第9話 男爵は笑う

「……で、貴様はどう落とし前を付ける気だ?」


 シルヴェリ男爵は一頻ひとしき罵声ばせいを放った後、パイプを吸って紫煙を吐き出した。


 シルヴェリ男爵の、あからさまにそわそわとした様子が見て取れる。

 その熱く濁った目はテーブルに置かれた資料、シルヴェリ男爵の息子バルナバを殺した少女、カナンの姿絵すがたえを凝視している。


 人の手によるものではなく魔法によって描き出された精巧なカナンの顔は、まるで鏡に映ったものをそのまま持って来たかのようであった。


 シルヴェリ男爵がパイプに火を点けて、深く深く煙草たばこの煙を吸い込む音が響く。


「ウカップス、わかってるな?」

「はい」

 

 カナン本人と面接を行ったウカップスは、彼女が薄汚れた冒険者姿ではなく、綺麗に整えて着飾れば、輝く程の美しさを表わすとわかっていた。


 そして目の前の太った中年の男が、美しい少女を嬲り尽くしたいという欲望を何よりも優先させる、この国の典型的な貴族だという事も。


 だからウカップスはここに第二魔法学院時代の制服に身を包んだカナンの絵姿をわざわざ置いたのだ。


「バルナバ様を殺した少女、カナンは生け捕りにして閣下にお引渡しいたします。その胸を焦がすお怒りをおしずめになるのにお使い下さい」

「うむうむ」


 鷹揚おうように頷き、顔面の脂肪に埋もれた目を細めさせるシルヴェリ男爵。

 ウカップスの意図した通りに、既に怒りなど彼方に忘れ去っているようだった。


「しかしな、こいつはあのジーグマンを返り討ちにしたのだろう? 大丈夫なのか?」

「御心配には及びません閣下」


 まるで子供を安心させるような、柔らかく力強いウカップスの言葉。


「【墓標の刻み手 ククル・ドーカス】が当たります」

「おおそうかそうか! ククルがなあ、はっはっはっ。うむうむ、伝説の傭兵団『蛇血じゃけつの剣』のメンバーを倒したあの女怪にょかいならば安心だ」


 ククルはウカップスの、この町の切札だった。

 

 この町はとても秘密が多い。

 その多くは貴族達にとって、富裕な商人達にとって、とても都合の悪いものだ。


 この町の闇に隠された秘密を狙って沢山の者達がやって来る。

 冒険者、旅人、商人、或いは貴族と様々な姿でやって来る。


 しかしこの町に入って来た彼らは、決してこの町から出る事は出来ない。

 

 『夕暮れの樽亭』のジーグマンや、『ポプキンス商会』のジョン等のような者達が人知れず処分するからだ。


 だが偶に『真の強者』と呼ぶべき者達が来る。

 剣の一振りで小山を斬る、魔法一つで湖を干上がらせるという伝説を背負ったような者達。


 それを処理するのが【墓標の刻み手 ククル・ドーカス】だった。


「楽しみだ。ああ楽しみだよウカップス!!」

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