子供も大人もおねーさんも、みーんなまとめて寝取っちゃえ! ~転生したら超☆安眠枕でした~

ただのネコ

第1話 三分以内に寝たかったのに!

 華夢かむには三分以内にやらなければならないことがあった。

 寝るのだ。

 布団に入って寝るのだ。

 だって、年度末だとか急な事故だとか同僚が産休だとかで72時間寝ていないのである。

 3分というのはつまり、華夢かむの残り体力で動ける時間そのもの。


 アパートの鍵を開け、(あと2分30秒)

 カバンをソファーに放り投げ、(あと2分20秒)

 首に絡みつくネクタイをむしり取り、(あと2分10秒)

 上着とズボンを脱ぎすて、(あと1分20秒)

 寝室の扉を開け、(あと1分10秒)

 掛け布団をまくり上げ、(あと1分)

 敷布団と掛け布団の間に体を滑り込ませる、だけでよかったのに。


 敷布団と掛け布団の間が、勝手に虹色に輝きだしたではないか!

 しかもその虹色の中から、眼鏡をかけた女性が出てきたのだ。

 姫カットにした艶やかな黒髪に白い肌。顔の作りも整っているが、ちょっと幼い感じがして好みじゃない。

 そんな内心の感想は知らず、女性は華夢かむの顔を見るなり叫ぶ。


「助けてください!」

「無理!!」


 即答で叫び返す華夢かむ

 人を見てものを言って欲しい。

 疲れ切ったブラック企業の社畜に人助けは出来ない。これは世界の真理である。

 それこそ、異世界転生でもしない限りは。


「できますから!」

「は?」


 そこまでだった。叫んだせいもあって、華夢かむの体力は完全に尽きた。

 崩れる身体を他人事のように見下ろし、『ああ、ぐっすり寝たかったな』という嘆きと共に霧散する。


 ――枕野華夢まくらのかむ、眠れなさすぎて死す。

   享年25才。




 ……とそこで終わったら物語が始まらないのである。


「いやー、あまりにも惜しい人を亡くしました。惜しすぎたんで転生してもらいましたけど、気分はどうですか、カムさん?」


 名前を呼ばれ、カムは自分がまだ生きていることに気づいた。

 いや、転生したのか?


 まだぼんやりしているカムに、眼鏡の女性が畳みかける。


「実は、わたしの世界、わりとピンチでして。魔王フ・ミーンってやつのせいでですね、みんな寝れなくなっちゃったんですよ。

 で、どうしようかなーって先輩に相談したら、先輩の世界にすっごい寝たそうなやつがいるから連れて行っていいよって言ってもらいまして。

 だから、助けてください!」

「ちょっとまって」


 眠くて頭がすっきりしないし、急に妙な設定を詰め込んでくるしでよく分からない。


「まず、あなたは誰?」

「私はオネイリア、女神です!」

「オネイリア……オネイさん?」

「いいですね、なんだか保護欲がムクムク湧いてくる呼び方です!」


 眼鏡を外してどこかにしまうオネイさん。

 教科書のギリシャ時代とかで見た、頭から布をかぶって腰のところで縛った感じの服をきているのだけど、いったいどこにしまったんだろう?

 でも、そんな疑問は大事ではない。大事な方の疑問を優先しよう。 


「オネイさんは、ボクに何をしてほしいの?」

「カムさんにはわたしの世界の皆をガンガン眠らせて、眠れるって素晴らしい事だっていうのを思い出させてほしいんですよ。つまり、フ・ミーン側からオネイさん側に寝取っちゃってくださいと」

「寝取りってそういう意味だっけ?」

「他の意味なんてあるんですか?」


 なんか違ったような気はするのだけど、カムにはよく思い出せなかった。

 眠らせて、こっちの味方になってもらうなら寝取りで合ってるような気もしなくは無いし。

 

「先輩がそういってたから、間違いないです!」

「まあ、いいや。なんでボクが?」

「なぜなら、今のカムさんは枕だからです!」


 オネイさんは、どこからか取り出した大きな鏡をドンとカムの前に置く。

 そこには、確かに枕が映っていた。

 薄い青の枕本体の真ん中に真っ白なカバーがかかっている。

 かなり柔らかそうである。カム自身では触れないけど。


「枕なんだ」

「異世界転生する時には、人間になるとは限らないですからね。物になるのもよくある事です」

「そっかぁ。じゃ、これは?」


 カムは枕本体の左上の刺繍を示した、つもり。

 指もなんにも無いので上手く示せている気はしないけど。

 そこには、『#1』という文字が薄い灰色で刺繍されている。


「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。これこそは伝説の8つのタグの1つ!

 8つのタグを集めるとですね、この女神オネイリアの力の集大成である8色のトリが出てきて、願いをかなえてくれるのです」

「なんか、『ドラゴ……」

「ごめんなさい! 鳥山先生!! ご冥福をお祈りしてます!!!」


 オネイさんが明後日の方を向いて見えない何かに謝り始めたので、カムは話題を変えることにした。


「そのトリは、オネイさんの力なんだよね」

「そうです。尊敬していいんですよ」


 えへんと胸を張るオネイさん。


「じゃあ、オネイさんが魔王フ・ミーンを倒せばいいんじゃないの?」


 反転して、きゅっと肩をすぼめて言い訳を始めるオネイさん。


「いや、そこはちょっとね。制約と制限を色々つけた結果、わたし自身には使えなくなっちゃってまして……」

「オネイさん、ドジっ子?」

「言わないでっ!」


 耳をふさぐオネイさん。


(なんだかちょっと頼りないけど……)


(でも、眠れないのは辛いもんね)


 オネイさんの世界の人たちが辛くって、僕がそれを助けられるんなら、やろうと。カムはとりあえず、オネイさんの頼みを聞いてあげることにした。

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