第12話 防御壁部隊の定期訓練

 今日は防御壁部隊の定期訓練の日だ。


 防御壁部隊は、ユグドラの安全を守る自衛部隊だ。主にユグドラ内の詰所や防御壁にいて、ユグドラの街への人の出入りをチェックしたり、森から来る魔獣や魔物を退けたりしている。


 防御壁部隊はランクの高い魔物が多く所属するため、定期訓練では互いの連携を確かめることをメインにしている。


 三大魔女のダリルも防御壁部隊に所属しているが、彼の場合は、防御壁にさらに防御結界を施すことが仕事だ。今回の訓練には参加していない。



 今日のレイは、午前はウィルフレッドから剣の稽古をつけてもらい、午後はエルネストについて、定期訓練で傷ついた防御壁部隊員へ治癒魔術をかける練習だ。

 どちらもユグドラの樹の裏手にある訓練場で行う。


 レイは長い黒髪を動きやすいようにポニーテールにし、白い半袖シャツに汚れてもいい茶色のパンツ姿だ。


 ウィルフレッドはカールの入った金髪を、後頭部で団子にまとめて邪魔にならないようにしている。いつもの動きやすいくたびれたシャツと、リラックスパンツに傷のついたミドルブーツだ。


「レイは本当に剣を使ったこと無いんだな」


 レイは、剣の握り方から持ち方、姿勢、振り方など基本的なことを、ウィルフレッドから習っている。

 さりげなく防御壁部隊員たちが、ちらちらとレイを見ては、ほっこりしている。ユグドラには子供がほぼいないため、珍しいようだ。


(……日本でこんなもの振り回してたら、銃刀法違反で捕まっちゃうな……)


「全く無いです。元々いた所は魔物もいないですし、平和で必要なかったんです」

「そっか。まあ、必要なかったならやらないか。こっちでは、女も男も最低限自衛できるぐらいは何かしら扱えるな。管理者は仕事で世界中を旅することが多いし、出来といて損はないぞ」

「……世界を旅。なんだか楽しそうですね」

「リリスの加護もあるし、ある程度魔術や剣を扱えるようになったら、この世界に慣れるためにも、しばらく冒険者やるのもいいかもな」

「冒険者!」


 レイの瞳がきらりと煌めいた。


(ファンタジーのお約束!! ちょっと怖いけど、気になるかも!)


 レイのテンションが上がったのを見て、ウィルフレッドは「これはありかも」と考え始めた。


「ほら、素振り、軸がブレてるぞ!」

「はいっ!」


 レイは気合いを入れ直して、素振りを再開した。

 防御壁部隊員たちは、レイをちら見していたのがバレて、エイドリアンに「集中しろ!!」と叱られていた。


 エイドリアンは防御壁部隊の隊長で、管理者だ。フォレストエイプという、レイの元の世界でいうゴリラのような魔物が、人型に変身しているのだ。


 エイドリアンの人型は、黒髪の短髪で、太い眉がキリッとしていて、とても男らしい顔立ちだ。かなりの大柄で、ボディビルダーのように筋肉質だ。

 人型は好きなように姿を決められるそうなのだが、何故だかこの方がしっくりくるらしい。



 一時間半ほど剣の練習をして、「少し休憩するか」とウィルフレッドから声がかかった。


「せっかくだから、防御壁部隊の戦闘訓練も見学するか」

「やった!」


 レイは素振りしつつも、ずっと向こうの訓練が気になっていたのだ。

 こっちはマンツーマンのため、集中力が欠けようものなら、即、ウィルフレッドから注意が入っていたのだ。


 防御壁部隊の戦闘訓練は、三人一組でチームを組み、勝ち抜き戦を行なっているようだ。相手チームを倒すか、降参させるか、審判役のエイドリアンが止めることで勝敗が決まるシンプルなものだ。

 隊員たちはレイが見ているので、いいところを見せようと張り切っている。


 蝙蝠型の羽を持つ魔物が超音波の魔術で敵チームを足止めしたり、サイのような魔物が魔術で訓練場に三メートルほどの土壁を作ったり、鷹のような羽を持つ魔物が仲間を竜巻の風魔術で巻き上げて、上空から敵チームを攻撃させたり、リザード型の魔物が毒霧のようなもので敵を錯乱させたり……結構、遠慮なく魔術も使って激しい攻防が続いている。


(すごい、すごい、すごい! もしも自分がこれをくらったら、ひとたまりも無いかも。それにしても……)


