第30話 フェリクスとレーヴァテイン

 フェリクスが珍しくユグドラの樹を訪れていた。

 レイが大変なことになったと報せを受け、慌ててやって来たのだ。今日は空を飛んで来たのではなく、転移魔術での来訪だ。

 慌てて来たせいか、柔らかい白銀色の髪は少し乱れ、白と青を基調とした大司教の服装のままだった。


 フェリクスがユグドラの樹の前にふわりと転移して来ると、レイが待っていた。

「いらっしゃい」とレイが笑顔で、フェリクスの元へテテテッと駆けて行く。


 フェリクスはレイを抱き上げると、まじまじと観察した。

 サラサラの長い黒髪は、赤いリボンでポニーテールにまとめられている。アーモンド型の黒色の瞳は、キラキラと輝いていて、表情も明るくて顔色も良く、元気そうだ。


「見たところ特に怪我とかもなさそうだけど、どうしたんだい?」

「とりあえず、応接室に行こうか」


 小首を傾げるフェリクスを、ウィルフレッドは神妙な顔をして促した。



 小さな応接室では、お手伝いエルフのシェリーが人数分のお茶を淹れると、一礼して出て行った。


 フェリクスは、レイを膝の上にのせて、応接室のソファに座った。どうやらそうやって子供をあやすのが憧れだったそうだ。


 レイは年齢的に膝の上は少し不服だったが、フェリクスに「憧れだったんだ」と眉を下げて切なそうに言われてしまい、今回は仕方ないと大人しくしている。


 他の参加者は、ウィルフレッドと人型の聖剣レヴィだ。


「そっちの彼関連かい?」


 早速、フェリクスがレヴィを一瞥して確認してきた。普段は朗らかな笑顔なのだが、この時ばかりは目が笑っておらず、鋭く光っている。


「彼は元魔剣レーヴァテインだ。この前、レイが浄化して聖剣レーヴァテインになったんだ。その時に、レイを新しい主人に決めたそうだ。今はレイの魔力を使って、人型になっている」


 ウィルフレッドが単刀直入に述べた。


「は?」


 フェリクスが呆気にとられて固まっている。長く生きてきて余程のことでも無い限り驚かない彼が、非常に珍しいことだ。


「私、剣聖になりました」


 レイが膝元からフェリクスを見上げて言った。


「!!?」


 蜂蜜のように濃い黄金眼を大きく見開いたまま、フェリクスはレイとレヴィを交互に見た。

 そして、しばし眉間を手で押さえて揉み込んだ後、顔を上げるとやや引き攣った笑顔で「始めから説明してくれるかな?」と何とか口にした。



 レイは先日あったことを最初から話した。


「……それで、レイは当代の剣聖になったんだね……」


 そう言うと、フェリクスは目を閉じて考え込んでしまった。

 ウィルフレッドとレイは、う〜んと考え込むフェリクスをじっと見つめて、彼の次の言葉を待っている。


 考えがまとまったのか、フェリクスが徐に顔を上げた。


「教会については任せてくれて構わないよ。レイを聖剣の騎士にするつもりはないし、管理者の仕事もあるからね。さすがに教皇のライオネルには義娘ができたとは伝えてあるけど、それだけだ。このまま教会にはレイが剣聖であることは内緒にしておこうか」


「こっちもレイが剣聖であることはできるだけ広めない方がいいと考えてる。さすがに管理者にはレイが剣聖になったことと、レヴィが聖剣であること、これらのことは管理者以外には話さないようにとは伝えてある。今はレイが子供でユグドラ内にいるが、大きくなって管理者の仕事で外に出るようになったら要注意だな」


 フェリクスの言葉を聞いてほっと息を吐いたウィルフレッドが、ユグドラの状況を伝えた。フェリクスも、ウィルフレッドの話に頷いている。


「ところで、レイはレーヴァテインで何ができるんだい?」

「……そういえば、まだ確認してなかったです。いろいろ衝撃的すぎて……」


 レイがしゅんと眉を八の字にして答えた。

 フェリクスはそれを見て「そっか」とレイの頭を愛おしげに撫でた。


「きちんと何ができるか確認した方がいいな。訓練場に出るか」


 ウィルフレッドに促され、四人は訓練場へと向かった。



 ユグドラの樹の裏手にある訓練場に出ると、フェリクスが結界を張ってくれた。


「防音と幻影魔術の結界だ。外へは、僕たちがレイの基礎訓練の面倒をみているように見せてるよ。何をやっても何を話しても、外からは分からないから大丈夫だよ」

「この魔術は便利だからな、レイがもっと魔術に慣れてきたら教えるよ」

「いろいろ使えそうですね。そのうちお願いしますね」


 管理者の基本魔術だと、フェリクスとウィルフレッドは頷き合った。レイも、これは使えそうだと、教えてもらうことを約束してもらった。


「レイとレヴィが何ができるか確認しようか。まずは、レイの魔力を使って、レヴィは歴代の剣聖に変身できるんだよね? そこからレヴィは変身を微調整できるのかい? 髪や瞳の色を変えたり、性別や年齢を変えたり……」

