炎の夜:怪物の来訪
人の人生は生まれで決まるものではない。
例え
けどそれは間違いだった。
鳥から生まれた者は空を飛ぶ翼を持っているが、鼠から生まれた者には薄汚れた世界を這いずり回るしかできない。
まかり間違って翼を持つ鼠が生まれたら、その羽をもがれて叩き落されるのが運命。
そう気付いて、ケイリーは空を夢見るのを諦めた。
……。
……。
「なんだケイリー、機嫌悪そうじゃねえか」
ケイリーが酒を注いだショットグラスをカウンターに置いたら、ニヤニヤと笑う年嵩の幹部に声を掛けられた。
「何だ? 朝まで男を食ってたんか?」
ケイリーはショットグラスの中身を男にぶっかけた。
「こいつは私の奢りだよ。デリカシーの無い言葉を吐いたお返しさ」
「昨日買ったばかりの服だってのに。ったく、お嬢には敵わねえよ」
「あ―っはっはっは、ざまあねえな。年寄りの下品なジョークは若い娘には通用しねえんだよ」
「うっせ。お前も俺と同じロートルだろうが」
どっ、と笑いが起こり、ケイリーはロックグラスに新しくウオッカを注いでやった。
「ん?」
入口の扉が開きザッグとリネットが入って来る。
後にはミナにジョン、そして見慣れない男とフィナの姿があった。
「ちっ、フィナのバカ。何戻って来てんのよ……」
小さな舌打ちと誰にも聞こえなかった微かな呟きが、ケイリーの口の中で響いた。
リネットにお熱のザッグに運悪く見付かったようだが、それならさっさと殺してしまえば良かったのにとも思う。
―― 明日、旧レジスタンス『夜明けの轍』は、第一王女ウィンテスを襲撃する。
だから今は掟だ裏切者だということに構っていられる余裕は無いし、だからこそ足抜けするには千載一遇の好機だったはずだ。
「ケイリー、お客さん。それとフィナ達にジュースをあげて」
連れて来た男に背を向けて、リネットが素早くハンドサインをケイリーに見せた。
〈ブラックホフンの関係者〉
〈符丁で確認〉
〈一人〉
〈強い〉
「わかったわ。さあフィナ、こっちへいらっしゃい」
彼女の右目が治っていることに気付き、リネットを見ると頷いた。
(腕っぷしの立つ高位の治療魔法の使い手か。もしかしたら噂の公爵家の暗部、『影法師』の生き残りかもしれないね)
十代後半の少年のようにも見えるが、しかし不精髭と草臥れた雰囲気から中年のようにも見える、茫洋として掴み所のない男。
(勧誘するのもありか。ブラックホフン公爵家はもう無いんだから、こっち側に付く可能性は高そうだねぇ)
すれ違いざまに「ごめん」というフィナの言葉が聞こえた。
ケイリーは溜息を飲み込んで、客になるかどうかわからない男の扱いを決めるために、取り敢えずリネットに声を掛けた。
「それで、このお兄さんのご注文は?」
「ボスに会わせろって」
「ふ~ん、了解」
ケイリーが手を叩くと、組員達が武器を握って立ち上がる。
ギャング流の交渉を始めようとした矢先、バカ二人が先走ってしまった。
『おいおい、『夜明けの轍』の実力ってこの程度かよ。これでよくレジスタンスなんて名乗れたな』
斧使いのデブトンを殴り飛ばした男の雰囲気が変わった。
赤い瞳の輝く目が細まり、口角が上がる。
明確にケイリー達を敵と見定めて、襲い掛かる瞬間を楽しそうに待っているようだった。
(ああクソッ、戦闘狂の類かい!)
ケイリーは汗の滲んた手を握りしめた。
男はボン・ファミリーの組員達に包囲されている。
組員の中には元B級冒険者だった者もいる。
何とかなるさ、とケイリーは自分に言い聞かせた。
「殺せ」
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