 レイはアクション映画もかくやの大迫力の戦闘に、目をキラキラさせて大興奮だ。


「毎回、訓練ってこんな感じなんですか? かなり激しいですよね」

「そうだよ〜、あいつら本当に加減ってものを知らないんだ」


 白衣を羽織ったエルネストが、急に声をかけてきた。


「お、エルネスト! 午後からよろしくな」

「よろしくお願いします!」

「ああ、よろしくね、レイ」


 淡い黄色の瞳を三日月型に細めて、エルネストがにこりと笑った。


「レイ、今日は解毒もやってみようか。ちょうど毒ってる隊員もいるし」


 エルネストはぐいっと親指を、毒を受けた隊員の方へ向けた。


「やり方を教えるから、ちょっとこっち来て。あと、前回の治癒院の時よりも大きな怪我をしてる隊員に、治癒魔術をかけてもらうから」

「じゃあ、エルネスト、後はよろしくな。レイも頑張れよ!」


 ウィルフレッドはレイを預けると、自分の仕事を片付けにユグドラの樹に戻って行った。



 エルネストはやはりスパルタだった。簡単に解毒魔術のやり方を教えてもらった後は、ひたすら実践だ。


 レイは早速、毒霧をくらった隊員に解毒魔術をかけ始めた。教えてもらった通りに解毒魔術をかけると、腫れていた患部がおさまって、苦しげだった隊員の顔も和らいでいった。

 隊員にありがとうと感謝を言われている間にも、どんどんエルネストから「次の患者だよ!」とレイの治癒担当の患者が送りこまれてきた。


 夕方になる頃には一通り治癒魔術がかけ終わり、本日の定期訓練も終了になった。


 レイは午前は初めての剣の稽古で体を動かし、午後は治癒や解毒魔術の手伝いと魔力をたっぷり使って忙しかったため、瞼も重そうに、少しうとうとし始めていた。


 今にも眠りこけそうなレイの様子を、隊員たちはじっと微笑ましそうに見ていた。ユグドラでは子供は少なく、特に人間の子供は珍しい。今はレイぐらいしかいないのだ。


「レイ、自分の部屋に戻れそう?」


 エルネストが確認してきた。


「たぶん、大丈夫、です……」


 言いながら半分目を閉じて、ふらふら揺れている。


 そこへ、エイドリアンが「しょうがねーな」とレイをおんぶしてくれた。


 その瞬間、隊員たちからブーイングがあがった。

「俺が送ります!」「いや、俺が送る!」「隊長だけずるい!」と騒いでいる。


「お前らは訓練場の土を戻しておけ! きっちりな!!」


 エイドリアンはドスの効いた声で命令し、部下たちをひと睨みして黙らせた。

 彼は元は大陸の西の方の森で、いくつもの群れを束ねる大ボスだった。フォレストエイプは通常Aランク魔物だが、エイドリアンはSランクになっている。


 さまざまな魔術を受けた訓練場の地面は割れていたり、穴が空いていたり、誰かが魔術で生成した壁や岩や瓦礫でボコボコになっていた。

 Sランク魔物の隊長に凄みを利かせて睨まれ、隊員たちは残念そうにぶうぶう言いながら訓練場の復旧に取りかかった。


「エイドリアン、珍しいね。君が手助けするなんて。部下たちだったら訓練場に放置でしょ」


 エルネストが淡い黄色の瞳を、面白いものを見つけたとばかりに輝かせながら、近づいて来た。


 レイは、エイドリアンがおんぶしてすぐに寝入っていた。かなり大柄なエイドリアンに背負われて、レイはいつもよりも小さく見える。


「人間の子供をおんぶするなんて滅多にないからな。お前こそ、付いて来なくていいぞ」

「ウィルに今日の報告だよ」


 やや恥ずかしそうに言い訳を呟くエイドリアンを、エルネストが面白そうに見つめていた。



***



 レイは気がついたら自分の部屋で寝ていた。

 起きようとして動こうとすると、何だか体全体が重くて痛い……久々の筋肉痛だ。


(……あ、誰かがここまで運んで来てくれたんだ!)


 今の体は子供だが、レイは元々は成人だ。記憶は治癒魔術をかけ終わったところで途切れている。


(この歳で寝落ちなんて……!)


 体に引っ張られて子供っぽくなっている自分が悔しくて、筋肉痛を言い訳に、レイは一日ふて寝することにした。



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