第7話 教室の席と屍の玉座
パチパチと、青色の髪をした男の子が手を叩く音が響いて、拍手の音はすぐに教室中から沸き起こった。
「みんな大歓迎ね! それじゃあカナンちゃんの席はどこにしようかしら?」
「はいは――い! 俺の隣が空いてるよ!」
「そうね、マリン君のお隣にしましょうか! それじゃあカナンちゃん、あそこがあなたの席よ!」
「は、はい!」
真ん中の烈の窓際、ガラス窓のすぐ横がボクの席になった。
これでもかってくらいに貴族のオーラを出しているみんなの間を歩き、辿り着いた席にやっと座ることができた。
「よろしくな♪」
「うん、ボクの方こそよろしくお願いします~ぅ?」
ボクの頬が指先でむにゅむにゅと突かれた。
隣の席になった男の子が左手を伸ばして、悪ガキの笑顔を浮かべている。
「硬いな~。もしかして身分とか気になっちゃうタイプ? 心配しなくても第二と違ってここはそんなの気にしなくてもいいんだぜ♡」
「……」
(「これが実は罠で、カナンがクソガキにタメ口を利いた瞬間、教室のドアを開けて騎士達が雪崩れ込んで来たりして」)
(「うう、ありそうだよ……」)
怖いってば。
(「いや冗談だって。そんなギャグマンガ、いや喜劇ようなことあるわけないだろ」)
(「……イフリート、あそことあそこ、鑑定してみてよ」)
(「? 鑑定っと、うおっ!?」)
(「いるでしょ?」)
窓際の左端の天井裏と、後ろにある教室の出入口の下。
(「ああ。気配遮断の結界を張った隠し部屋にそれぞれ二人ずつ、近衛騎士の精鋭どもが隠れてやがる。駄目押しに隠密用の魔道具の完全武装でな。よくわかったなカナン」)
(「血の臭いがしたからね」)
「未来の扉よ、血ではなく才によって開かれよってね♪」
「……凄く革新的な言葉ですね。そんなことを言って大丈夫なんですか?」
身分制度を否定し貴族を
このトギラ王国ではセーフ寄りのグレーだと思うけど。
(「貴族のガキだらけの教室でやる発言だじゃないな。大暴投のクソアウトって感じか」)
(「同感。まあこの子だから言えるんだろうけど」)
「おいおい、何血の気の引いた顔してんだよ。俺様を殺そうっていうウィンテスの刺客の癖に、肝の小さい野郎だぜ」
「……ウィンテス殿下は後見して下さっただけです。あなた様を殺せとは一言も仰ってはいません」
「あれ、そうなの? つまんねえの」
唇を尖らして椅子を揺らす悪ガキ、もとい……。
「じゃあ純粋に新しい学友ってことか。ま、ドロスィー師匠が連れて来たんなら、刺客なんてありえねえわな」
教壇に立つドロスィーちゃん副学院長先生が腕を組んで、威厳たっぷりに頷く。
「この学院ではカナンちゃんもマリン君もみんなと同じお友達よ! 身分を笠に着て風紀を乱す悪い子は!」
教室の中を暴力的な風が吹き荒れた。
正拳突きの姿勢をしたドロスィーちゃん副学院長先生が、にっこりと力強い笑みを浮かべる。
「その歪んだ性根を! 私の拳が修正してあげる!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!
拍手の嵐が収まると悪ガキ、いや男の子が右手を差し出して来た。
「そんじゃ改めて挨拶だカナン嬢。俺様の名は【マリングラン・トギラ】。泣く子も黙るこの国の第一王子とは俺様のことよ! よろしな
* * *
ケルバス王国、ヴォストア王国、ジルバ共和国、アルテ公国の四カ国は『円卓同盟』を名乗り、トギラ王国の王の前でその使者は宣戦布告を行った。
円卓同盟はトギラ王国の四方より侵攻を始め、南から攻めるケルバス王国と東から攻めるジルバ共和国は、トギラ王国軍を次々と粉砕していった。
西より攻めるアルテ公国は国境の渓谷で一進一退の攻防を繰り広げており、名将ニクドマが命を落としている。
そして円卓同盟の最後の一つ、ヴォストア王国は北からの侵攻を任されていた。
ヴォストア王国は寒冷な土地にありながらも、円卓同盟の中で最大の国力を有している。
それは英断王が推し進めた鉱山の開発や農地の開拓、出自を問わない人材登用や錬金術の奨励などの、種々の改革の成果であった。
ヴォストア王国軍十一万人がトギラ王国へと向かう。
行軍する兵士達は最新の装備で身を固め、精鋭部隊には強力な魔剣や魔杖が惜しげもなく与えられていた。
巨大人型兵器『ギガス・メイル』達が足音を響かせ、空を舞う竜騎士達の騎竜はその全てが錬金術の生み出した魔道兵装を身に纏っている。
圧倒的な個の力を持つケルバス王国の狂王と、強大な軍事力を持ったヴォストア王国がいたからこそ、四カ国は同盟を結んで対トギラ王国に立ち上がることができた。
ヴォストア王国の王と民は確信している。
獰猛なトギラ王国を滅ぼした後は、ヴォストア王国がこの大陸を導くのだと。
「……
騎士と騎竜の
「……ここで引き返すのなら見逃してあげる。でもまだ戦いたいというのなら」
ベラドンナが足元に転がる首を蹴り上げた。
目を見開き口を開け、絶望の瞬間で凍り付いた青年の顔が宙を舞う。
竜に跨り魔杖を掲げ、ヴォストア王国の王太子と名乗った彼の首は、ベラドンナの吹き掛けた吐息を受けて、砂となって散って
「……消すしかないわね、と私は思う」
「……おのれ」
魔剣を握った女騎士が一歩、前へと進み出た。
柄を握る力を込めすぎた右手は震え、血走る目は怒りと憎悪に染まっている。
脱ぎ捨てた兜が地面を転がり、風に吹かれた彼女の髪が暴れ狂う。
「よくも、よくも我が愛する殿下を!!」
「う、うおおおおおお!!」「仇を! 我らが友の仇を!」「シーラ様とともにあの魔女に裁きを!」
魔剣を掲げる女騎士と、彼女に率いられた生き残りの兵士達がベラドンナへと駆ける。
二十七人の雄叫びと足踏みが、赤く染まった大地を揺らす。
命を捨てる覚悟を決め、ただ一矢報いんとする彼女達を、空から舞い降りた黒銀の竜が踏み潰した。
「……あら、早かったわね」
『ぐるるるぅ』
数多の
「……それじゃあ最後に王都を消して終わりにしましょうか。疲れている所を悪いけど、ひとっ飛びお願いね」
―― グルオオオオオオオッ!
覇気に満ちた竜の咆哮が、天と地に轟き渡る。
ベラドンナがその背に乗ると、竜は巨大な翼をはためかせ、灰色の雲に閉ざされた北の空へと飛び去って行った。
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