魔女の誘い:イフリート人化する

 ある街道沿いの川の畔。

 休憩のついでに、俺は魔法の練習をしていた。


『いくぜ、変化!』


 ボフンッと煙に包まれた。

 散っていく煙の先で、「おお!」と感嘆の声を上げるカナンが見える。


「凄いよイフリート! 完璧におじさんだよ!」

『そ、そうか?』


 何か褒められてるというより、貶されていると感じるのは、俺の心がおじさんだからだろうか?


「はい鏡!」

『ありがと』


 曇り一つ無い鏡面に映るのは、不精髭の生えた二十代後半の、黒髪赤目の男。

 目鼻口に輪郭は整っているといえるが、ダメおやじという言葉が似合いそうな顔である。

 あと耳がエルフみたいに尖っている。前に見た本物(エルインのクソ野郎)よりは、少し丸みがある感じだが。


『……失敗してないか、これ』

[いいえ。イフリートの魂の情報と現在の肉体の情報を完璧に反映させた状態です。大成功と判断します]


 ……そうですか。


「ボクは凄く良いと思う!」

『そ、そうか?』


「うん。ボクのお父さんみたいだよ。雰囲気がとても、懐かしい……」

『そうか。おう、なら大成功だ』


 カナンが尊敬する亡くなった親父さん。

 少しだけしかまだ聞いてないが、カナンが本当に大好きで尊敬していたのは、言葉の端々から伝わって来た。


『ふっふっふ。これで俺も町を大手を振って歩けるぜ。もうリビング・アーマーに間違われたりはしない』

「じゃあさ、次の町は一緒に歩こうよ。腕を組んでさ!」

『おう。楽しみになって来たぜ』


 カナンと笑い合う。

 遠く、遠い記憶に触れる。


 誰かと笑い合うなんて、もう無いと思っていた。

 でもここで、俺は隣にいてくれる奴に出会う事が出来た。


「さてお昼にしようか。さっき狩ったホーン・ラビットを捌かないとね」

『じゃあ俺は火の準備をするか』


 調理が終わり石の椅子に座る。 

 メニューは固焼きパンに、ホーン・ラビットと山菜のスープ。


『いただきます』

「いただきます」


 よく出汁の出ているスープが美味い。

 塩加減が絶妙で、肉の旨味と山菜の野味が調和している。

 スープに付けて柔らかくしたパンも美味い。


「美味しいねイフリート」

『ああ。生きてて良かったよ』

「ぷっ、大げさだね」


 そうだな、大げさかもしれない。

 ありふれた、日常の一コマだろう。

 

 その中に自分がいる事が、涙が出る程に嬉しい。


「イフリート、目にゴミが入ったの?」

『ちょっとな。人の体ってのは不便なもんだ』


「それには同意。あ~、ボクも魔法になろうかな~」

『あっはっは、へっぽこ魔法使いが冗談言ってら』

「何だと~」


 晴れた空、心地の良い陽射し。

 前世とは違う匂いの風が吹き、俺の笑い声を運んで行った。


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