第73話 道化の動機
「ドクターの動機は、自身の研究のためだ。奴は聖気に関する実験を行っていた。どこで手に入れたのか分からない少年──今はゼンと名乗っているが──彼を実験体として人工的に能力者を作り出そうと画策していたらしい」
俺たちの想定通りのことをしていたらしい。
なんというか、想定通りすぎて拍子抜けというか、碌でもないことをしでかしているのは確かなのだが捻りがないというか。
「人工的な能力者ってな、また悪趣味なことをしやがるな」
エリクはそう悪態をつく。
聖気の移植なんて芸当ができるのかどうかは不明だ。いや、ゼンの一例から察するに、できなくはないのだろう。どのような手段を用いたのか。恐らく彼が記憶を失っていることも関係してくるのではないかと思う。
続けてエイヴィス卿は話す。
「ドクターの性格から、恐らくまだこの地に残っている可能性が高い。奴は研究を第一に考え、その他のことに興味を示さない。実際、この五年間奴らの言いなりになっていたとは言え、政務は私自身が執り行っていた」
「つまり、ドクターやノルマンが指示したのは館付近の護衛の廃止だけということですか?」
伯爵の見解に疑問に思った俺は質問する。
これが事実だとするとノルマンは一体何がしたかのかという観点で疑問が残る。
「ああ。特段不便なことは無く、私は通常通りに政務を行っていた。もちろん、彼らのことを他言すればこの地は滅ぼす……などと脅しをかけられていたが」
「はったり……じゃあなさそうですね……」
道化師たちの脅しは本物だろう。ドクターがどのような能力を持っているかは不明だ。しかし、ノルマンの実力だけで見ても守護者を抜きにした戦力で太刀打ちできるかと言われると少々不安がある。
アイラさんとグレン、シャーロック翁という三人がかりでノルマン一人にどれだけ対抗することができるかというのが勝負になってくるだろう。
「首都の閉鎖は完了した。これで道化たちは簡単に外に出ることはできない。ドクターの性格上、研究資料を捨てるなどという選択肢は最後まで取らないだろう。加えて、ゼンという人間一人を抱えた状態にある」
エイヴィス卿の言葉に、この場の全員の意思が統一される。
これが最初で最後のチャンスになるだろう。
道化師──イックスによって創設されたある種の宗教団体。彼らは己の快楽に殉じて行動を行う。そして、幹部は単独で魔界を生き抜くことが可能なほどの実力者揃いだ。
彼らはこの世界において害悪でしかない。フィーネは己のカリスマを誇示することを快感とし、ドクターは探求。ノルマンは不明だが、こんな連中は倒しておくに越したことは無い。
この場の人間の意思が対道化師に向いたところで、グレンが発言する。
「にしても、道化師ってのは本当にいたんだな」
守護者として活動してきた人間にとっては考えられない発言に、ノアを始めとした守護者の表情が僅かに疑問へ染まる。
その発言に対して聞き返したのはエリクだった。
「どういうことだ?」
「道化師なんてそんな奴らの話、日常生活を送るうえじゃ全然話題に上がらないからな。要注意団体ってことで、一応俺たち騎士団と魔法師に共有されているくらいで、実害を受けたことがねえんで」
「呑気なこったな。オレたちとしちゃ、何があってもここで殺しておきてぇ連中だぜ?」
「それは同感だ。消耗していたとは言え、お前らを目の前にして無傷で逃げることができるような奴を野放しにするのは危険すぎる」
数だけで考えれば、数百人対二人というオーバーキルにもほどがある戦力差であるにもかかわらず、全く油断ができないのが恐ろしいところだ。
「さて、日の出を迎え本格的に道化の捜索を始める必要ができてきた。諸君、健闘を祈る」
エイヴィス卿によるその一言によって、この場は纏まったのだった。
△
「まさか試作ゼロワンがここに来ているとは、差し引きで言えばゼロだけどまあいい」
「おや、おやおやおや。ご機嫌ですネ。それほどその実験体が奪われたのが気に障っていたのですカ」
「……君は、いちいち人の神経を逆なでするような話し方をするね。その癖、直したほうがいいんじゃないかな」
とある地下施設の一室。道化のドクターとノルマンは、気を失ったゼンを眺めながら他愛もない会話をしていた。
ベッドに寝転がされたゼンをドクターはのぞき込む。
「守護者がここまで愚かだとは思わなかったよ。彼の異質さを感じて領内に入り込んできたんだろうけど、肝心の彼を連れてくるのはどうかと思うよ」
「はて、はてはてはて。そうでしょうカ。重要参考人として、連れ歩くのは理に適っていると、ワタクシはそう思いますヨ?」
「……つくづく、君とは反りが合わない。……まあ、イックスに付き従っているような愚昧なら仕方ないか」
「これはこれはこれは、手厳しい評価ですネ。ワタクシもあの方もあなたのように理念に沿った行動をしているのですヨ?」
「君たちがご執心のアレのこと、僕は嫌いだって言っているはずなんだけど……。あんなものの何が良いのやら。僕には理解できないね」
ノルマンは不気味な笑みを崩すことなく、ドクターは一層不機嫌な様子で彼らの話は進んで行く。
ノルマンに至っては、ドクターの反応を面白がっているようにも思える。彼にとって、何が己の美醜の価値観に合うのかが分からなくなる。
