Sub Act.
おまけ&あとがき
(Act.2のちょっと前です)
いつもよりも少し早めに団地を出発したマホロとガルガは、すし詰めの満員電車に揺られていた。
レール上を走る音に合わせて、慣性の法則にされるがままの乗客たちが前後左右に暴れる。今の時間は通勤通学ラッシュのピークだ。スーツを着たサラリーヴァンピールが最悪な乗り心地に死相を浮かべる頭上では、天井に張り付いたスライムが逆さ吊りになって車内広告を熱心に眺めている。今日発売した週刊誌のグラビアで、女型オークの刺激的な水着姿が目を引いた。
「狭い、熱い、臭い。最悪だ……」
「だから早めに出ようって行ったのに、ガルガが全然起きないから」
「あーはいはい、悪かったよ」
黒いマスクの下でガルガが悪態を吐く。ヒューマの約百万倍と言われる優れた嗅覚からすると、皮脂や体臭、香水の匂いが充満した車内はただの地獄でしかない。
すると、扉を背にして立っていたマホロは、誰かからじっと見られていることに気がついた。何か物言いたげな視線を感じるのだ。
相手に気付かれないように注意深く視線だけを彷徨わせる。マホロよりもよほど過敏なガルガならこの状況にすぐ気づくはずなのだが、今はニオイにやられてそれどころではないらしい。だが、視線を向ける人物の正体はすぐにわかった。
(あの子……)
向かい側の女性優先席に座るヒューマの若い女の子が、ピンク色のパクトを顔の前に掲げて頬を赤らめている。
彼女はシティ第二層西区にある私立高校のセーラー服を着ていた。義務でない高等教育を受けられるということは、きっと中流階級以上の比較的恵まれた家庭なのだろう。
パクトを操作している体を装い、端末の影からこちらをチラリと見てはすぐ視線を外す仕草を何度も繰り返している。その意味深な視線の先を辿れば、人混みから自分を庇うように立つ見慣れたイケメンの後頭部に行き着いた。
マホロの背後は窓付きの扉。外は心許ない誘導灯がチラつくだけの暗い地下鉄通路。つまり窓に反射したガルガを見て、うら若い彼女は頬を染めていたらしい。気づいてしまえば何てことはない可愛らしい一幕なのだが、マホロにとっては穏やかではない。
(僕のガルガなのになぁ……)
嫉妬、独占欲。トゲトゲした感情に胸の中をツンツンされる。
マスクでは到底隠しきれない彼の魅力は、まるで池に撒かれた魚のエサのようだとマホロは思った。皆がガルガを欲しがって口をぱくぱくしながら群がる光景を思い浮かべ、人知れず不満を募らせる。機嫌が悪くなっているのに気づかないでいるガルガにも、理不尽だと自覚しつつもちょっとだけ腹を立てた。
すると車両がカーブに差し掛かり、強めのブレーキが作動した。乗客が津波のように押し寄せ、小柄なマホロなど簡単に押し潰される――……かと思いきや。
「大丈夫か?」
とっさに扉へ片手をついた相棒から見下ろされる。彼が人の波の防波堤になってくれたのだ。
(わ、ワァ……)
マホロは思わず全ての語彙を失った。何だ、この流れるようなイケメンムーブは。
あまりのオーラに居た堪れなくなって頭上から視線を外す。すると先ほどの女子高生と目が合った。愛らしく染っていた頬をさらに赤らめ、瞬きすら忘れてこちらをがっつり凝視しているではないか。
そうなってくると、マホロの胸の内をツンツンチクチクしていた棘は、ちょっとした優越感でどろりと溶け出した。何せこの最高にかっこいい防波堤は自分専用なのだから。
「たまには電車通勤もいいね」
「どこが?」
肝心な部分をわかっていないガルガと満足そうなマホロを乗せ、妙に甘ったるい車両は進む。
◇◆-------------------------------------------------◆◇
<あとがき>
ここまでお読みいただきありがとうございます。
『ファースト・スターミッション』、楽しんでいただけたでしょうか?
自分が好きなものを好きなだけ詰め込んだら、とっても楽しいカオスなことになってしまいました。このごちゃ混ぜな世界観を気に入ってくださる性癖の同志みたいな御方と巡り逢えることを楽しみにしながら書いてました。さて、いる……の、かな……?(不安)
本作は以前公開した「Beast in the City」を原案にしたセルフリメイク作品です。
タイトルに追加した「RE:CONNECTION」は、Beast~の世界に私も読者様も「再接続」できたら嬉しいなぁと思ってつけました。
大筋の設定はそのままに、ブラッシュアップしたりパワーアップしたりしたBeast~の世界を再びお届けできたこと、まずは何よりほっとしています。
今後は短編連作の形を取り、不定期連載となる予定です。
『ファースト・スターミッション』読了後はどこから摘まみ読みしても大丈夫な内容にしたかったので、8万字のてんこ盛りになっちゃいました。何でもありな世界観を作ったので、これからマホロくんとガルガくんだけじゃなく、たくさんのキャラクターに自由に暴れてもらおうと思います!
近未来風異世界、すごく大好きな世界観なので、読者様にも楽しんで頂けたならとても幸せです。
また近いうちにシティで新たな事件が起こると思うので、ぜひお楽しみに!
改めて、貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございました!
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