「ご主人様にもよりますが、そこから変えられるのは年齢だけです。何十年とご主人様だった方もいますし、たった数年だけの方もいます。大抵は、全盛期の姿に変身してます。他の条件は変えられません」


「なるほど。長年主人だった剣聖なら年齢も変更可能と。レヴィ自身は戦えるのか?」

「レイの魔力で人型化している限りは単独で戦えますよ。技なども今までのご主人様のものでしたら、そのまま全て使えます。元は剣の体なので、肉体的な制限もありません」

「何っ!?」


 それは規格外すぎだろう……とウィルフレッドが驚いてポカンといる。


「もちろん、レイも使えますよ」

「えっ!? 私も!?」


 今度はレイがびっくりする番だ。


「レイは水属性が高いので、水魔術で私に感応することで使用可能です。ただし、レイの場合は、その……あまり剣士のような体ではないので、反動があるかと……」

「ああ『口寄せ』だね。共感力や感応力が高い水属性でないとできない術だね。水魔術で聖剣が持つ技やスキルをレイに降ろすような感じ、といえばいいのかな」

「そうです」


 フェリクスが噛み砕いて説明してくれた。


「口寄せ……反動って何なの?」

「レイは剣士としては筋力が足りないので、次の日は動けないかと……」

「まさかの筋肉痛!」


(動けないレベルの筋肉痛は確かに辛すぎる……)


 ピンチの時以外は使わないようにしよう、とレイは心に決めた瞬間だった。


「でも、レイも今までのご主人様たちみたいに鍛えたら大丈夫で「遠慮します!」」


 にっこりと提案するレヴィを食い気味にレイは否定した。乙女として筋肉モリモリは避けたいのだ。


「ちょっとやってみようか。いきなり本番っていうのも何かあったら大変だし」


 ウィルフレッドの目がきらりと光った。半分面白がっているやつだ。


「え!? そんなことしたら、明日、筋肉痛で動けないじゃないですか!!」

「大丈夫、明日は休んでていいよ!」

「そんなー! ひと事だと思って!」


 師弟の攻防を横目に、フェリクスがレヴィに質問を重ねた。


「その口寄せは、今みたいにレヴィが人型でもできるのかい? 剣に戻らないとできないのかい?」

「どちらでも大丈夫です。でも、私としては剣の私を、レイに使ってもらいたいです」

「レイ、とりあえずやってみたらどうだい? 僕も聖剣姿のレヴィを見てみたいな」


 にっこりと笑うフェリクスに、レイは顔を引き攣らせ、明日の筋肉痛を覚悟した。



 レイはレヴィを元の聖剣の姿に戻した。

 柄頭つかがしらつばに繊細な彫りが入ったロングソードだ。剣身は強い聖属性の魔力を湛えて淡く白銀の輝きを放ち、刃先は触れれば切れてしまいそうなほど鋭利だ。


 おお、と息を呑む二人の声が聞こえた。


「まさに僕が以前見たことがある魔剣と同じだね。属性は違うけど」

「いつ見てもすごい剣だな」


 フェリクスとウィルフレッドが感心している。


「ただ、レイがこのままレヴィを扱うにはちょっと長すぎるかな」


 ウィルフレッドの感想に、へにょりとレイは眉を下げて頷いてた。客観的に見ても、レイには合わないサイズなのだ。


「持ち歩くなら背中に背負う感じだな。腰だと引きずるだろ。今度、メルヴィンに見てもらえ」


(背中に背負う用のベルト的なのが必要になってくるのね……)


 基本的にレヴィを剣に戻して持ち歩く気はないが、念のため揃えるのかと、レイは暗澹たる気持ちで遠い目をした。



 レイは口寄せなる術をフェリクスとレヴィに習って、早速、歴代剣聖の技をやってみた。


「う、動けます!!」


 感動の瞬間だった。


 聖剣が手に馴染み、ヒュンヒュンと、剣をまるで手足のように自由自在に扱うことができた。


 足捌きから、目線や姿勢、体の細部の扱いまで、レイはまるで自分の体ではないような、自動で体が動いていくような不思議な感覚を味わった。心なしか、レイにとっては長すぎるはずのレーヴァテインも、今なら上手く扱えているような気がする。

 動きも軽快だ。次に何をすれば良いのか、体が勝手に動いてくれる。


 これにはフェリクスも驚いていた。


「これは凄いね。口寄せでここまで技が使えるんだね」


「これだと長い聖剣でもある程度は扱えそうだな」


 ウィルフレッドも感心して頷いている。


 レイは初めての感覚に瞳をキラキラさせ、調子に乗って、できる技はとことん試した。



***



 結果、レイは次の日に酷い全身筋肉痛になり、一日ベッドの住人になった。


「……うう、調子に乗らなければ良かった……」

「な〜ん……」


 琥珀も心配して、レイをザリザリと舐めている。


「あれはやるなら本当にピンチの時だけだな」


 涙をのむ弟子に、ウィルフレッドは見舞いをしつつ冷静に頷いていた。



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