常人ならば逃げ出したくなるような雰囲気の中、彼らはそんな場の空気をなんとも思っていないようで、各々行動を開始しようとしていた。しかし、その足は止まることとなる。
「う、うう……」
ベッドに寝かされていたゼンが呻き声をあげたのだ。
「……ノルマン、これ、もう起きそうなんだけど」
「おや、ワタクシとしたことが力加減を誤りましたカ。……それとも、彼の能力が関係しているのかもしれませんネ」
「これの能力?精々自己治癒能力を活性化させる程度の弱い反応しか示さない出来損ないだぞ」
まるでゼンを人とも思っていないようなドクターの言い回しと、興味深そうに観察するノルマンの対照的な様子に、そんなことを考慮できないゼンは生理反応として自然に瞼を開けた。
「起きたか」
彼がまず目にしたのは、黒髪黒目の痩せ型の男だった。
薄暗い部屋の中、自分がなぜこのような状態にあるのか、目の前の人物は誰なのかを思い出そうとして、ゼンの脳は活動を開始する。
「……あ、貴方は……?」
記憶の整理を行っている最中、彼は必要となるであろう情報を自ら収集しようと目の前の男に質問をする。
その様子に、ドクターは不思議そうな表情を浮かべすぐに納得したように息を吐いた。
「ああ、記憶喪失か。なるほど、いつからその症状が出ているのか知らないけど、よほどかつての実験の経験が苦痛だったと見える」
「……じ、実験?」
「ああ。覚えていないなら結構。いや、すぐにでも思い出すことになるだろうけど」
ゼンの質問に答えているようで答えていないドクターと、彼らの様子が愉快だと言いたげに口元を歪めたノルマン。
そんな中、ゼンは気を失う前の記憶を取り戻した。そうだ。僕はそこにいる仮面の男に気絶させられたんだ。と理解すると、すぐにベッドから脱出し、この部屋を出ようと試みる。
「おっト」
しかし、それは叶わない。
なぜか見えない壁のようなものがゼンを遮って、これ以上先へといけないようにされている。
「──なッ!?」
驚くゼンの様子を気にも留めず、ドクターは自身の目的を最優先で行動する。実験機材なのか拷問機材なのか分からないような悍ましい数々をどこからか取り出し、机に並べる。
「────ッ!?」
それを目視した瞬間、ゼンは目を見開き硬直する。
「おヤ?」
その姿を目ざとく察知したノルマンは、彼を見つめる。そして、今の彼に引き起っている状況をすぐに察する。恐らく、記憶が戻っているのだと。
瞬間、ゼンの脳に流れ込んでくる五年間の苦痛の数々。内臓を弄られ、異物を押し入られ、薬物を投入された日常の記憶。
発狂することも許されず、ただただ物のように扱われている日々の記憶を。
「──あ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
過呼吸となり、呼吸のリズムが崩れる。うわごとのように何かを呟きながら、酸素の補給不足に音にすらならない言葉を並べ、床に蹲りながら顔を両手で覆っている。
「面倒なことになった。死なれたら困るんだけど」
「まあそうおっしゃらず。中々愉快ですヨ」
ゼンの叫び声が木霊する。最早喉が潰れているのではないかと思うほどの叫びでもまだ飽き足らず、ずっと叫び続ける。
そんな彼の様子を見て、全く心を動かされていない二人の異質さが際立つ。
「あ────」
しかし、そんな叫びにも限界が生じたのか、突如として電源が切れたようにいきなりゼンの動きが止まった。顔を覆っていた両の手も全く力が入っておらず、まるで死んでしまったようにピクリとも動かなくなっていた。
「あ、おい。死んでないよな?」
「さあ?」
そんなゼンの様子に、貴重な実験体が使い物にならなくなるのは御免だとドクターは彼の安否を確認するため近づいた。
一歩、また一歩と早足で近づく彼には若干の焦りが見える。ドクターが彼の下にたどり着き、指を首元に当て脈を測る。
「どうでしたカ?」
ゼンの脈に指を置いて集中した様子で確認を終えたドクターは一つ息を吐いた。
「ああ。死んではいない。全く、驚かせやがっ──」
そうして、振り返ってノルマンの疑問へと答えようとしたドクターは、一瞬の間に十メートルほど直線で吹っ飛ばされた。
壁や家具の破壊音が何重にも響き渡り、この地下室の全てをぶち抜いたドクターは頭を抱えながらこめかみに血管を浮き上がらせながら立ち上がる。
「……ノルマン!貴様一体なんのつもり──」
怒気をはらみ、ドクターは己を吹き飛ばしたであろう下手人に対して責め立てる。しかし、ドクターを吹き飛ばしたのは彼ではない。
「ワタクシではありませんヨ。彼です」
「……は?」
ノルマンの言葉にふざけるなと返そうとしたドクター。彼以外にドクターをここまで吹き飛ばせるような実力を持った人間は存在しない。と、彼の中では完結していた。しかし、目の前にはゆっくりと起き上がっていたゼンの姿がある。
生気を感じられないような、亡霊のように揺らめきながら立ち上がる彼の瞳は、まるで別人のように鋭くこちらを睨んでいた。
「……誰だ、お前」
ゼンの姿をした何者かはその問いに対して答える。
鋭い目つきに歪んだ口元。憎しみを隠そうともしないその敵意に満ちたゼンでありゼンでない人物はゆっくりと答える。
「……そうだな。俺のことは──」
──アク。そう呼んでくれ。
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