰され、そして今日に至って民主派政党が解散し、香港の民主政治が完全に消滅したのである。


そして香港はその歴史的経緯と現状の国際社会のルールから、外国勢力にとっては表向きにはアンタッチャブルな存在であり、特にイギリス等のアジアに植民地があった国からすれば、下手につつけば己の過去の罪を蒸し返される可能性がある古傷的な存在なのである。


香港はその成立に正当性がない。

現代では良くなかったこととされている侵略と植民地支配がなければ香港は生まれなかったのだ。


従ってその主権を認めることは現状の国際社会では不可能なのである。


以上が、香港が置かれている複雑な事情の概要であり、我々が大っぴらに国を挙げて彼らを応援できない理由である。


※これはあくまで概要なので、もし興味を持ってくれた方がいらっしゃったらご自分で調べてみることをお勧めします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る